第17話「骸骨の恩返し」
残り10日。
全員が動いていた。
ネクロミアはセレスの呪い制御の指導に没頭していた。
リリアは教会内部で蘇生承認の最後の根回しを続けていた。
レオンは冥境から溢れるアンデッドの討伐に奔走していた。
そして俺は——できることが、何もなかった。
行動制限中。外出はリリア同伴必須。だがリリアは教会に張り付いている。つまり俺は、墓地の小屋に軟禁状態だ。
「……くそ」
何もできない自分が、もどかしい。
みんなが俺のために動いてくれている。なのに当の本人が座ってるだけ。
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「暇そうだな、新入り」
ボーン先輩が来た。
「暇じゃない。焦ってるんだ。でも何もできない」
「そうか。じゃあ、ちょうどいい」
「何が」
「お前に会わせたい奴がいる」
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ボーン先輩に連れられて、墓地の奥に入った。
普段は行かない区画。古い墓石が立ち並ぶ、墓地の中でも最も古い場所。
そこに、アンデッドたちが集まっていた。
骸骨。ゾンビ。浮遊霊。朽ちかけた鎧をつけた死者の騎士。苔むした姿のミイラ。——この墓地に住む、古参のアンデッドたち。
「先輩……これは」
「お前の噂を聞いて、集まったんだ。生き返ろうとしてる異端のアンデッドの話。お前が進化を繰り返してることも、教会に浄化されそうなことも、屍王に狙われてることも——全部知ってる」
「…………」
「で、こいつらが言うんだよ」
骸骨の一人が前に出た。古い骸骨で、片腕がなく、頭蓋骨にひびが入っている。
「あんた、新入りだろ。話は聞いてる」
「ああ……」
「俺たちはもう、ここに居ついて長い。生き返りたいなんて考えたこともない。自分が誰だったかすら忘れた奴がほとんどだ」
「…………」
「でも、あんたは違う。あんたは生き返りたいと言った。死者が生者の側に行こうとするなんて、俺たちには想像もできなかった」
「お前の善行マラソンの話は、五つの墓場で有名だぞ」
別の骸骨が言った。
「人間のために働いて、感謝されて、進化して——それを見てたら、なんかこう……悪い気がしなかったんだよな」
「ああ。俺たちはもう諦めてたけど、あんたが頑張ってるのを見て、少しだけ思い出したんだ。生きてた頃のことを」
「…………」
俺は黙って聞いていた。涙腺はまだ復活していないが、目の奥が熱い。
「で、だ」
ボーン先輩が仕切った。
「こいつらは、お前の味方をしたいと言っている」
「味方……?」
「冥境の門が開きかけてるだろう。グラドゥスが復活すれば、大量の死者が溢れ出す。そいつらを食い止めるのに、こいつらの力が使える」
「でも先輩、あんたたちはアンデッドだ。生者の側に立ったら、教会に浄化されるかもしれないぞ」
「知ってるよ。でも、こいつらは自分で決めたんだ」
古い骸骨が頷いた。
「俺たちはどうせもう終わってる。でも、最後に一回くらい、誰かの役に立ちたいと思ってもいいだろ」
「…………」
「お前が生き返れるなら、それは俺たち全員の希望にもなる。死者でも前を向いていいんだって、お前が証明してくれるなら——俺たちの存在にも、意味が出る」
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俺は頭を下げた。
深く、深く。
「ありがとう。俺は——絶対に生き返る。お前たちの分まで、生きてやる」
「おう。やってくれ、新入り」
「あと、生き返ったら、たまに俺のこと思い出してくれよ」
「思い出すよ。約束だ」
ボーン先輩が背中を向けた。
「俺は冥境側のネットワークで時間を稼ぐ。グラドゥスの動きを遅らせて、お前の蘇生儀式までの時間を作る」
「先輩……」
「礼は聞かねえぞ。退屈しのぎだって言っただろ」
「嘘つき」
「うるせえ。泣くな。湿気る」
「泣いてない。……泣いて、ない」
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小屋に戻ると、リリアが帰ってきていた。
その顔が、少し明るかった。
「ポジオ。一つ、良い報告があります」
「何だ?」
「教会の審議で、蘇生派が巻き返しました」
「本当か!?」
「レオンの意見書と、私の報告書、そして町の住民からの嘆願書が効きました。レオンが勇者の権限で再審請求を出し、嘆願書が受理されたことで——保留だった蘇生案件が、最終審議に差し戻されたんです」
「嘆願書?」
「町の住民たちが集めたんです。あなたに助けられた人たち——橋を直してもらった村人、害獣を追い払ってもらった農夫、商隊を救出してもらった商人たち。彼らが署名を集めて、教会に嘆願書を出しました。『あのアンデッドを消さないでくれ』と」
「…………」
「善行マラソンが、ここで効いたんです。あなたが不純な動機で積み上げた善行が、本物の信頼を生んでいたんです」
「…………リリア」
「教会は最終審議を5日後に開きます。そこで、蘇生許可を勝ち取ります」
「お前は署名してくれるか。現場証言者として」
「…………当然です。最初から、そのつもりです」
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残り10日。
冥境の門が開きかけ、屍王の復活が迫る中——
俺は一人じゃない。
死者の仲間がいる。生者の仲間がいる。
不純な動機で始めた善行が、巡り巡って俺を支えている。
世界は優しくない。でも、世界に住む奴らは——案外、悪くない。
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第17話「骸骨の恩返し」 ― 了




