第4話「初デートのはずが除霊だった」
ある日の昼下がり、リリアが珍しくそわそわしていた。
「ポジオ。明日、予定を空けておいてください」
「え、予定? 俺の予定なんか毎日空っぽだけど」
「明日、教会の上級神官がこの地区を巡察します。それに合わせて、あなたの状態を公式に確認する儀式があります」
「儀式?」
「はい。あなたの霊的状態を調べ、危険度を評価する浄霊審査です」
「浄霊……って、浄化じゃないよな? 浄化は消滅だよな?」
「浄霊審査は消滅ではありません。あくまで審査です。……ただし」
「ただし?」
「審査の結果次第では、浄化に移行する可能性がないとは言い切れません」
「めちゃくちゃ怖いこと言ってるぞ!」
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翌日。
午前中、浄霊審査が行われた。
教会の上級神官——白髪の老人で、目つきが鷹のように鋭い——が、俺の霊的状態を調べた。
聖水を振りかけられ(死ぬかと思った)、聖印を押しつけられ(マジで死ぬかと思った)、霊核の波動を計測され(くすぐったかった)、三十分ほどで終了。
「結果は——危険度据え置き。監視継続」
リリアが結果を読み上げた時、全身から力が抜けた。
「浄化は?」
「現時点では見送りです。ただし——」
「ただし?」
「上級神官が一言、『興味深い個体だ』と言い残して帰りました。……目を付けられたのは間違いありません」
「興味深いって褒め言葉じゃないよな、あの文脈」
「褒め言葉ではないですね」
嫌な種が一つ、蒔かれた気がした。だが今日は午後の予定で頭がいっぱいだった。
だが俺の頭にあったのは、審査の恐怖ではなかった。
実は昨夜、町で一人の少女と出会っていたのだ。
夜の町外れ。俺が仮面をつけて散歩をしていた時のことだ。道端でしゃがみ込んで、捨て猫に餌をやっている少女がいた。
淡い金色の髪。穏やかな笑顔。白い衣装は教会の者とは違い、もっと柔らかな印象だった。聖女のような、という表現がぴったりの――
「あの、どうかしましたか?」
少女が俺に気づいて声をかけてきた。驚かない。仮面の旅人を見ても、怯えも警戒もしない。
「いや、猫に餌やってるの見て、優しい人だなって」
「ふふ、この子たちは毎晩ここに来るんです。ご飯が足りてないみたいで」
「毎晩来てるんですか。すごいな」
「全ての生き物は平等ですから。大きくても小さくても、生きていても……そうでなくても」
最後の一言が、妙に引っかかった。「そうでなくても」。
「あの、俺はポジオって言います。あなたは?」
「セレスです。旅の途中で、この町に滞在しているんです」
「セレス……いい名前だ」
「ありがとうございます。あなたも、優しい方ですね。こんな夜遅くに声をかけてくれて」
にこにこと笑うセレス。その笑顔に、俺の心臓は――ない。心臓はないが、魂が跳ねた。
「(ついに来た……! 王道ヒロインとの出会い……! これは異世界転生の正規ルートだ……!)」
興奮を抑えつつ、俺は翌日の約束を取りつけた。
「明日、よかったら町を案内させてもらえませんか?」
「まあ、いいんですか? ぜひお願いします」
「マジですか! やった! あ、いや、落ち着け俺。……では明日、町の広場で」
「はい、楽しみにしています」
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そして翌日の朝。
俺は張り切っていた。
「リリア! 今日は用事があるから、午後は少し自由にさせてくれ!」
「……何の用事ですか」
「デートだ」
「は?」
「昨日の夜、セレスっていう可愛い女の子と知り合って、今日町を案内する約束をしたんだ」
リリアの目が鋭くなった。
「セレス、ですか」
「知ってるのか?」
「……名前は聞いたことがあります。呪われた聖女として知られている人物です」
「呪われた聖女? 物騒な二つ名だな」
「生まれつき特殊な呪いを持っており、その呪力ゆえに一定の浄化能力を有しているとか。教会とも繋がりがあるようですが……」
「呪い持ちか。大変なんだな、あの子も」
「……ポジオ。一つ聞いていいですか」
「何だ?」
「あなた、仮面をつけてデートするんですか?」
「もちろんだ。外したら終わるだろ」
