第2話「モテる以前に顔がない」
アンデッド生活三日目にして、俺はある重大な事実に気がついた。
「……俺、顔がない」
墓地の小屋にあった手鏡を覗き込む。
そこに映っているのは骸骨だった。当たり前だ。
眼窩が二つ、鼻腔が一つ、歯がずらり。
人間の頭蓋骨の構造を忠実に再現した、教科書レベルの骸骨フェイスがそこにあった。
「……これでは、モテない」
認めたくないが、認めざるを得ない。
モテる以前に、これでは人前に出ることすらままならない。
昨日も町に行こうとしたら子供に泣かれ、おばさんに松明で殴られた。
「身だしなみだ。身だしなみを整えないと」
俺は決意した。まずは見た目。
中身の前に外見を何とかする。
これはモテの基本中の基本だ。
前世でも合コン前には二時間かけて髪をセットしていた。
「だが、セットする髪がない」
再び現実が殴りかかってくる。
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「リリア、相談がある」
朝の報告を終えた後、俺は切り出した。
「何ですか」
「俺の容姿を何とかしたい」
リリアは俺を上から下までじっくり見て、それから視線を逸らした。
「……相当な工事が必要ですね」
「工事って言うな。リフォームと言え」
「現状は更地です」
「もっと酷いこと言ってるぞ!」
だがリリアも、俺が町で活動するためには外見の問題を解決する必要があると認めてくれた。
監視対象が毎回騒動を起こすのは、彼女にとっても面倒だからだ。
「教会の記録に、アンデッドの外見改善に関する資料がいくつかあります。試してみる価値はあるかもしれません」
「さすがリリア! 話がわかる!」
「ただし、期待はしないでください」
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リリアが教会から借りてきた資料をもとに、俺たちは順番に試していくことにした。
作戦1:布で覆う
最もシンプルな方法。ローブとフードで全身を覆い、骸骨の部分を隠す。
「どうだ? これなら行ける気がする」
「不審者にしか見えません」
「マジか」
町の門を通ろうとしたら、兵士に呼び止められた。
「そこの怪しい奴、フードを取れ」
「いや、これはちょっと……」
「取れと言っている!」
フードを取ったら悲鳴が上がった。やはりダメだった。
作戦2:変装魔法を使う
教会に変装用の魔法道具があるらしい。リリアが借りてきてくれた小さな水晶玉。それを握ると、外見が変わるらしい。
「よし、これで人間の顔に――」
水晶玉を握った。一瞬、光が走り、顔の部分に何かが浮かび上がる。
鏡を見た。
「……フグ?」
「フグですね」
いや、正確にはフグではない。
膨らんだ丸い顔が頭蓋骨の上に浮かんでいるだけだ。
人間にも魚にも見えない、不気味な何かが出来上がっていた。
「なぜフグなんだ!」
「変装魔法はアンデッドとの相性が悪いのかもしれません。生体ベースの魔法ですから、ベースとなる肉がない状態では正常に機能しないのでしょう」
「理屈はわかるけど、納得いかない……」
作戦3:仮面をつける
これが最も現実的な選択肢だった。
冒険者ギルドの近くにある雑貨屋で、手頃な仮面を探す。
リリアに買ってきてもらい――俺が店に入ると店主が失神するので――いくつかの候補が並んだ。
「これはどうですか」
リリアが差し出したのは、シンプルな白い仮面だった。オペラ座の怪人を思わせるデザイン。悪くない。
「おお、これならイケメン感が――」
つけてみた。
「……」
鏡を見た。
白い仮面の下から骸骨の顎が丸見えだった。
上半分だけ隠しても、下半分がガイコツでは意味がない。
「ハーフマスクは無理ですね。フルフェイスにしましょう」
「フルフェイスか……」
次にリリアが持ってきたのは、祭事用のフルフェイスマスクだった。
白い陶器のような質感で、穏やかな笑みを浮かべた人の顔が描かれている。
「これなら全体を隠せます」
「やってみよう」
つけた。鏡を見る。
「…………」
