第1話「異世界転生したら、もう死んでた」
目を開けた瞬間、俺は空を見ていた。
いや、正確には空ではなかった。月光に照らされた雲の隙間から星が見え、ひんやりとした夜風が頬を――
……頬?
頬を撫でて、いない。
「……は?」
手を持ち上げた。月明かりに照らされたそれは、白い。白いというか、骨だ。完全に骨。指の一本一本が、カタカタと乾いた音を立てている。
「はあああああああ!?」
悲鳴を上げた。声は出た。出たが、口がない。口がないのに声は出る。この世界のルールが早速わかんねえ。
がばっと起き上がる。周囲を見渡すと、そこは墓場だった。
苔むした墓石が並び、枯れた花束が風に揺れている。鉄の柵が月光を反射して、不気味な影を地面に落としていた。
奥の方では崩れかけた石棺が口を開けており、その中から俺は出てきたらしい。
自分の体を見下ろす。
骨。全身骨。完全なる白骨。どこからどう見ても骸骨。
ホラー映画のエキストラみたいな、模範的な骸骨がそこにいた。
「え、ちょっと待って。俺、死んでる?」
死んでる。これはどう見ても死んでる。
生きてる人間はこんな見た目をしていない。
記憶を辿る。
日向ポジ男、二十二歳。
特技はポジティブシンキング。
趣味は合コンの幹事。
彼女いない歴と年齢がイコールなのがたまに傷だが、社交性だけは高い。
そんな俺は確か――交差点で何かに巻き込まれて――
「そうだ、異世界転生だ! 俺は異世界に転生するはずだった!」
記憶は曖昧だが、確かに転生前の記憶がある。光に包まれた感覚。
異世界へ飛ばされる浮遊感。ここまではテンプレ通りだ。
だがしかし。
「チートスキルは? 美少女との出会いは? 豪華な宿屋のベッドの上で目覚めるイベントはどこに行った!?」
代わりに与えられたのは、墓場と骸骨ボディである。
転生ガチャ、大外れだ。
「……」
頭を抱えた。骨の手で骨の頭を抱えると、かこん、と乾いた音がした。虚しい。虚しすぎる。
しかし、日向ポジ男は伊達ではない。伊達ではないのだ。
俺は三秒だけ絶望した。それから、ぐっと拳を握る。
「――逆に考えろ」
夜風が吹いた。マントのように墓布がはためく。俺は月を見上げ、宣言した。
「死んでるなら、生き返ればいいだけだ!」
名言風に決めたが、骸骨がやると滑稽なことこの上ない。
だが俺の心は決まった。生き返る。絶対に生き返る。そして――
「生き返って、モテる!」
最低の目標が、月夜の墓場に響き渡った。
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さて、決意だけでは何も始まらない。
とりあえず周囲を確認する。墓場は広い。
かなりの敷地があり、古い墓石や石棺が整然と並んでいる。
管理が行き届いていないのか、雑草だらけだが、かつては立派な墓地だったのだろう。
遠くに明かりが見える。あれが町だろうか。
「よし、まずは町に行こう。情報を集めないと」
立ち上がり、歩き出す。
骨だけの足はカタカタと音がするが、意外としっかり歩ける。
ステータス画面でも出ないかと念じてみると――
「おっ」
ぼんやりと半透明のウィンドウが目の前に現れた。
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【ステータス】
名前:ポジオ(通称未定)
種族:下級アンデッド(骸骨)
状態:半壊
スキル
・しぶとい ― 致命的ダメージを受けても簡単には消滅しない
・夜目 ― 暗闘でも視界が利く
・怨念(微量) ― 微弱な霊力。偶然に効果を発揮することがある
称号
・死に急いだ者
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「称号『死に急いだ者』!?」
思わず叫んだ。何だこの称号。いや確かに死んでるけど。急いで死んだつもりはないんだが。
