第5話「善行ポイントは下心でも加算されますか?」
アンデッド生活三週間目。
俺はリリアに連れられて、教会の奥にある資料室にいた。
「今日は何の勉強だ?」
「蘇生の条件について、正式な説明をします」
リリアが分厚い本を机の上に置いた。表紙には「蘇生許可審査要綱 第七版」と書かれている。
七版。改訂を重ねているということは、それだけ蘇生の制度が長い歴史を持っているということだ。
「ネクロミアからも聞きましたが、改めて教会側の説明を聞いておいた方がいいでしょう」
「了解。で、蘇生するには何が必要なんだ?」
リリアは本を開き、一覧を指でなぞった。
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【蘇生に必要な5条件】
1. 善行値 ― 他者のために動いた実績
2. 社会的功績 ― 社会に認められた成果
3. 霊核の安定 ― 魂が肉体に定着できる状態であること
4. 聖遺物 ― 蘇生儀式の媒体となる聖なる遺物
5. 蘇生許可証 ― 教会上層部の最終承認。現場証言者の署名が必須
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「多くないか?」
「蘇生は奇跡です。簡単に認められるものではありません」
「いや、わかるけどさ。これ全部揃えるのに何年かかるんだ」
「通常は一生をかけて蓄積するものですから、数年では済まないかと」
「俺の一生はもう終わってるんだが!」
「だからこそ、効率よく進める必要があります」
リリアは赤いインクで、条件それぞれの横に主人公の現状を書き込んでいった。
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| 条件 | 現状 | 評価 |
|------|------|------|
| 善行値 | 魔物撃退1回、除霊協力1回 | 不足 |
| 功績 | 「骸骨の騎士様」の噂のみ | 不足 |
| 霊核安定 | 不安定(ネクロミア調べ) | 未達 |
| 聖遺物 | 未入手 | 未着手 |
| 許可証 | 監視段階 | 論外 |
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「全部不足じゃねえか!」
「当然です。始めたばかりですから」
「で、この善行値ってやつ。これが一番手っ取り早く稼げそうだな」
「善行値は他者のために行動した実績を数値化したものです。教会のシステムが自動的に計測しています」
「自動計測! 便利だな」
「はい。行動そのものが善行に該当するかどうかを判定するので、動機は問われません」
俺の目が光った。眼窩が光った。
「動機は問われない?」
「はい。結果として善い行いであれば、動機が何であれ善行として加算されます」
「つまり……下心で人助けしても、善行ポイントがもらえるってことか?」
「……理論上は、そうなりますが」
「最高じゃないか!」
俺は椅子から立ち上がった。
「リリア! 俺は今日から善行を積みまくるぞ! 目的はモテるため! 手段は善行! 結果は蘇生!」
「動機が最低すぎます」
「でもシステム的にはOKなんだろ?」
「…………はい」
「よし、決まりだ! 善行マラソン、スタートだ!」
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最初の善行は、すぐに見つかった。
町の市場を歩いていると、おばあさんが重い荷物を抱えて困っていた。
「おばあさん、荷物持ちましょうか?」
「あ、ありがとうね。最近腰が悪くて……」
荷物を受け取る。骸骨の力は意外と強い。肉がない分、骨がダイレクトに仕事をするからだ。
「ここの角を曲がった先の家まで、お願いできるかしら」
「もちろん! 任せてください!」
荷物を運ぶ。おばあさんから感謝される。
ポーンと脳内に通知音が聞こえた気がした。
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【善行値】+1
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「きた! 善行ポイント!」
「はしゃがないでください。周囲の目があります」
「ははは! この調子でどんどん稼ぐぞ!」
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二つ目の善行。
町外れの畑で、農夫が困っていた。害獣が畑を荒らしており、作物がダメになりかけているという。
「任せてくれ。俺が追い払ってやるよ」
「え、あんたが? ……まあ、見た目は怖いし、逆に害獣の方が逃げるかもな」
ひどい言われようだが、作戦としては正しかった。
畑に立つと、害獣(大型のネズミのような魔獣)が俺を見て固まった。仮面を外すと、一斉に逃げ出した。
「効果抜群だ!」
「あんた……何者だ……」
「害獣駆除のプロです」
「いや、あんた自身が害獣より怖いんだが……」
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【善行値】+2
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「お、これは場合によっては加算が大きいぞ。ネズミが複数だったからか?」
「善行の規模と影響範囲で加算値が変わるそうです」
「なるほど。じゃあ、もっと大きな善行をすれば、一気にポイントを稼げるわけだ」
「……嫌な予感がします」
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三つ目の善行。
町の掲示板に貼られていたのは、冒険者ギルドの依頼書だった。
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【依頼】川の橋が壊れて村が孤立しています。修繕に人手が必要です。報酬あり。
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「これだ! 規模が大きい善行! 村を助ければ、善行値が大量にもらえるはずだ!」
「あなた、冒険者登録してないですよね」
「する。今から」
「アンデッドが冒険者ギルドに登録した前例はありません」
「前例は俺が作る」
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冒険者ギルドに行った。
想像通り、受付で大揉めした。
「アンデッドが冒険者登録を? そんな規定はありませんが」
「規定にないってことは、禁止されてもないってことだろ?」
「いや、そういう解釈は……」
「教会の暫定滞在許可証があります。この者は監視下にある善良なアンデッドです」
リリアが書類を出すと、受付の女性は困惑しつつも上に確認を取った。三十分ほど待たされた後、返ってきた答えはこうだった。