白い仮面に穏やかな笑顔。その下から覗く骸骨の体。フードつきのローブと合わせると――
「怪しい教団の教祖にしか見えないんだが」
「否定できません」
だが、骸骨がまるまる露出しているよりは遥かにマシだった。
少なくとも、正体を知らない人間が見れば「ちょっと変わった旅人」で通るかもしれない。
「これで行こう。これしかない」
「まあ、最低限の体裁は整いますね」
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仮面をつけた俺は、改めて町に出ることにした。
リリアが同行する。監視役だからという理由だが、実質的には保護者同伴である。情けない。
「いいか、リリア。今日の目標は、町を普通に歩くことだ。騒動を起こさない。悲鳴を上げられない。それだけでいい」
「それだけ、ですか。随分と低い目標ですね」
「現状の俺にとっては、これがエベレストなんだよ……」
町の門を通る。兵士がじろりと見たが、仮面とローブ姿の旅人は珍しくないらしく、特に何も言われなかった。
「通れた! 通れたぞリリア!」
「声が大きいです。目立ちます」
「すまん」
町の中を歩く。
石畳の道、木造の建物、行き交う人々。
異世界の町並みは活気に溢れていた。
露店が並び、子供たちが走り回り、冒険者風の男女が酒場に出入りしている。
「いいな……これだよ、この光景。異世界転生したら見たかった光景はこれなんだよ……」
「感傷に浸るのは自由ですが、ローブの裾から足の骨が見えてます」
「うわっ」
慌てて裾を直す。骸骨の足が露出すると一発でアウトだ。
しかし、仮面とローブの効果はなかなかのものだった。
町の人々は俺を見ても悲鳴を上げない。
「変わった奴がいるな」程度の視線で済んでいる。
「よし、このまま町を一周してみよう」
俺は調子に乗った。調子に乗ったのが悪かった。
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町の広場で事件は起きた。
広場では市場が開かれており、大勢の人でごった返していた。
俺はその人混みの中を歩いていたのだが――
「あっ」
子供がぶつかってきた。
小さな男の子が走ってきて、俺の腰にぶつかった衝撃で、バランスを崩す。
仮面がずれた。
ずれただけならまだいい。
だが、子供が反射的に俺のローブを掴み、引っ張った。
「……あ」
ローブがめくれ上がり、仮面が外れ、骸骨が露出した。
広場の、ど真ん中で。
「ぎゃあああああ! 骸骨だ!」
「アンデッドが町に入ってる!」
「これは通報もんだ! 討伐隊を!」
「待って! 俺は怪しい者じゃ――って、この台詞もう三回目だな!」
パニック再び。前回と全く同じ展開。学習しない町と学習しない俺。
リリアが即座に動いた。
「待ちなさい! この者は教会の監視下にあるアンデッドです! 暫定的な滞在許可を受けています! 書類はここにあります!」
リリアが懐から書類を取り出して掲げる。
教会の印章が押された正式な書面。
こういう時の用意がいいのは、さすが真面目な神官だ。
「教会の許可証……?」
「本当か……?」
人々がざわめく。すぐには信じてもらえない。骸骨が町にいるという光景が異常すぎて、書類の正式性よりも本能的な恐怖が勝っている。
その空気を変えたのは、意外な人物だった。
「おい、何の騒ぎだ」
低く、通る声。
人混みが割れ、一人の青年が現れた。金髪碧眼。鍛え上げられた体躯に、白銀の鎧。腰には聖剣。どこからどう見ても――
「勇者レオン様だ!」
「レオン様が来てくれた!」
勇者。この世界に正規召喚された、王道転生の勝ち組。俺とは正反対の、転生ガチャSSRの男。
レオンは俺を見た。仮面が外れ、骸骨が露出した俺を。
「……アンデッドか」
「いや、俺は元・人間で――」
「喋るアンデッド。珍しいな」
レオンの目が鋭くなる。手が聖剣の柄にかかった。俺の骨が本能的にガタガタ震え始めた。勇者のオーラは、アンデッドにとって直感的な恐怖なのだ。
「レオン様!」
リリアが間に入った。
「この者は教会が暫定的に保護しているアンデッドです。召喚事故により、この状態になったとされています」
