第7話「冒険者ギルドで前例がないと言われる男」
90日のタイムリミット。残り53日。
俺は朝一番で冒険者ギルドに駆け込んだ。
「大きな依頼をくれ! でかいやつ! 善行値がガッポリ入るやつ!」
受付のメルダさん――三十代半ばの落ち着いた女性で、もう俺の対応に慣れ始めていた――が、深いため息をついた。
「ポジオさん。あなたはFランクです。大規模依頼はCランク以上でないと受けられません」
「ランクを上げてくれ。実績は十分だろ?」
「実績は確かにFランクとしては異例ですが、ランク昇格審査には身元証明が必要です。生者台帳の登録確認が――」
「それがないから困ってるんだよ!」
堂々巡りだ。蘇生するために功績が必要で、功績を積むためにランクが必要で、ランクを上げるには生者台帳が必要で、生者台帳に載るには蘇生が必要。
「行政の無限ループだ……」
「前例がないので、対応しかねます」
「前例は俺が作ると言ったろ!」
「システムは前例では動きません。規定で動きます」
「リリアと同じこと言いやがる!」
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ギルドの隅のテーブルで、俺は頭を抱えていた。仮面の上から頭を抱えても様にならないが、気持ちの問題だ。
「システムがこっちに合わせてくれないなら、こっちがシステムに合わせるしかないか……」
「そうですね」
リリアが向かいに座って、何か書類を広げた。
「一つ方法があります」
「マジか。何だ?」
「Fランクのままでも受けられる依頼で、功績の質が高いものを選ぶんです。例えばこれ」
リリアが指差した依頼書には、こう書かれていた。
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【依頼】ランクF以上
内容:北の街道にて商隊が行方不明。捜索および救出。
備考:魔物の出没報告あり。複数名での対応を推奨。
報酬:銅貨200枚(成功時)
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「商隊の捜索救出か。これは確かに規模が大きい」
「Fランクでも受けられるのは、人手不足で依頼が滞っているからでしょう。北の街道は最近、魔物の出没が増えていて、上位冒険者はもっと大きな案件に取られています」
「つまり、余り物か」
「余り物でも、商隊を救えれば善行値は大きいです。それに、社会的功績としてギルドの記録に残る」
「よし、これだ。受けよう」
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北の街道は、町から半日ほど歩いた場所にあった。
森と山に挟まれた細い道で、木々の影が深い。魔物が出ても不思議ではない雰囲気だ。
「商隊が消えたのは三日前だそうです。最後に目撃されたのは、この先の谷の手前」
「三日か。無事だといいが」
「厳しいかもしれません。でも、まだ希望はあります」
リリアが先導して歩く。腰に提げた聖水の瓶が揺れるたびに、俺は本能的に距離を取った。条件反射だ。
谷の手前まで来ると、道が崩れていた。土砂崩れで道が塞がれ、先に進めない。
「ここで商隊が立ち往生したのか」
「周囲に争いの痕跡がありますね。轍の跡が乱れている。……あそこ」
リリアが指差した先に、壊れた荷車の残骸があった。中身は散乱し、布や食料があたりに散らばっている。
「魔物に襲われたのか?」
「そのようです。ただ、遺体がありません。連れ去られた可能性が高い」
「連れ去る魔物……」
「この辺りに生息するのは、ゴブリン系統の魔物です。彼らは知能があるので、捕虜を取ることがあります」
「じゃあ、まだ生きてる可能性がある」
「急ぎましょう」
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ゴブリンの巣穴は、谷の奥の洞窟にあった。
入口にはゴブリンの見張りがいたが、俺の姿を見た瞬間、逆に驚いて逃げ出した。
「あ、逃げた」
「あなたの見た目が怖すぎるんですよ」
「今回ばかりは感謝だ」
洞窟の奥に進む。薄暗い洞窟内は、俺のスキル【夜目】が効果を発揮した。暗闇でも問題なく見える。
「五匹……いや、七匹いるな。奥に何人か人間がいる。縛られてる」
「商隊の人たちですね。生きてますか?」
「動いてる。大丈夫そうだ」
「では、作戦を立てましょう」
リリアは真面目な顔で――いつも真面目だが、今日のは緊迫した真面目さだった――洞窟の構造を確認した。
