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献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波@「不良債権」コミカライズアンソロ1/8発売
Ⅱ.今日のこの日を生き延びて

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17/20

13.変化

ユスラとセリがファヴェルに住み始めて、八つの月が過ぎていった。

新緑が濃くなるにつれ、セリの背がぐっと伸びた。教会では卵と乳製品を例外として、菜食が基本だった。ここでは肉も魚も食べるのだから、体格が変わるのは不思議なことではない。


ユスラはさすがに四つ足の動物を食べる気にはなれなかったが、セリは町で勧められたものは何でも抵抗なく食べた。そのせいだろうか。最近匂いが変わってきた。


聖女セレストからはいつでも良い香りがした。聖衣に焚き染めた香。髪や爪の手入れに使う香油。何もつけていない時だって、かすかに桃のような香りがした。

最近のセリからは、若い男の匂いがする。体臭だけではない。ふとした仕草や目つきにも男性の色が濃くなってきた。

夜が怖くて一緒に寝てくれとすがってきたセリはもういない。それが少し寂しくて、怖かった。


大きな変化はさらにまだ続いた。

ある朝、セリがなかなか起きてこないのでユスラが寝室をノックした。体調でも崩したのだろうか。か細い返事に胸が騒ぐ。


「入りますよ。」

そう言って中に入ると、かすかに嗅ぎ慣れない匂いがした。


「セリ、大丈夫ですか?」

「うん。」

シーツを口元までかぶって寝たまま、珍しく歯切れの悪いセリの額に手を当てる。熱はなさそうだ。


「ごめん、ユスラ。怒らないで聞いてくれる?」

「はい?」

「パジャマを汚したみたいで。…その、下着も。」


ああ、とユスラは小さく頷いた。おねしょをしてしまったのだろう。それは確かに気まずいだろうが、具合が悪いわけではなくて良かったと安堵する。


「びっくりしましたね。今日はお天気がいいので、全部洗濯してしまいましょう。」

「怒ってない?」

「怒りませんよ。」


てきぱきと着替えを用意したユスラに安心して、セリはくるまっていた布団をそっとめくった。

その瞬間、先ほどの匂いが濃くなって鼻をついた。ユスラは一瞬動きをとめてセリのズボンを見た。匂いの正体に驚いて思わず顔をあげると、セリの瞳が揺らいでいた。


「ねぇ。やっぱり変だよね?目が覚めたら汚れてて…臭いし。これって何かの病気かな。」

ここで自分が慌ててはいけない。ユスラはセリの手をやさしく握った。


「大丈夫。男の人なら誰にでもあることです。体が大人になっていることを知らせてくれたのでしょう。」

「本当に?病気じゃない?」


「ええ。涙が出たり、トイレに行きたくなるのと同じです。たまったものを体の外に出しているんですよ。何も心配することはありませんから、汚れたものはカゴに入れておいてください。」


「…洗濯は、自分でやるよ。」

心配いらないとはいえ、気まずさからセリはふいと目を背けた。


「ねぇユスラ。僕のこと、嫌いにならない?」

「なりませんよ。」

「そっか、よかった。」


大したことではないという気持ちをこめてユスラが微笑むと、セリは安心したのかようやく表情をゆるませた。

「シャワーを使うならタオルを持っていってください。仕度ができたら朝食にしましょう。」


ユスラはそう残して部屋を出ると、キッチンに戻った。シンクのふちに手をかけ、息を吐ききる。それからずるずるとしゃがみこむ。


「びっくりした…。」

男性と付き合うどころか、セリ以外に触れたこともないユスラにとって、それは衝撃的な事件だった。独特な匂いが、まだ鼻の奥に残っているようだった。


 

セリの中で、大きな変化が訪れている。思えば、舟での絶唱がきっかけだったのではないだろうか。

男性機能をもちながら長らく声変わりもせず中性的な容姿を保ち続けていた聖女セレスト。それは奇跡的な存在で、今のセリのほうが健全で正常なのだ。

そう言い聞かせてみても、受け入れるのには少し時間がかかりそうだった。それでも、セリを支えることに変わりはない。

ユスラはなんとか気持ちを落ち着かせると朝食の支度にとりかかった。

 

朝の小さな事件はそのまま何事もなく片付けられ、穏やかな日々が過ぎていった。

初夏を迎えると、漁師町ファヴェルは1年のうちでもっとも活気があふれるようになる。町のあちこちに植えられたジャカランダの花が、一斉に満開になるのだ。特に大通りではジャカランダの並木道が見事で、散った花が地面を紫色に染める。


花見の時期に合わせて週末になるといくつも屋台が立ち並び、この花木がなければ、貴族たちがここに別荘を建てることもなかっただろう。

祝祭日には普段以上に屋台が並び、旅回りの一座や行商人もやってきて、町は一気ににぎやかになる。そんな喧騒も岬までは届かず、ゲオルクもユスラたちも普段通りに過ごすはずだった。


「ちょっと町に下りてくる。陽が沈むまでには帰るから。」

セリはこの頃よく屋敷をあけるようになった。町で友人でもできたのだろうか。活き活きと楽しそうな顔に、行くなとは言えなかった。


本来なら、自立して結婚していてもおかしくない年齢なのだ。セリにはセリの付き合いがある。

そう言い聞かせてみても不安はぬぐえない。何しろ彼は美しい。町の女性が見惚れて声をかけようかと視線を送っているのを何度も見た。一人で歩いていれば、そんな女性からの誘いは絶えないだろう。


一緒に町まで下りてみようか。こっそり後をつけてみようか。何度も思ったけれど、結局は笑顔で送り出すことしかできなかった。セリが選んだことに、自分が口を出すべきではないと言い聞かせて。


―あいつが結婚したらどうすんの?


ハンスの言葉が、頭のなかを何度もよぎる。

どうしよう。セリがある日突然、恋人ができたから彼女と暮らすと言ってここを出て行ってしまったら。

美しいセリのことだ、生活力がなくてもいいから一緒に暮らしたいという女性だって山ほどいるだろう。


そうなったら自分はどうするのだろう。幾ら考えてみても、答えはでなかった。

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