スキルも酷い。「しぶとい」はまあいいとして、「怨念(微量)」って何だ。微量って。
攻撃力としても防御力としても中途半端すぎる。
「夜目」はこの夜の墓場では役に立っているが、それは状況が最悪なだけだ。
「……まぁいい。スキルもステータスも、これから上げていけばいい。逆に考えろ。底辺からのスタートは、成長の伸びしろが最大ってことだ」
ポジティブの暴力で現実をねじ伏せ、俺は町に向かって歩き出した。
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町の正門に着いたのは、歩き始めてから三十分ほど経った頃だった。
立派な石造りの門があり、松明の灯りが揺れている。
門の前には見張りの兵士が二人、槍を持って立っていた。
「よし、まずは挨拶だ。第一印象が大事だからな」
俺は背筋を伸ばし――骨だから元から真っ直ぐだが――堂々と門に近づいた。
「すみません、旅の者ですが、この町に入りたいのですが――」
「ぎゃあああああああ!!」
兵士が叫んだ。二人とも。同時に。
「ば、化け物だ! アンデッドが来たぞ!」
「討伐隊を呼べ! 早くしろ!」
「ちょ、待って! 俺は怪しい者じゃ――」
「骸骨が喋ったああああ!! 余計に怖えよ!!」
ものすごい勢いで警鐘が鳴らされた。
五分後、武装した冒険者が十人ほど駆けつけ、俺は全力で逃げることになった。
「待て! 話を聞いてくれ! 俺は人間だ! 中身は人間なんだ!」
「うるせえ! 骸骨が人間を名乗るな!」
「こっちだって好きで骸骨やってるわけじゃねえ!」
石畳の上をカタカタ走りながら、俺は泣いた。骨だから涙は出なかったが、心は号泣していた。
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逃げ込んだのは、教会だった。
町の中心にある大きな聖堂。
白い壁に月光が反射して、神聖な雰囲気を醸し出している。
追っ手から逃れるために飛び込んだのだが――
「来た! 中に入ったぞ!」
「教会にアンデッド!? 不浄だ! 浄化しろ!」
追い詰められた。教会の中は広いが、逃げ場はない。俺は祭壇の前でへたり込んだ。
そこに、一人の若い女性が現れた。
白い神官服に身を包んだ、凛とした顔立ちの少女。
長い銀色の髪が松明の明かりに揺れている。
彼女は冷静に俺を見下ろすと、手に持った聖水の瓶を掲げた。
「アンデッドですね」
「いや、違……違わないけど、でも元は人間で――」
「浄化します」
ばしゃああ。
「ぎゃああああああ!!」
聖水が全身にかかった瞬間、凄まじい痛みが走った。
体中から煙が上がり、骨が溶けるような激痛。
酸をかけられた方がまだマシだと思えるほどの苦しみだった。
「いたい! いたい! 待って! しゃべってるでしょ! 意思疎通できてるでしょ! 浄化するにしても、まず話を聞いてくれ!」
「……」
少女は手を止めた。
聖水の瓶を持ったまま、少し首を傾げる。
「確かに、理性のあるアンデッドは珍しいですね」
「珍しいじゃなくて! 俺は元・人間だって言ってるんだ! 転生してきたんだ! 気がついたらこうなってたんだよ!」
「転生……?」
少女の目が鋭くなった。
「あなた、もしかして勇者召喚の?」
「そう! たぶんそう! 勇者として転生するはずだったのに、気がついたら墓場で骸骨だった!」
「……勇者召喚の事故記録は確かに教会にありますが」
少女は聖水の瓶を下ろした。
下ろしたが、手は離していない。
いつでもかけ直す気満々の構えだ。
「仮にそれが本当だとしても、あなたは現状、アンデッドです。教会の規定では討伐対象にあたります」
「規定!? ちょっと待て、もっとこう、温情とか慈悲とか信仰の力とかないのか!」
「教会は規定で動きます」
この女、真面目すぎる。
