第3話「回復魔法で死にかける男」
アンデッド生活一週間目。俺はある問題に直面していた。
「リリア。俺の肋骨、まだ折れたままなんだが」
「そうですね」
「治らないのか?」
「あなたはアンデッドです。自然治癒という概念がありません」
教会でグールベアを受け止めた時に折れた肋骨が、一週間経っても折れたままだ。
痛みはないが、折れた肋骨が動くたびにカタカタ鳴って鬱陶しい。走ると一本が外れて飛んでいきそうになる。
「治療院に行こう」
「……それは、やめた方がいいと思います」
「なんでだよ。怪我したら治療院だろ。異世界テンプレの基本だろ」
「あなた、アンデッドですよ?」
「だから何だよ。治療は万人の権利だ」
「回復魔法がアンデッドにどう作用するか、知っていますか?」
「……?」
リリアは深いため息をついた。ここ一週間で十七回目のため息だ。数えている。
「回復魔法は生命力を活性化させる術です。アンデッドは生命力の対極にある存在ですから――」
「まさか」
「ダメージになります」
「…………えっ」
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行った。それでも行った。
だって折れた肋骨、鬱陶しいんだもの。
町の治療院は、教会に併設された清潔な建物だった。
白い壁に聖なるシンボルが掲げられ、穏やかな光が満ちている。普通の人間なら癒やされる空間だ。
俺にとっては戦場だった。
入口をくぐった瞬間、体中がピリピリした。聖なる空気がアンデッドの体に合わない。空気清浄機の近くに置かれた生ゴミの気持ちが、今ならわかる。
「予約の方ですか?」
受付の女性が声をかけてきた。仮面とローブのおかげで、アンデッドだとは気づかれていない。
「あ、はい。肋骨の治療をお願いしたいんですが」
「はい、では診察室へどうぞ。お名前は?」
「ポジオです」
「ポジオ様ですね。……あの、生者台帳での登録確認をさせていただきたいのですが」
「…………」
リリアが横から割って入った。
「教会管轄の暫定滞在者です。書類はこちらに」
「あら、暫定滞在者の方でしたか。では特別枠で対応しますね」
書類の力は偉大だ。この世界は書類さえあれば大抵のことが通る。逆に書類がないと何もできない。蘇生が申請業務だというのも、今なら頷ける。
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診察室に通された。
中には若い女性の治癒師がいた。柔らかい笑顔をした、いかにも優しそうな人だ。
「はい、ではお怪我を見せていただけますか?」
「あ、はい。肋骨なんですけど――」
ローブを脱ぐ。仮面は残したまま、上半身を露出する。
治癒師の笑顔が消えた。
「……骨、ですね」
「はい」
「骨だけ、ですね」
「はい」
「……あの、肉はどちらに?」
「元々ありません」
治癒師の目が点になっている。骸骨の上半身が目の前にある状況を、彼女の常識が処理しきれていないのだろう。
「あ、アンデッドの方……ですか?」
「元・人間です。今はちょっとアンデッドやってます」
「ちょっと……」
リリアが後ろから補足した。
「教会に報告済みの暫定滞在者です。肋骨の修復が目的ですが、回復魔法は使用不可能と思われます。別の方法はありますか?」
治癒師はしばらく考え込み、それから言った。
「一般的な回復魔法は確かにアンデッドの方には逆効果です。ですが、物理的な修復でしたら可能かもしれません。接骨術と結合材を使えば――」
「おお! お願いします!」
「では、まず回復魔法の影響範囲を確認しましょう。安全のために、ごく弱い魔法を少しだけかけてみます」
「え、それ大丈夫なのか?」
「微量ですから。痛みの確認程度です」
治癒師が手をかざした。淡い緑色の光が指先に灯る。回復魔法だ。
その光が俺の胸に触れた瞬間――
「ぐぁぁぁぁあああああ!!」
焼けた。
体の内側から燃えるような激痛。聖水をかけられた時の比ではない。
回復魔法が俺のアンデッドの体を「治そう」として、存在そのものを否定するかのようなダメージを与えてくる。
「きゃああ! ご、ごめんなさい! すぐ止めます!」
治癒師が慌てて魔法を止めた。
俺は床に倒れ、ひくひくと痙攣していた。
骨だけの体が痙攣するのは見た目的にかなりホラーだったらしく、治癒師は真っ青になっていた。
「だ……大丈夫ですか……?」
「……し……死ぬかと思った……もう死んでるけど……」
「だから言ったじゃないですか」
リリアの冷静なツッコミが、心に刺さる。
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「で、回復魔法以外の方法は?」
なんとか起き上がった俺は、改めて治癒師に尋ねた。
「えっと……アンデッドの方の治療は、正直、前例がほとんどないんです。通常の回復魔法は全て逆効果ですし、薬草も効かないでしょうし……」
「マジかよ……」
「ただ」
治癒師がぽつりと言った。
「噂ですが……死霊術に長けた人物なら、アンデッドの体に作用する特殊な治療法を持っている、と聞いたことがあります」
「死霊術……」
「ええ。死霊術は教会では禁忌に近い扱いですが、学術として研究している方もいるそうです。町の外れに研究塔があると聞きますが……」
リリアの表情が険しくなった。
「死霊術か……教会としては推奨できませんが」
「でも、それ以外に方法がないんだろ?」
「…………」
「リリア。俺を治せるのがそこしかないなら、行くしかないだろ」
「……仕方ありませんね。ただし、私が同行します。何かあった場合に備えて」
「ありがとう、リリア。お前がいてくれると心強い」
「感謝は不要です。監視業務の一環です」
素直じゃないな、と思ったが、口にすると聖水が飛んでくるので黙っておいた。
