第16話「俺は王になりたいんじゃない」
残り15日。
教会は動かない。期限は迫る。グラドゥスの声は毎夜強くなる。
追い詰められていた。
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「ポジオ。もう一つの道がある」
ネクロミアがそう切り出したのは、研究塔での定期検査の最中だった。
「教会の正式承認を待たなくても、蘇生儀式そのものは実行可能なの」
「え?」
「儀式に必要なのは、善行値の蓄積、聖遺物、霊核の安定化、そして施術者。教会が許可を出さなくても、条件さえ揃えば術式としては発動できる」
「じゃあ教会の許可なしでやれるのか!?」
「やれるけど、非公認の蘇生になるわ。成功しても教会に認められなければ、生者台帳には載らない。つまり行政上は存在しない人間として蘇ることになる」
「……住民票がないまま生き返るってことか」
「そう。でも生きてはいられる」
「…………」
「もう一つ問題がある。蘇生儀式には大量の聖なるエネルギーが必要で、そのエネルギー源として――」
「セレスの呪いか」
「ええ。セレスの浄化の力を触媒にすれば、儀式に必要なエネルギーは確保できる。ただし、セレスへの負担は大きい」
「どのくらい大きい」
「……最悪の場合、呪いの反動でセレス自身が命を落とす可能性がある」
「却下だ」
「ポジオ——」
「セレスを犠牲にして蘇生なんかしない。絶対にしない」
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俺はセレスに会いに行った。
セレスは町外れの宿に滞在していた。相変わらず穏やかな笑顔で俺を迎えてくれた。
「ポジオさん。来てくれたんですね」
「セレス。お前、蘇生儀式のことを知ってるか」
「はい。ネクロミアさんから聞いています」
「で、お前は自分の力を使うつもりなんだな」
「はい。私の呪いは、こういう時のためにあるんだと思います」
「リスクは知ってるのか。命を落とすかもしれないって」
セレスは少し黙り、それから微笑んだ。
「知っています」
「知ってて、やるのか」
「はい。ポジオさんが生き返れるなら、私はそれでいいんです」
「よくない! 全然よくない! お前が死んだら意味ないだろ!」
「でも——」
「聞け、セレス。お前は俺のために生きてるんじゃない。お前の人生はお前のものだ。俺の蘇生なんかのために、お前が傷つく必要はない」
「でも、私は自分で決めたんです。誰かに強制されたわけじゃありません」
「だとしても、俺が許さない」
「ポジオさん……」
「お前が傷つく前提の蘇生なんか知るか。そんなもんいらない」
セレスの目が大きく見開かれた。
「でも、ポジオさんは生き返りたいんでしょう?」
「ああ、生き返りたい。モテたい。ハーレム作りたい。でもな、俺の周りにいる奴が一人でも犠牲になるなら、そんな蘇生はいらねえんだよ」
「…………」
「方法は他にもあるはずだ。お前を危険にさらさない方法を、必ず見つける」
セレスの目に、涙が浮かんだ。
「ポジオさん。あなたは……本当に優しい人ですね」
「優しくないだろ。俺の動機は全部下心だ」
「下心で人を助けて、下心で友情を築いて、下心で人の命を守る人は——十分に優しいです」
「…………」
「わかりました。私は無理をしません。でも、安全な方法が見つかったら、その時は力を貸させてください」
「ああ。約束だ」
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ネクロミアに戻って、改めて相談した。
「セレスを危険にさらさない方法は?」
「セレスの力を使う場合でも、制御すれば安全に実行できる可能性はあるわ。ただ、制御するにはセレス自身が呪いをコントロールする技術を身につける必要がある。それには修練が必要で、時間が——」
「15日じゃ足りないか」
「普通なら足りない。でも、私が指導すれば短縮できる。セレスの呪いの構造を分析して、安全な出力範囲を特定する。それなら10日で行けるかも」
「頼む」
「頼まれたわ。ただし、完璧は保証できない。あなた、それでもやる?」
「やる。完璧じゃなくても、全力は尽くす。それしかできないからな」
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その夜。
グラドゥスの声が、今までで一番強く聞こえた。
「器よ。生者たちは汝を見捨てた。教会は汝を消す。仲間と呼んだ者たちも、いずれ離れる。汝の居場所は我の元にしかない」
「うるせえよ」
「何?」
「俺は王になりたいんじゃない。モテたいんだよ」
「…………」
「王座も権力も永遠もいらない。俺が欲しいのは、くだらない日常だ。朝起きて、飯食って、仕事して、帰りに酒場で友達と飲んで、休みの日に好きな子とデートして——そういう、しょうもなくて面倒くさくて、でもあったかい毎日が欲しいんだ」
「それが生者の世界か。脆く、儚く、すぐに消える」
「ああ。だから良いんだろ」
グラドゥスが沈黙した。長い沈黙。
「……ならば、汝の選択を尊重しよう。だが、我は止まらない。生死の境界が崩壊すれば、汝の意志に関係なく、我は復活する。その時、汝は否応なく選ばされることになる」
「上等だ。その時は、俺がお前を止めてやる」
「滑稽だな。Fランク冒険者に何ができる」
「Fランクでもここまで来たんだ。なめるなよ」
グラドゥスの気配が消えた。
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目を覚ますと、窓の外が赤かった。
朝焼けではない。
冥境の門が——遠くの空に、裂け目が浮かんでいた。暗い紫色の光が漏れている。
「ポジオ!」
リリアが駆け込んできた。
「冥境の門が開きかけています! グラドゥスが——!」
「ああ。見えてる」
空の裂け目。そこから漏れる死の気配。
時間切れが近い。
教会の審議も、俺の蘇生も、グラドゥスの復活も——全てが同時に限界を迎えようとしている。
「リリア。教会を動かすのは間に合うか?」
「……厳しいです。でも、諦めません」
「ネクロミアとセレスの準備は?」
「あと10日と言っていました」
「10日か。——ぎりぎりだな」
「ぎりぎりですね」
「いつもぎりぎりだ。でも俺はいつも、ぎりぎりで何とかしてきただろ」
「……ええ。認めたくないですが、確かに」
「じゃあ今回も何とかなる。——たぶん」
「たぶん、はやめてください」
リリアが少しだけ笑った。初めて見る、力の抜けた笑顔だった。
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残り15日。
生者と死者の天秤が、最後の揺れを見せ始めた。
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第16話「俺は王になりたいんじゃない」 ― 了