「…………そうですね」
リリアは何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。
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午後。町の広場。
俺は気合を入れて仮面を磨き、ローブも洗った(ボーン先輩に「お前、何そんなにはりきってんだ」と呆れられた)。
広場のベンチに座って待っていると、セレスがやってきた。
昨夜と同じ白い衣装だが、昼間の光の中で見ると一層美しい。金色の髪が風に揺れ、穏やかな微笑みが太陽のように温かい。
「ポジオさん、お待たせしました」
「いや、全然待ってない。さあ、どこ行こうか」
デートだ。異世界転生して初めてのデートだ。骸骨だけど。仮面だけど。それでもデートはデートだ。
俺はガイドブック代わりにリリアから聞いた町の情報を頼りに、セレスを案内した。
「ここが市場で、あそこが冒険者ギルドで、あの建物が教会で――」
「わあ、詳しいんですね」
「まあ、最近越してきたばかりだけど、色々教えてもらってるから」
セレスは本当に嫌な顔一つしない。仮面の旅人に案内されても、怪しまない。むしろ楽しそうに、あちこちを見て回っている。
「ポジオさんは、すごく前向きな方ですね」
「え? そう見える?」
「はい。初めて会った時から、明るいオーラを感じました」
「オーラ……! マジか。俺のオーラは希望の光だからな」
「ふふ、素敵です」
素敵と言われた。素敵。セレスに素敵と言われた。
骸骨の体がカタカタ震えたが、これは寒さではなく感動だ。
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だが、デートの途中で異変が起きた。
路地裏を通りかかった時。セレスが突然立ち止まった。
「……ここ」
「どうした? セレス」
「この場所……強い残留霊気が感じられます」
「残留霊気?」
セレスの表情が変わった。先ほどまでの穏やかな笑顔が消え、真剣な目になっている。
「低級の浮遊霊が溜まっています。放置すると具現化して、町の人に害を及ぼすかもしれません」
「え、それってつまり……」
「除霊しないといけないんです」
「除霊!?」
デートが除霊に変わるのは、さすがに想定外だ。
「セレス、除霊って、お前がやるのか?」
「はい。私の呪いはこういう時に役立つんです。浄化の力を持っていますから」
「浄化って……おい、俺もアンデッドなんだけど! 巻き添え食わないよな!?」
しまった、と思った。勢いで口が滑った。
だがセレスは悲鳴を上げるでもなく、少しだけ目を丸くした後、納得したように頷いた。
「……やっぱり、そうだったんですね」
「え?」
「初めて会った時から、普通の人とは少し違う霊気を感じていました。でも、ポジオさんはポジオさんでしょう?」
「そこ受け入れ早くない!?」
「驚きましたけど、怖くはありません。……それに、今さら嫌いになったりしませんよ」
「セレス……」
「大丈夫です。対象を絞れますから」
セレスが両手を合わせた。白い光が指先から溢れ出る。聖なるオーラ。アンデッドの俺にとっては本能的に「逃げたい」と思わせる気配。
だが、セレスの浄化は確かに対象を絞っていた。路地裏の壁や地面から、もやもやとした黒い霧が浮かび上がり、セレスの光に触れて消えていく。
「ポジオさん。一つお願いがあります」
「な、何?」
「あの角の奥にまだ残っています。追い出してもらえますか? あなたの霊気で刺激すれば、こちらに出てきてくれるはずです」
「俺の霊気で……? あの微量な怨念でか?」
「微量でも、同じアンデッドの気配があれば反応するはずです」
なるほど。俺がおとりだ。
「わかった。やってやるよ」
路地の奥に進む。暗い角の向こうに、確かに何かがいた。黒い霧がもやもやと蠢いている。
「おーい、お前ら! こっちだこっち! 同族だぞ! 仲間の気配感じるだろ!」
スキル【怨念(微量)】を意識的に放出する。微弱な霊力が広がると、黒い霧がざわざわと反応した。
「来る……! セレス、準備!」
「はい!」
黒い霧が一斉に俺に向かって飛んできた。俺は全力で逃げた。角を曲がり、セレスの前に飛び出す。
「今です!」
セレスが手を広げた。白い光が爆発し、黒い霧を一掃する。