その時だった。
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教会の壁が、轟音と共にぶち抜かれた。
「な、何だ!?」
壁の向こうから現れたのは、巨大な影。灰色の毛皮に覆われた、三メートルはある獣型の魔物。
牙を剥き出しにしたそれは、低い唸り声を上げながら教会の中に突っ込んできた。
「グールベア!? なぜ町の中に!」
少女が叫ぶ。冒険者たちも動揺している。
グールベアというのがその魔物の名前らしいが、どう見ても強い。
レベルで言えば俺より遥かに上だろう。
魔物は暴れ回り、礼拝堂の長椅子をなぎ倒していく。
冒険者たちが応戦するが、突然の襲来に態勢が整っていない。
「くそ、態勢を立て直せ! 前衛、盾を!」
「間に合わない!」
その時、魔物が少女のほうに突進した。
「――!」
俺は動いていた。
考えるより先に、骨の体が飛び出していた。
少女と魔物の間に割って入る。
巨大な爪が振り下ろされ、俺の胸骨に直撃した。
「がはっ!」
数本の肋骨が砕け飛ぶ。だが――消滅はしなかった。
スキル【しぶとい】が発動。致命的ダメージを受けたが消滅を回避。
「っ、効いた……けど、まだ立ってる……!」
砕けた肋骨の隙間から、怨念の光が漏れた。
微量の霊力が、偶然にも魔物の目に直撃する。
スキル【怨念(微量)】が偶発的に発動。
「ギャウッ!?」
魔物がひるんだ。たった一瞬。
だがその一瞬で、後ろにいた冒険者たちが態勢を立て直した。
「今だ! 畳みかけろ!」
六人がかりの集中攻撃。魔物は悲鳴を上げて倒れ、やがて動かなくなった。
教会は半壊し、長椅子は木っ端微塵になり、祭壇には爪痕が刻まれていた。
その中心で、俺は肋骨が数本折れた状態で立っていた。
「……ぐっ」
「あなた……」
少女が俺を見上げていた。
聖水の瓶は床に転がっている。
「な、なんだよ。お礼なら別にいいぞ。俺は見返りを求めない男だ――」
「感謝はします。ですが、あなたが人を助ける理由は何ですか?」
「え? そりゃ……」
ここで格好いいことを言えば、一気にフラグが立つ。
俺は確信した。
今こそ名言を吐くべき時だ。
「……可愛い女の子を助ければ、モテるからに決まってるだろ」
「最低ですね」
台無しだ。完全に台無しだ。
だが少女は――リリアと名乗った彼女は、少しだけ目を伏せた後、こう言った。
「……教会の規定では、理性あるアンデッドの処遇は『監視付き保留』に分類できます。先ほどの功績を記録に残せば、即座の浄化は回避できるかもしれません」
「本当か!?」
「ただし、あなたの監視は私が担当します。逃げたり暴れたりすれば、即座に浄化します」
「おお! ありがとう! リリア! お前はいい奴だな!」
「あなた、まず鏡を見なさい。恋愛以前の問題です」
辛辣だった。
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こうして俺は、討伐対象から「監視付き保留」へと昇格した。
昇格と言っていいのかは微妙だが、少なくとも殺されはしない。進歩だ。
その夜、俺は町の外れにある墓地の小屋に通された。
教会が用意した、監視対象のための仮の居場所らしい。
小屋は狭かった。ベッドが一つ、机が一つ、椅子が二脚。
窓には鉄格子がはまっているが、これは元々の装飾で、監視用ではないらしい。
「ここがあなたの一時滞在場所です。無断外出は禁止。毎朝の報告義務あり。違反すれば浄化」
「了解了解。で、リリアさんはどこに泊まるの?」
「隣の部屋です」
「隣!? え、これって擬似同居ってやつでは!?」
「監視です。同居ではありません」
「いや、でも壁一枚隔てて美少女が! これは異世界転生のテンプレ展開では!?」
「あなた、骸骨ですよ」
現実を突きつけられた。