「……前例がないため、暫定登録という形で処理します。ランクは最低のFです。依頼遂行時は必ず監視官同行のこと」
「やった! 冒険者デビューだ!」
「Fランクですよ」
「Fから始まるサクセスストーリーだ!」
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翌日。橋の修繕依頼を受けた。
村に向かう道中、リリアが隣を歩いていた。
「ポジオ」
「ん?」
「今回の依頼、本当にやるんですか」
「当然だろ。善行値は稼がないと」
「……あなたの善行は全て不純な動機です。それでも善行として認定されるのは確かですが、本来の主旨とは全く異なります」
「結果が同じなら問題ないだろ。村人が助かるのは事実だ」
「…………」
リリアはしばらく黙り、それから小さく言った。
「……感動的なことを言っているようで、中身が最低です」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
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村に着いた。
川にかかる橋は確かに崩落しかけていた。木造の橋だが、増水で基礎部分がやられている。村人たちが不安そうに集まっていた。
「放っておくと、次の雨で完全に流されるだろうな」
「この村は橋がないと物資の運搬ができなくなります。孤立すれば、食糧も医療も止まる」
「……それは、まずいな」
俺は仮面の下で表情を引き締めた。骨だから表情はないが、気持ちの問題だ。
「よし、やるぞ。善行値のためじゃない。……いや、善行値のためだけど、でもこの村の人たちを助けたいのも本当だ」
「……珍しくまともなことを言いますね」
「茶化すなよ」
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修繕作業は重労働だった。
だがアンデッドの体には利点があった。疲れない。食事も睡眠も必要ない。重い木材を担いでも筋肉痛にならない(筋肉がないから)。
水の中に入っても溺れない。基礎部分の修復で川に潜る必要があったが、呼吸の必要がないアンデッドにとっては楽勝だった。
「すげえ! あんた、水の中でも平気なのか!」
「人間をやめると便利なこともある」
「冗談きついなあ……」
村人たちは最初、仮面の旅人に怯えていた。だが作業が進むにつれ、態度が変わっていった。
「なあ、あんた。ありがとな。この村は小さいから、外から助けに来てくれる人なんかめったにいないんだ」
「気にすんなって。困った時はお互い様だ」
言いながら、俺は心の中でこう付け加えた。
「(……これで善行ポイント、がっぽりだな)」
最低だ。でも橋は直っている。結果オーライだ。
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橋の修繕が完了した時、村人たちが集まって拍手してくれた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「助かったよ! あんたは命の恩人だ!」
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【善行値】+5
【社会的功績】小規模依頼完了 × 1
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「+5! 今までで一番大きい! しかも社会的功績も!」
「そうですね。依頼を完了すると、冒険者ギルドの記録にも残りますから」
「これは続けるしかないな! もっと依頼を受けよう! もっと善行を!」
「……動機が不純すぎて、善行値のシステムがバグを起こさないか心配です」
帰り道。夕日が沈みかけている中を、俺とリリアは並んで歩いた。
「なあリリア」
「何ですか」
「今日、楽しかったな」
「……はい?」
「いやさ、みんなに感謝されるのって、悪くないなって。前世じゃ合コンの幹事くらいしかやったことなかったけど、人助けって案外いいもんだな」
「あなた、それを下心抜きで言ってます?」
「下心なしだと……どうだろう。七割は下心だな」
「七割……」
「残りの三割は、本気で嬉しい」
「…………」
リリアは何も言わなかった。
だが、その横顔が少しだけ柔らかくなった気がした。
気のせいかもしれない。仮面越しだから、俺の方も確証はない。
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小屋に戻ると、ボーン先輩がいた。
「おう、新入り。また何かやったみたいだな」
「橋を直した」
「ほう。殊勝じゃねえか」
「善行ポイント稼ぎだけどな」
「……お前、正直だな。ある意味感心するわ」
ボーン先輩はカタカタと笑い、それから少し真面目な顔――骸骨に表情はないが、声のトーンで分かる――になった。
「なあ新入り。教会の書類、もう少し読んどけ」
「何の書類だ?」
「暫定保留の期限だ。確認したか?」
「期限……?」
俺はリリアがくれた書類を思い出した。確か、暫定滞在許可の書類。あの下の方に小さい字で何か書いてあった気がする。
引っ張り出して読む。
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> 暫定保留期限:登録日より90日
> 期限内に正式な蘇生許可が下りない場合、
> 対象は浄化処分の対象として再分類される。
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「…………」
「見つけたか。90日だ。期限がある」
「90日……って、あと二ヶ月ちょっとしかないぞ」
「そういうことだ。のんびりしてる暇はねえぞ、新入り」
90日。
その期間内に、蘇生の条件を全て揃えて、正式な許可を得なければ――
浄化。つまり、消滅。
「…………」
俺は書類を握りしめた。骨の指が紙にめり込む。
怖い。
正直、怖い。
でも。
「……まだ負けじゃない。死んでるけど」
口癖を吐いた。
自分を奮い立たせるための言葉。前世からずっと、何かにつまずくたびに繰り返してきた言葉。
「90日あれば十分だ。善行でも功績でも何でも積んでやる。生き返って、人間になって、モテてやる」
「相変わらず最後の目標がアレだな」
「うるせえよ、先輩」
ボーン先輩は肩をすくめて去っていった。
俺は書類を机の上に広げた。90日。タイムリミット。残り67日。
ギャグだけでは済まない展開が、すぐそこまで来ている。
でも、俺は止まらない。
生き返りたい理由が俗すぎても。
善行の動機が全部下心でも。
それでも俺は、前に進む。
「さて、明日はどの依頼を受けようかな」
仮面を磨きながら、俺は笑った。
カタカタと顎が鳴る、骸骨の笑い声だった。
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第5話「善行ポイントは下心でも加算されますか?」 ― 了