光の余波が俺にもかかった。
「いてっ!」
「あっ、ごめんなさい! 少し当たってしまいましたか?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと焦げた程度だ。前腕の骨がちょっと煤けたけど」
「すみません……死体にも偏見はないんですが、つい……」
「死体って言うな! せめて『人』って言ってくれ!」
「あ、ごめんなさい。……では、『元・人』で」
「それも微妙に嫌だ!!」
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除霊が終わった後、俺たちは広場のベンチに座っていた。
夕焼けが町を橙色に染めている。
「……デートのはずが、除霊になっちゃいましたね」
「……ああ。まあ、いいけど」
「ごめんなさい。私、こういうのが多いんです。普通にお出かけしても、霊的な異変を見つけてしまって……」
「それは、セレスの呪いのせいか?」
「はい。この呪いは浄化の力を与えてくれますが、同時に霊的なものを引き寄せてしまうんです。だから普通の人と一緒にいると、迷惑をかけてしまって……」
セレスの目が少し寂しそうに揺れた。
「迷惑なんかじゃないだろ」
「え?」
「お前のおかげで、この町の人たちはあの浮遊霊の被害を受けなくて済んだ。それはすごいことだ」
「でも、デートが……」
「デートはまたすればいい。実は俺、死んでるから時間だけは山ほどある」
「……ふふっ、面白い人ですね」
セレスが笑った。今度は寂しさのない、柔らかい笑顔だった。
「ポジオさん」
「ん?」
「大丈夫です。私は死体にも偏見はありません」
「だから死体って呼ぶのやめてくれ!!」
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墓地の小屋に戻ると、リリアが腕を組んで待っていた。
「デートはどうでしたか」
「除霊だった」
「……は?」
「セレスが霊を見つけて、除霊作業になった。俺はおとり役だった」
「…………」
リリアは一瞬、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。安堵? 呆れ? あるいはその両方か。
「あと、セレスに俺のことを死体と呼ばれた」
「事実ではありますね」
「お前もそっち側か!」
「あなた、まず鏡を見なさい。恋愛以前の問題です」
知ってる。知ってるよ。死ぬほど知ってる。
だが、今日は少しだけ手応えがあった。セレスは俺を怖がらなかった。
俺のことを「面白い人」と言ってくれた。死体呼ばわりが引っかかるが、それ以外は悪くない。
前に進んでいる。少しずつだが、確実に。
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その夜。
ボーン先輩が墓地の隅にいた。
「おい新入り。今日、教会の連中が来てたぞ」
「え?」
「上級神官の巡察ってやつだ。お前のことも話題に出てたらしい」
「マジか。何て言ってた?」
「『未登録死者の監視状況を報告せよ』だとさ。リリアの嬢ちゃんが対応してた」
「リリアが……」
「あと、面白い話を聞いた」
「何だ?」
ボーン先輩が声をひそめた。
「お前みたいな『未登録存在』を、前に見たことがある連中がいるらしい。ずっと昔の話だが……冥境の奥で『王の器』とか呼ばれてた存在がいたそうだ」
「王の器? 何それ」
「知らん。ただの噂だ。ただ――」
ボーン先輩の眼窩が、暗がりの中で微かに光った。
「お前がそれに当てはまらないとは、言い切れねえな」
「…………」
「まあ、気にすんな。飲みに行け、飲みに。……ああ、飲めないか。胃がないもんな」
「うるせえよ!」
ボーン先輩は笑いながら去っていった。
王の器。
意味はわからない。だが、嫌な予感だけが骨に染みた。
振り払うように、俺は仮面を磨いた。
明日はもうちょっとマシなデートがしたい。
まずは除霊をしなくて済む、安全なデートコースを考えよう。
俺のアンデッドライフは、まだまだ前途多難だ。
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第4話「初デートのはずが除霊だった」 ― 了