「…………そうだった」
肋骨が折れた体で、俺は小屋のベッドに横たわった。ベッドに骨が当たって、ガチャガチャうるさい。
隣の部屋で何か落ちる音がした。リリアが荷物を整理しているのだろう。
「……生き返るぞ」
天井を見上げて、俺は呟いた。
「絶対に生き返って、人間に戻って、モテてみせる」
最低の誓いが、墓地の小屋に静かに響いた。
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翌朝。
墓地の隅で、先客に出会った。
「おい新入り。うるせえぞ。夜中にガチャガチャ寝返り打つな。骨がぶつかる音で目が覚めた」
苔むした墓石の上に座っていたのは、俺と同じ骸骨だった。
ただし、こちらの方がずっと古い。
骨の色が暗く、あちこちにひびが入っている。
だが佇まいには年季が感じられ、不思議な貫禄があった。
「あ、あんたは?」
「ボーンだ。ここの古株。お前みたいな新入りが来ると面倒が増える」
「ボーン先輩! 先輩も元・人間ですか?」
「知るか。もう忘れた。興味もない」
達観している。死後の生活に完全に慣れきった、枯れた骸骨。それがボーン先輩だった。
「先輩、俺は生き返りたいんですけど、何か方法を知りませんか?」
「蘇生? ああ、制度上はあるらしいな。教会がやってる。だが条件がめちゃくちゃ厳しいし、そもそもアンデッドが申請した前例なんか聞いたことねえぞ」
「前例がないなら、俺が最初の一人になるだけだ!」
「……ポジティブの方向性がおかしいな、お前」
ボーン先輩は頭蓋骨を掻いた。骨で骨を掻くので、嫌な音がする。
「まあいい。好きにしろ。ただ、一つだけ忠告しとく」
「何ですか?」
「ハーレム? お前、まず皮膚を手に入れろ」
「うっ……!」
正論すぎて言い返せなかった。
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墓地の小屋に戻ると、リリアが机の上に書類を広げていた。
「おはようございます。報告です」
「おう、おはよう。何の報告?」
「あなたの登録状況を調べました」
リリアは教会から取り寄せたらしい書類を俺に見せた。
紙には細かい文字がびっしりと書かれているが、要約するとこうだった。
――日向ポジ男こと「ポジオ」は、生者台帳にも死者台帳にも正式登録されていない。
「どういうことだ?」
「通常、人が死ぬと記録は生者台帳から死者台帳へ移行します。ですがあなたは、どちらにも存在しない」
「つまり?」
「あなたは生者でも死者でもない。未登録存在です」
リリアは淡々と告げた。
「教会にとっても前例がありません。浄化するにも蘇生させるにも、まず登録がなければ手続きが始められない。あなたは制度の隙間に落ちた存在です」
「……制度の隙間」
「生者でも死者でもない。つまりあなたは――」
リリアは書類を閉じ、俺を真っ直ぐに見た。
「『生者失格』です」
その言葉が、やけに胸に刺さった。
骨だけの胸に。
「……」
三秒、黙った。
それから、俺は笑った。骨の口が動かなくても、笑い声は出るのだ。
「生者失格か。いい称号じゃねえか」
「称号ではありません。行政上の分類です」
「じゃあ、その分類を変えてやる。未登録なら登録すればいい。失格なら合格すればいい。――俺は生き返るぞ、リリア」
「……その心意気は認めますが、動機が不純すぎます」
「モテは生き様だ!」
「はぁ……」
リリアは深い深いため息をついた。
こうして、俺の異世界アンデッド生活が始まった。
生者失格の骸骨が、モテるために生き返ることを目指す。
前代未聞の蘇生申請ストーリーが、ここから動き出す。
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第1話「異世界転生したら、もう死んでた」 ― 了