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町の外れ。丘の上に、古びた塔が立っていた。
灰色の石造りで、蔦が絡みつき、窓からは怪しい色の光が漏れている。どこからどう見ても怪しい。
「悪の研究所」という看板を掲げた方が正直だと思えるほど、雰囲気がダメだ。
「ここか……」
「ここです。ネクロミアの研究塔、と呼ばれています」
「ネクロミア……美人だといいなぁ」
「この期に及んでその発想ですか」
扉をノックした。反応がない。もう一度ノックする。
「……留守か?」
扉に手をかけると、何の抵抗もなく開いた。鍵がかかっていない。不用心だが、この怪しい外見が最大のセキュリティなのかもしれない。
中に入る。螺旋階段がある。壁には所狭しと瓶が並び、中にはよくわからない液体や、乾燥した何かが浮かんでいる。魔術の研究塔らしい雰囲気だ。
階段を上っていくと、最上階に出た。広い部屋の中央に大きな作業台があり、書物や器具が散乱している。
そして、その作業台の向こうに、一人の女性がいた。
「…………おぉ」
思わず声が漏れた。
長い黒髪に、切れ長の目。白い肌に、落ち着いた知性を感じさせる顔立ち。
黒いローブを纏った姿は、妖艶であると同時にどこか近寄りがたいオーラを放っている。
美人だ。とんでもない美人だ。
「……お客?」
女性がゆっくりとこちらを見た。紫がかった瞳が、俺を射抜く。
「あ、はい。治療を受けたくて来たんですが、あなたがネクロミアさん?」
「ネクロミアよ。あなたは……」
ネクロミアが俺を見た。俺の仮面を、ローブを、そしてその下の骸骨の体を。
彼女の目が、きらりと光った。
「……アンデッド?」
「はい。肋骨が折れてまして」
「見せて」
「え、いきなり?」
「見せて」
有無を言わさない迫力だった。ローブの上部を脱ぐと、ネクロミアが近づいてきた。
彼女は折れた肋骨に指を伸ばし、ゆっくりと触れた。冷たい指先が骨の上を滑る。
「…………」
「あ、あの」
「素晴らしいわ」
「へ?」
「この霊核の密度。骨格の構造。死後にこれだけの自我を保っているのは、かなり希少な個体よ」
「個体……」
「ねえ、あなた、少し調べさせてもらえない?」
「調べるって……」
「触診、霊気分析、あと少しだけ解体して内部構造を――」
「解体はやめてくれ!」
ネクロミアは少し残念そうな顔をした。
「冗談よ。……半分は」
「半分は本気なの怖いんだけど!」
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ネクロミアは優秀だった。恐ろしく優秀だった。
彼女は死霊術の知識を駆使して、俺の折れた肋骨を三十分で修復した。回復魔法ではなく、「死の属性を持つ結合術」という特殊な技法だった。骨に死霊魔術の糸を通して固定する方式で、一般的な治癒師には真似できない技術らしい。
「はい、完了。動いてみて」
体を動かす。カタカタ鳴らない。肋骨がしっかり固定されている。
「おお……! 治った! ネクロミア、すげえ!」
「お礼なら、データで返して。あなたの霊核、定期的に観察させてもらうわ」
「データ……」
「好きよ。学術的に」
「学術的に、って何だよ! もっとこう、人としてとかないのか!」
「人として? あなた、アンデッドよ?」
「っ……!」
何も言い返せない。物理的にも論理的にも、俺は人間ではない。
だが、ネクロミアは冷たいわけではなかった。彼女は俺の体を調べながら、重要な情報をくれた。
「あなたの霊核は不安定だけど、段階的に安定化させることは可能よ。善行を積んで功績を上げれば、霊核に正のエネルギーが蓄積される。それが蘇生の土台になるわ」
「やっぱり善行か……」
「ええ。それと、蘇生には聖遺物が必要になる。蘇生儀式の媒体になるものよ。それがないと、どれだけ善行を積んでも最後のステップに進めない」
「聖遺物……どこにあるんだ?」
「調べてみるわ。あなたは面白い素材……じゃなくて、興味深い存在だから」
「素材って言いかけたよな。聞こえてたぞ」
ネクロミアは微笑んだ。美人の微笑みなのに、背筋が少しゾクッとした。
「また来なさい。定期検査と情報交換、しましょう?」
「……ああ。世話になるよ」
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帰り道。
「どうでしたか?」
リリアが聞いた。いつもの無表情だが、少し心配しているようにも見えた。
「肋骨は治してもらった。あと、蘇生について色々教えてもらった」
「ネクロミアの言うことを全て鵜呑みにしないでください。死霊術師の情報は、教会とは異なる観点から発せられています」
「でも、回復魔法じゃ俺は治せないだろ。リリアだって、それはわかってるはずだ」
「…………」
リリアは黙った。それは肯定の沈黙だった。
「なあリリア」
「何ですか」
「俺が生き返れる方法、探してくれてありがとな」
「……べ、別に。あなたが野放しのアンデッドとして町に居続ける方が、教会にとって面倒なだけです」
「素直じゃないなぁ」
「うるさいです。聖水かけますよ」
脅しが物理的すぎる。
だが、少しだけ嬉しかった。
嬉しかったが、骸骨なので顔には出ない。というか顔がない。
モテる以前に、表情がない。
問題は山積みだが、それでも前に進んでいる。
回復魔法で死にかけたが、死霊術で助かった。
この世界では、俺を救うのは光ではなく闇の力らしい。
皮肉なものだ。
でもまあ、生きてないから労災もないし。
気楽にいこう。
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第3話「回復魔法で死にかける男」 ― 了