「召喚事故?」
レオンの目が変わった。厳しさが、驚きに変わる。
「それは……俺の召喚の時に起きたあの事故のことか?」
「記録上はそのように判断されています」
「…………」
レオンは俺をじっと見た。長い沈黙。俺は生唾を飲もうとしたが、唾液腺がないので空振りだった。
「……すまなかった」
「え?」
「俺の召喚の巻き添えで、お前がそうなったのなら……俺にも責任がある」
「い、いやいやいや、謝らなくていいって! 俺はこう見えて元気だし、生き返る予定だし!」
「生き返る……?」
「ああ。教会に蘇生申請する予定だ。まだ条件が揃ってないけど、必ず生き返ってみせる」
レオンは少し黙り、それから小さく笑った。
「そうか。……お前、名前は?」
「ポジオだ。日向ポジ男。でもこっちではポジオで通してる」
「ポジオか。……いい名前だな」
「だろ? ポジティブの権化みたいな名前だ」
「ああ。君のその前向きさは……正直、理解できないが、嫌いじゃない」
レオンは民衆に向き直った。
「この者は教会の管理下にある。無害だ。騒ぎにするほどのことではない」
勇者の一言で、場が収まった。さすがの影響力である。こいつの一声で解決する問題を、俺は三日間かけて解決できていなかった。格差がすごい。
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騒動が収まった後、レオンは去っていった。
俺は仮面を拾い、再びつけ直す。
「……レオン、いい奴だな」
「そうですね。勇者として申し分のない人物です」
「負けたくねえな」
「何の勝負ですか?」
「モテ度だ」
「……あなた、本当にそこしか見てないんですね」
リリアの呆れ顔が仮面の向こうから伝わってくる。
だが俺は嫉妬なんかしない。レオンが王道なら、俺は邪道でいく。邪道には邪道のモテ方がある――はずだ。
仮面の下で、俺はにやりと笑った。
笑えないけど。骸骨だから。
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その夜、墓地の小屋に戻ると、ボーン先輩が待っていた。
「おう、新入り。また騒ぎを起こしたらしいな」
「もう噂になってるのか……」
「墓場のネットワークを舐めるな。お前は今、近隣五墓場の話題の中心だぞ」
「全然嬉しくない」
「で、仮面をつけて歩く作戦にしたのか」
「ああ。これしかなかった」
「……夢があるのはいいが、現実を見ろ。お前の顔面は現実以下だ」
「知ってるよ!」
ボーン先輩はからからと笑った。骨がカタカタ鳴る、乾いた笑い声。
「まあ、仮面は悪くない。ここの連中も似たようなことはやってる。ただな」
「ただ?」
「仮面で隠せるのは見た目だけだ。お前の本当の問題は、そこじゃねえだろ」
「……?」
「お前は生者でも死者でもない。墓場の古株やってりゃ、そのくらいわかる。死者台帳に載ってる連中は、もっと向こう側に馴染んだ気配をしてるんだよ。お前は死者の臭いもするくせに、どこにも落ち着いてねえ」
「……なんでそんなことがわかるんだよ」
「昔、そういう連中を見分ける側にいたことがある。仮面をつけようがつけまいが、この世界のどこにも、お前の居場所は正式には存在しない。それを何とかしない限り、町を歩くだけで騒動になる生活が続くぞ」
「…………」
ボーン先輩は、たまに核心を突いてくる。ぐうたらな骸骨のくせに、見えているものが深い。
「……わかってる。だから蘇生するんだ」
「だから蘇生する、ね。――ま、止めはしねえよ。面白い奴が来ると、退屈しねえからな」
ボーン先輩は背を向けて去っていった。
俺は仮面を外し、手のひらの上でくるくると回した。
白い仮面に描かれた、穏やかな笑顔。
いつか、この仮面なしで町を歩ける日が来る。
俺はそう信じている。根拠はないが、信じている。
それが日向ポジ男のやり方だ。
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第2話「モテる以前に顔がない」 ― 了




