第14話「屍王の声が聞こえる」
それは夢の中で始まった。
暗い空間。どこまでも続く闇。足元には灰色の地面が広がり、空には月も星もない。
ただ、声だけがあった。
「――我が器よ」
低く、重く、どこか心地よい声。死の安息を思わせるような、冷たいがゆえに穏やかな響き。
「誰だ」
「汝は知っている。汝の中に、我が片鱗があることを」
闇の奥から、何かが歩いてきた。
巨大な影。人型だが、人間ではない。朽ちた王冠を戴き、骨と肉の入り混じった体を黒い装束で覆った存在。眼窩には冷たい紫の炎が揺れている。
冥境の屍王グラドゥス。
「…………」
「恐れることはない。我は汝を傷つけるために来たのではない。招いているのだ」
「招く?」
「生者の世界は汝を拒む。教会は汝を消そうとしている。だが我の世界では、汝は王だ。全ての死者が汝に仕え、永遠の安息と権力を約束しよう」
「…………」
「考えてみよ。生者の世界で汝は何を得た? 仮面で顔を隠し、聖水に焼かれ、行政に振り回される日々。それが汝の望む生か?」
否定できない。
この二ヶ月、確かに俺はまともな扱いを受けていない。討伐対象にされ、監視され、行動制限をかけられ、浄化を検討されている。
「我の元に来れば、そのような屈辱はない。王は蔑まれない。王は拒まれない。王は――」
「質問していいか」
「何だ」
「王にモテ要素はあるか」
「…………は?」
「死者の王として全ての死者が仕えるのはわかった。でも俺が欲しいのは仕えてくれる部下じゃなくて、一緒に飯食って笑ってくれる恋人なんだ。それ、死者の王でできる?」
グラドゥスが黙った。
五秒ほどの沈黙の後。
「……汝は、想像以上に俗物だな」
「よく言われる」
「だが、覚えておけ。生者の世界の猶予は消えつつある。汝が生者側に留まれば、境界は不安定なまま崩壊する可能性がある。我が王として境界を管理すれば、均衡は保たれる」
「均衡って、死者が生者の世界に常駐するってことだろ。それは嫌だ」
「なぜ?」
「だって怖いだろ、普通に。俺、元は人間なんだぞ。ゾンビとか骸骨がうろうろしてる世界で暮らしたくない」
「汝自身がそれなのだが」
「自分のことは棚に上げる主義なんだ」
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目が覚めた。
汗が出ていた。汗。汗腺が復活している。冷たい汗だが、確かに汗だ。
「……夢、か?」
ただの夢ではなかった。体の奥で、霊核が不安定に脈打っている。グラドゥスの呼びかけが、霊核に直接作用した。
「ポジオ!」
リリアが飛び込んできた。
「大丈夫ですか! あなたの部屋から強い霊気が漏れていました!」
「……大丈夫だ。ちょっと嫌な夢を見ただけだ」
「嫌な夢?」
「屍王に勧誘された」
「…………何ですって?」
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ネクロミア、レオン、ボーン先輩を緊急で呼び出した。
墓地の小屋に全員が集まるのは初めてだった。狭い。勇者と死霊術師と骸骨の古株と女神官とミイラ崩れの美形が同じ空間にいる。異様な光景だ。
「グラドゥスが直接接触してきた。俺の霊核を通じて、夢に入り込んだらしい」
「冥境の屍王が……もう覚醒しかけているのね」
ネクロミアが顎に手を当てた。
「グラドゥスの復活が近いということは、境界の崩壊も近い。時間がない」
「教会の審議も残り30日を切っている。内と外から締め上げられてるな」
レオンが腕を組んだ。
「ポジオ。グラドゥスの提案を受ける気はあるか?」
「ない」
「即答だな」
「当たり前だ。死者の王になったってモテないだろ」
「お前の判断基準、本当にそこだけなんだな……」
「でも正直、グラドゥスの言ってたことが全部間違いだとも思えなかった」
全員が俺を見た。
「教会は俺を消そうとしてる。町の人は俺を受け入れてくれたわけじゃない。仮面を外せるようになっても、『死の気配がある男』としか見てもらえない。生者の世界に俺の居場所は――正直、まだない」
「…………」
「でも」
俺は拳を握った。
「居場所がないなら作る。受け入れてもらえないなら、受け入れてもらえるまで頑張る。それが俺のやり方だ」
「それだけの根拠は?」
「根拠はない。ただの意地だ。あと、お前たちがいる」
「…………」
「リリアは俺を監視しながら守ってくれた。ネクロミアは分析で道を示してくれた。セレスは呪いの力を提供しようとしてくれてる。レオンは勇者の名前で後押ししてくれる。ボーン先輩は冥境の情報をくれた。――俺一人じゃここまで来れなかった」
ボーン先輩がぼそりと言った。
「……応援してるわけじゃないって言っただろ、新入り」
「嘘つけ。先輩、今ちょっと感動してただろ」
「してねえよバカ。湿気るって言ってんだろ」
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「じゃあ、方針を確認しましょう」
ネクロミアが場を仕切った。
「残り30日で、教会を蘇生承認に動かす。同時に、グラドゥスの復活を食い止める準備をする。蘇生儀式を実行できれば、ポジオの特異点が生者側に移行して境界が修復される。全ての問題を一度に解決する方法は、蘇生を成功させること。これしかない」
「蘇生条件は?」
「善行値と功績はぎりぎり足りるはず。聖遺物は確保済み。霊核の安定化が最後の課題。そして――教会の蘇生許可証」
「許可証は私が動きます」
リリアが言った。
「教会の蘇生派を結集して、浄化派を押し切る。そのための根回しは、私の仕事です」
「リリア……お前、教会に逆らうことになるかもしれないぞ?」
「逆らうのではなく、正しい判断を促すんです。……私は、あなたの監視を通じて、あなたが人間に蘇るべき存在だと判断しました。その判断を、教会に伝えるだけです」
リリアの目が、真っ直ぐ俺を見ていた。
「あなたの生きる理由は俗すぎます。動機は最低です。でも――あなたは、生きるべき人です」
「リリア……」
「住民登録から始めましょう」
最後がいつも通りで少し笑った。
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残り28日。
教会との戦い。屍王の脅威。蘇生の準備。
全てが同時に動き始めた。
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第14話「屍王の声が聞こえる」 ― 了