「私が聖水で入口を塞ぎます。ゴブリンは聖水の匂いを嫌うので、洞窟の奥に追いやれます。あなたはその間に人質を解放してください」
「わかった。で、奥に追い込んだゴブリンはどうする?」
「出口がもう一つあるはずです。そこから逃げるでしょう。今回は殲滅ではなく救出が目的ですから」
「了解。……リリア」
「何ですか」
「お前、こういう作戦考えるの上手いな」
「教会の戦術教本に書いてあることをそのまま実行しているだけです」
素直に褒められない女だ。
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作戦は概ね成功した。概ね。
リリアが聖水を洞窟の入口にまき散らすと、ゴブリンたちはパニックを起こして奥へ引っ込んだ。その隙に俺が人質のもとに走り――
「助けに来たぞ! 大丈夫か!」
商隊の男たちが顔を上げて――そして、俺を見て――
「「「ぎゃあああああ!」」」
「ゴブリンに続いて別の化け物が!」
「違う! 違うから! 助けに来たんだって! 味方! 味方だから!」
毎回これだ。
縄を解きながら弁明する。仮面をつけていても、ミイラ化した手や腕が露出するとアウトだった。
「と、とにかくここから逃げろ! 説明は後だ!」
商隊の五人を解放し、洞窟の入口へ向かう。途中でゴブリンの一匹が戻ってきて斬りかかってきたが、スキル【しぶとい】で致命傷を回避し、怨念(微量)で目くらましをして撃退した。
全員が無事に洞窟を脱出した時、太陽が西に傾き始めていた。
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「た、助かった……」
「あんた、見た目は怖いが……恩人だ」
「アンデッドなのに、人を助けるのか……?」
「助けるさ。善行ポイント稼ぎだからな……って言ったら引くか」
「すでに引いてます」
リリアのツッコミが入る。
商隊を町まで送り届けた。ギルドに報告すると、メルダさんが驚いた顔をした。
「商隊の救出……本当にやったんですか」
「やったぞ。達成報告書にハンコくれ」
「……報告書の確認は……はい、確かに商隊の全員が無事ですね。報酬は銅貨200枚と……」
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【善行値】+8
【社会的功績】中規模依頼完了 × 1
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「+8! 今までで最大だ!」
「おめでとうございます。……動機については目をつぶります」
「リリア、お前も頑張ったぞ。あの作戦、お前がいなきゃ成功しなかった」
「……当然のことをしただけです」
リリアはそっぽを向いたが、耳が少し赤い気がした。気のせいかもしれない。仮面越しだから確証はない。
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その夜。
墓地の小屋で報告書を整理していると、ボーン先輩がふらりと現れた。
「おう新入り。今日は派手にやったそうだな」
「商隊を助けた。善行値が+8だ」
「大したもんだ。……で、聞きたいことがある」
「何だ?」
「お前、教会の監査局のこと知ってるか?」
「90日の期限を設定してるところだろ?」
「ああ。その監査局の連中が、ちょっと動き始めてるらしい」
「動き始めてる?」
「お前の善行マラソンが予想以上に機能してるんで、上の連中が気にしてるんだとよ。未登録死者が善行を積むって前例がないから、対応に困ってるらしい」
「対応に困ってくれ。俺は止まらないぞ」
「止めろとは言ってねえ。だが、教会ってのは保守的な組織だ。前例のないことが起きると、潰す方に動く連中もいる」
「…………」
「気をつけろよ、新入り。お前の敵は魔物だけじゃねえかもしれん」
ボーン先輩は、それだけ言って去っていった。
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教会の監査局。
90日の期限。
そしてリリアは、教会の人間だ。
もし教会が俺を潰す方に動いたら、リリアはどうするんだろう。
考えたくなかったが、考えずにはいられなかった。
「……まだ負けじゃない。死んでるけど」
口癖を呟いて、仮面を磨く。
明日も善行を積む。功績を上げる。聖遺物を探す。霊核を安定させる。
53日が、52日になった。
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第7話「冒険者ギルドで前例がないと言われる男」 ― 了




