第15話「勇者が剣を向ける日」
教会の審議は紛糾していた。
リリアが奔走して蘇生派の神官を集め、レオンが勇者として意見書を提出し、ネクロミアが学術的な分析レポートを教会に送った。
だが浄化派も強硬だった。
「特異点の存続は世界の脅威だ。境界の不安定化は事実であり、浄化による即座の脅威排除こそが最善策である」
「いや、浄化した場合のリスクが不明だ。特異点を消した場合、境界がどう反応するか予測できない。蘇生による生者側への移行が確実な方法だ」
蘇生派と浄化派が真っ二つに割れている。票はほぼ互角。
そんな膠着状態の中、事件は起きた。
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教会の巡察部隊が、町の周辺で大規模なアンデッドの群れを発見した。
数は百体以上。通常では考えられない規模。すべて冥境から溢れ出た存在だと推定された。
「グラドゥスの仕業ですね」
リリアが報告書を握りしめていた。
「屍王が覚醒に近づくにつれ、冥境から押し出される死者が増えている。境界の劣化が加速しています」
「俺のせいか」
「あなたの存在が原因の一端であることは否定できません。ですが、グラドゥスが意図的に死者を送り込んでいる可能性もあります」
「意図的に?」
「教会を浄化に追い込むため。『このままでは危険だ、特異点を消せ』と思わせるために、わざと被害を拡大させている可能性があります」
「姑息な死者の王だな」
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アンデッドの群れは、冒険者ギルドと教会の合同討伐隊によって対処された。レオンが先頭に立ち、三時間で鎮圧。さすがSSR勇者だ。
だが、この事件は教会の審議に大きな影響を与えた。
浄化派が勢いづいた。
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「ポジオ」
レオンが、夕暮れの墓地に来た。
その顔はいつもより厳しい。手は聖剣の柄にかかっている。
「レオン。どうした」
「教会が決定を出した。蘇生審議の保留だ。保留というのは事実上の先送り。そして先送りされれば、90日の期限に間に合わない。期限を過ぎれば浄化が自動執行される」
「…………」
「つまり、教会は蘇生を選ばなかった」
「じゃあ、俺は……」
「待て。俺はまだ諦めていない。だが、一つ確認しなければならないことがある」
レオンの目が鋭くなった。
「ポジオ。今夜、グラドゥスの声は聞こえたか」
「…………聞こえた」
「何と言っていた」
「『生者が汝を拒むなら、我の元に来い』と」
「…………」
「俺は断った。毎回断ってる」
「わかっている。だが、お前の霊核が不安定になっているのは事実だ。グラドゥスの呼びかけに応じなくても、霊核が限界を超えて崩壊すれば、お前はグラドゥスの器として取り込まれる」
「それは……」
「ポジオ。俺はお前を信じたい。だが、勇者として聞く」
レオンが聖剣を抜いた。
白銀の刃が、夕日を反射して輝く。
「お前が死者の側に堕ちた時、俺がお前を討つことを——許してくれるか」
「…………」
聖剣が、俺に向けられている。
斬るためではない。覚悟を確認するために。
「……許すよ、レオン」
「……!」
「俺がバケモノになったら、遠慮なくやってくれ。ただし」
「ただし?」
「俺はバケモノにならない。絶対にならない。お前にそんなことさせるかよ」
レオンが聖剣を下ろした。
「……ああ。頼むぞ」
「そっちこそ。約束だからな、レオン。俺が蘇生した後、一緒に飯食いに行くんだぞ」
「飯?」
「前世では友達と飯食うのが好きだったんだ。こっちに来てから、飯を食える仲間と飯を食いに行けてない。胃がないから」
「……蘇生したら、か」
「ああ。蘇生したら、お前と酒場でメシを食う。それが俺の目標に追加された」
「ハーレムはどうしたんだ」
「ハーレムは長期目標。メシは短期目標」
「……なるほど。わかった。約束しよう」
レオンが手を差し出した。俺はそれを握った。冷たい手と温かい手が重なった。
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リリアがそれを遠くから見ていた。
俺が小屋に戻ると、リリアはいつもの無表情で待っていた。
「何を話していたんですか」
「覚悟の確認。あと、メシの約束」
「……そうですか」
「リリア。教会が蘇生を保留にしたって聞いた」
「……はい。私の力不足です」
「お前のせいじゃない」
「でも、私がもっと早く動いていれば。もっと上手く根回ししていれば」
「リリア」
「…………」
「お前は十分やった。ここまで俺が生きてるのは——生きてないけど——存在してるのは、お前のおかげだ」
「…………ポジオ」
「俺はまだ諦めない。蘇生の方法は必ずある。教会が認めなくても、俺たちで道を作る」
リリアは少し黙った後、小さく頷いた。
「……はい。道を作りましょう」
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残り20日。
教会は蘇生を保留にした。
屍王は覚醒に近づいている。
時間は残り少ない。
だが俺は、まだ前を向いている。
向いてる方向がモテであることに変わりはないが。
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第15話「勇者が剣を向ける日」 ― 了




