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献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波@「不良債権」コミカライズアンソロ1/8発売
Ⅱ.今日のこの日を生き延びて

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12/20

08.同情

町を行く人々が「冬将軍がやってきた」と口にしだして、本格的な冬がやってきた。


宗教特区ロザリオでは、王都と同じように雪がしんしんと降り積もり、静謐な雰囲気に包まれるものだった。北の漁師町ファヴェルでは風はこれより荒れることはないというほど吹きすさび、本当に雪が積もる暇もなかった。


ユスラもセリも、外へ出る時は外套に手袋、それにウールのと帽子で顔以外の部分をすっぽり包み込まなければならなかった。襟巻きをぐるぐるまくと、セリはくすぐったいのか声をあげて笑う。その声が、もう一週間以上かすれている。


乾燥で喉を痛めてしまったのだろうか、声が出しづらそうでユスラは小さな罪悪感にさいなまれた。歌うことが何よりの使命だった聖女セレストの傍仕えとして、喉の管理は尤も大切な仕事のうちの一つだった。

今はもう、声が出なくなったところで何の支障もないのだけれど、セリのかすれ声を聞くたびに落ち着かない。


早く治ればいいのにと、ユスラは毎晩ホットミルクに多めの蜂蜜をいれてだしている。ミルクは最近のセリのお気に入りだった。教会ではまず飲まない代物に最初はびくついていたユスラも、栄養があってセリが喜ぶとあれば日に一杯だけの約束で小鍋にいれたミルクを火にかけるようになった。


冬には冬の日課があり、冷たい風で乾燥した髪や肌は薄く伸ばした香油で保湿をする。手のひらでゆっくりとオイルをあたためて、ふんわりと香りが広がってきたころに毛先からゆっくりと髪になじませていく。


「手伝ってあげる。」

いつも自分がしていたことを見て覚えていたのだろう。セリはそう言って椅子に座ったユスラの背後に立つと髪にブラシをかけた。ゆっくりと、丁寧に。


「髪が伸びたね。」

「そうですね。初めてセリにお会いしてから4か月が過ぎましたから。」

「どこまで伸ばすの?もしかして、岬から海に届くまで?」


先日読み聞かせたおとぎ話を思い出したのだろう。セリの顔は真剣だ。ユスラは、自分の髪をロープがわりに上ってくるセリを想像してふふっと笑った。

なぜセリなのだろうと自分でも不思議だった。おとぎ話の中で、塔に閉じ込められたお姫様に会いにくる王子様。どちらかといえばセリはお姫様で、自分はどう考えたってセリを閉じ込めている悪い魔女が関の山だ。


自分の人生は聖女様がすべてで、そういえば王子様なんて夢に見たこともなかったなと、ユスラは窓の外を眺めた。側仕え以外の人生なんて想像もできない。けれど、いずれセリも看取ることになる。そうしたら自分はどう生きればいいのだろうか。


「春になったら、ばっさり切ってみるのもいいかもしれませんね。」

「じゃあそれまで、僕がお手入れしてあげる。」


そう言いながら、セリは毛先にオイルを馴染ませた。

いずれ切り落とす髪に、そんな風に接してくれるなんて。

彼の中に、聖女セレストの痕跡と不在を探して、小さく落胆し続けるだけの4か月だった。


ユスラはブラシを受けとると立ち上がった。

これからを生きていくため、自分もそろそろ変わらなくてはいけない。


「ありがとうございます。寝るまで、もう少し文字の勉強をしましょうか。」

ユスラは穏やかな気持ちでペンを手にとった。



町の人々は冬将軍の荒くれぶりに慣れているのか、風が強くでも気にせず出歩く。

滑り止めのスパイク加工がしてある冬靴があれば大丈夫だと、荷運びのハンスも慣れたものだ。


ユスラとセリも風がそれほどひどくなければ、ミサの日に合わせて町へ降りた。教会で借りた本を返し、別の本を借りる。セリは司祭に懐き、時間があえばいろんな話をしていた。

今日は讃美歌の解釈きいて教会を後にすると、帰りの道中で村役場参事のセルゲイと出くわした。顔を合わせるのは引っ越して一週間後に様子を見に来てくれた時以来だ。


「なにぶん役場は万年人員不足なものでして…。なかなかそちらに伺うことができなくて申し訳ありません。」


セルゲイは世話役としてなかなか顔を出せない非礼を詫びたが、屋敷まで来たところで何を話せばいいのかユスラにはわからない。


「何か困っていることなどはないですか?」

「はい。町の皆様のおかげでで穏やかに暮らしております。」

「それは良かった。療養には心穏やかに過ごすことが一番ですからね。」


セルゲイは気の毒そうに言う。ロザリオの教会から療養としか聞いていないはずなのに、心の病だと思い込んでいるのだろう。


「お可哀そうに…。」


小さく呟いた言葉に悪気はない。心底心配して、だから本気でセリが可愛そうだと思っている。

今、新しい本を借りてこんなにも楽しそうにしているのに。ユスラはセルゲイに頭を下げると、セリの手を引いて岬へと歩き始めた。


「ユスラ、どうして怒ってるの?」

「え…?」


突然セリにそう言われて、ユスラは階段の途中で足を止めた。岬まで続く、岩を削り出してつくられた階段は細くて歩きにくい。強風にあおられたら一気に下まで転げ落ちてしまいそうだった。


「だって、なんか怖い顔をしてるから。誰かに嫌なこと、言われた?」

心配そうに自分の顔を覗きこむセリに、ユスラは小さく首を横に振った。


「いいえ。長い冬を、どうやって過ごそうかと考えていただけですよ。」

「そっか、なら良かった。僕ね、クッキー作ってみたいな。こないだユスラが焼いてくれたやつ、すっごく美味しかったから自分でも作ってみたいの。」

「それはいい考えですね。」


セリの笑顔と一言で、心の曇りが晴れていく。そうだ、お菓子だけでなく、料理も教えてあげよう。2人でキッチンに立つのはとても楽しそうだ。


セリは絶対に可哀そうなんかじゃない。私がどんな災難や不幸せからも守って、幸せにして見せる。

ユスラはそう強く誓いながら、階段を一段一段踏みしめるのだった。

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