14.花祭
「そんな辛気臭い顔してどうしたよ?」
配達にやってきたハンスに言われるまで、ユスラは自分がどんな顔をしているのか気付かなかった。
小麦粉の袋をキッチンの奥まで運び入れながら、ハンスはセリの不在を確認する。
「おおかたセリが心配なんだろ?あいつなら町で若い連中と仲良くやってるよ。」
昨日町で楽しそうに人と一緒にいるセリを見かけたと、不愛想なポーターに言われても、ユスラの心配が消えることはない。
「そうですか。その…悪い人たちに誘われたりはしていないでしょうか。」
「ちょっと抜けてるところはあっても子どもじゃないんだ。夜にはここに帰ってくんだろ、なら大丈夫。」
でも、と口ごもるユスラを見て、ハンスは小さくため息をついた。
「そんなに心配なら直接見にいけばいい。今日の配達はここで終わりだ。俺と一緒に屋台を見て回るってことにすればいい。」
「ご迷惑じゃ。」
「全然。むしろ誘う口実ができてちょうど良かったと思ってる。」
それまでそっけなかったハンスがニヤリと笑う。こういう笑い方をすると、年齢よりだいぶ幼く見える。ユスラは彼にどう対応していいのか迷いながらも、町へ出る支度をすませると屋敷を出た。
いたるところに薔薇が咲いていたロザリオのように、ジャカランダはこの漁師町を象徴する花木なのだろう。ユスラは町中を彩る紫色の花にすっかり圧倒されてしまった。
「すごい…こんなにも鮮やかな花を咲かせる木だったんですね。」
「花の時期が短いから、咲き始めるとあちこちから見物客が流れてくるんだ。騒がしいからアンタは好きじゃないかもしれないけど、一度くらいは見物したってバチはあたらないだろ?」
「はい。連れてきてくださってありがとうございます。」
二人は屋台で混雑する大通りをゆっくりと見て回った。
肉の串焼きや貝の網焼き、サンドイッチといったおなじみの店から、虹色の綿飴やジャカランダの花に合わせた紫色の氷菓子という若者むけのものまで、どれも目をひくものばかりだ。広場では大道芸人や寸劇があちこちで歓声を集めている。
あまりのにぎやかさに、ユスラはすこし人酔いしてしまった。ハンスはそれに気付くと、役場前に作られた休憩所のベンチまで案内した。
「悪い、俺ちょっとすぐそこで出店してる人に挨拶してくる。ここで待っててくれるか。」
珍しい瓶詰めや調味料を扱いながら飲み物を販売している屋台へむかって走っていくハンスを見送りながら、ユスラは少しほっとした。なにもかもが目新しいけれど、長くは留まれなさそうだった。
休憩所の一角でパフォーマンスを始めたジャグラーと玉乗りのやりとりを眺めていると、ハンスが戻ってきた。
「待たせて悪かったな。これ、冷たいから。」
ハンスはそう言ってストローのささったレモネード瓶を手渡してくれた。
「ありがとうございます。今お支払いしますね。」
「いいよ、俺の奢り。」
「でもー」
「あそこの店主とは縁を繋いでおきたいんだ。挨拶だけして何も買わないわけにはいかないからちょうど良かっただけ。気にせず受け取れ。」
「それじゃあ、ありがたくいただきます。」
「ん。」
ハンスは瓶に口をつけた。よく見ると周りの人たちも同じように瓶を傾けている。ユスラのために、わざわざストローをつけてくれたのだろう。小さな気遣いに感謝しながら、ユスラはよく冷えたレモネードを堪能した。
「これ、すごくおいしいですね。」
「だろ?ガス入りだからこれからの季節にはピッタリだよな。」
「おかげで良い休憩になりました。」
二人は空瓶を返却しに行商人の店まで連れだった。
「おや、こんな可愛い子と良い仲だったなんてね。どうせならレモネードじゃなくてこっちを買ってくれればよかったのに。」
丸眼鏡をかけた初老の店主はそう言ってアクセサリーを指さした。
「そういうんじゃない。」
不機嫌を隠さないハンスを見て、それはそうだろうとユスラは1人頷く。
「来るもの拒まずだったハンスがねぇ。お嬢さん、この子ぶっきらぼうで言葉足らずでしょう?でもね、頭は切れるしよく働く。顔だけじゃなくて中身も間違いないって、おじさんが保障するよ。」
すっかり恋人だと勘違いされてしまっている。ハンスは主人と縁を繋いでおきたいと言っていた。勢いよく否定するのも、それはそれで場を白けさせてしまうかもしれない。
ユスラはどう返答するのが正解なのか曖昧に笑っていると、ハンスが空瓶を2本突き出した。
「だからそんなんじゃねぇよ。これ、返しにきただけ。また明日顔だすわ。ユスラ、行くぞ。」
去り際に頭をさげると。ユスラはハンスに続いて歩き出した。
「今日は一段と人出が多いな。あんた、はぐれそうだから。」
ほら、と差し出された手を、ユスラはおそるおそる握った。岬の上まで重い食料品を軽々と運ぶ手は、骨ばっていて大きかった。
「さっきのおっさん、ああ見えて大商会の先代会長でな。隠居の暇つぶしとかいってああしていろんな街に屋台出してんだ。」
「そうだったんですか。」
そんなすごい人とあんなに親しげにやりとりできるなんて。改めてハンスの凄さに感心していると「ほら。」とハンスがある屋台を指さした。
そこには、露店で髪飾りを売るセリの姿があった。
「あ、ユスラ!」
すぐにユスラを見つけたセリは嬉しそうな表情をみせたが、隣にいるハンスに気付くと小さく頭を下げた。
「何してたの?」
「それは私が聞きたいですよ。」
セリは悪戯が見つかった子どものように小さく肩をすくめて笑った。
「司祭様に頼まれて、教会が出しているクッキーを売るのを手伝ってたんだ。そしたらお給料出すからこっちも手伝って欲しいって彼女に頼まれてさ。それで昨日からここで働いてるんだ。」
「はじめまして。教会で知り合ったチェルシーです。うちの髪飾り、こだわって作ってる分単価が高くてなかなか足を止めて見てもらえなくてさ。どうにか見てもらうだけでもってんで、セリちゃんお借りしてます。」
草木染のワンピースの下に細身のズボンを履き、ふわりと巻いたストールを宝石のついたブローチでとめている。どこか異国風の着こなしをしていて、聖女セレストとは違った意味で中性的な雰囲気の綺麗な人だった。
「僕、おすすめ上手だって褒められたんだよ。」
「そうなんですね。申し遅れました、私セリの同居人のユスラと申します。」
「うん、セリから話は聞いてる。あなたの許可ももらわず彼を店に立たせちゃってごめんなさい。」
ユスラより10は年上だろうチェルシーは、そう言って頭をさげた。真摯な態度に、ユスラはセリがいい縁に恵まれて良かったと思う。こんなに美しい髪飾りをつくる人が悪い人なわけがない。
「いえ、私は保護者ではないのでどうか気にやまないでください。セリが望むなら好きなようにいろんなことをしてほしいと思っているんです。」
「そう言ってもらえるなら良かったよ。セリはその人にあった髪飾りをおすすめするのが私よりうまくてさ。それにこの子が商品を手にとると、髪飾りの格があがったみたいに見えるんだよね。おかげでセリにお給金払っても十分利益が出るくらい稼がせてもらってるよ。」
セリの思わぬ才能にユスラは驚いた。彼がこんなに活き活きと年相応に笑うことにも。
「うちは明後日まで出店してるから、できれば残り2日も店に立ってもらえると助かるんだけど。」
「ユスラ、いいかな?」
「もちろんです。頑張ってくださいね。」
ユスラは笑顔で頷いた。
ファヴェルに来てからずっとひとりで頑張ってきたユスラが、誰かに頑張ってと声をかけるのはこれが初めてだった。




