第13話「死人系美形の需要について」
行動制限を受けた俺は、町の中でできることを探していた。
善行マラソンは止められた。依頼も受けられない。だが、町の中で人助けをすることまでは禁止されていない。リリアがそう解釈してくれた。
「通達には『冒険者ギルドの依頼受注禁止』とあります。自発的な善行は禁止項目に含まれていません」
「リリア、お前……規定の穴を突くのが上手くなってきたな」
「あなたの近くにいると、そうなります。感染です」
「褒め言葉として受け取っとく」
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そして三度目の進化は、静かに訪れた。
朝、目を覚ますと、体の感覚が変わっていた。
前回は腐肉が張り付いた不気味な見た目だったが、今回は違う。肌の色が灰色から青白いものに変わり、肉の質感が生者に近づいている。触れると冷たいが、弾力がある。
鏡を見た。
「…………おぉ」
顔がある。ちゃんとした顔がある。
青白い肌。影のある目。薄い唇。冷たく美しい、まるで夜の月のような――
「美形じゃねえか!」
叫んだ。思わず叫んだ。
確かに人間とは言い難い。青白すぎる肌、瞳の奥に灯る不自然な光、体温のない冷たさ。だが造形としては、間違いなく整っている。
死人系美形。ネクロミアが言っていた進化段階そのものだ。
「ついに来た……ついにこの時が……!」
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「進化、おめでとうございます」
リリアは一目見て、固まった。三秒ほど。それから視線を逸らした。
「……随分と、変わりましたね」
「どうだ? 今回はどうだ? 前みたいに『気持ち悪い』って言うか?」
「…………言いません」
「おっ」
「ただ、死人特有の不気味さは……ありますが」
「正直だな」
「事実ですから」
リリアは書類に目を落としたが、何度かちらちらとこちらを見ていた。意識しているのが丸わかりだった。
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町に出た。仮面を外して。
初めて仮面なしで町を歩いた。
反応は――予想外だった。
「ねえあの人、誰?」
「見かけない顔ね……旅人かしら」
「青白い肌……ちょっと怖いけど、綺麗な顔してるわね……」
悲鳴が上がらない。逃げられない。初めて、町の人々が俺を見て悲鳴を上げなかった。
「……泣いてもいいか?」
「人前ではやめてください」
涙は出ない。まだ涙腺は復活していない。でも、目頭が熱い気がした。
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だが問題もあった。
「あのぅ……」
町の女性が声をかけてきた。黒いフードを被った、どこか退廃的な美女。肌が異様に白く、目の奥に妖しい光がある。
「あなた、もしかして……アンデッドの方ですか?」
「えっ、なんでわかるんですか」
「わかります。同じ気配がするので。……あの、お茶でもいかがですか?」
「お茶!? い、いいんですか!?」
初めてのお茶の誘い。心臓がないのに胸が高鳴った。
しかし。
「この方は……死の気配を持つ方です。あなたに近づく理由がそれです」
リリアが横から割り込んだ。
「死の気配!?」
「ええ。死人系の美形に惹かれる傾向があるんです、こういう方たちは」
「えへ……だって、素敵なオーラなんですもの……」
女性は頬を染めていた。退廃的な美人が恥じらう姿は色気がすごい。色気がすごいが、ジャンルが違う。
「や、やめてください。この人は私の監視対象です」
「あら、独占するの? けち」
「独占ではありません! 業務です!」
リリアが本気で焦っている。珍しい。
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その後も、同様の事案が発生した。
長耳の女がじっと俺を見つめてきたり、役人風の女性が「ちょっとした届出の確認ですが、お茶でも飲みながらいかがですか」と声をかけてきたり。
「モテてる……のか?」
「モテてるのではなく、死の気配を持つ女性に好かれているんです」
「違うんだよ! 俺が欲しいのは『死が似合う女』じゃなくて『夏が似合う女』なんだよ!」
「贅沢を言わないでください」
「贅沢じゃない! 人間としての当たり前の恋愛がしたいだけだ!」
嘆いても、寄ってくるのはダーク系美女ばかり。俺の理想とこの世界の需要が根本的に噛み合っていない。
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セレスに会った。セレスは俺の変化を見て、ぱちぱちと瞬いた。
「ポジオさん……! すごく人間に近づきましたね!」
「だろ? ようやくここまで来た」
「でも……少し寂しいかもしれません」
「え?」
「前のポジオさんも好きでしたから。骸骨の時も、ミイラの時も、ゾンビの時も。どれも同じポジオさんです」
「…………セレス」
「でも健やかでよかったです!」
「お前は本当にブレないな……」
セレスはにこにこ笑っている。天使だ。リアル天使だ。だが恋愛対象としては妙にズレ続ける。なぜだ。
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ネクロミアの反応は予想通りだった。
「あら。綺麗に進化したわね。死人系美形の中でも上物よ」
「褒め方が鑑定士」
「データを取らせて。この段階の霊核バランスは非常に貴重だから」
「人として感想はないのか」
「人として? そうね……」
ネクロミアが俺の顔をじっと見つめた。近い。美人が近い。心臓はないのに動悸がする。
「悪くないわ。学術的にではなく、ね」
「…………!」
「ただ、まだ冷たいのが難点ね。体温がある方が好みだわ」
「体温は蘇生したら戻る! 待ってろ!」
「待たないわ。データは今欲しいの」
ネクロミアはいつも通りだった。だが「学術的にではなく」の一言が、今までにない台詞だった。
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その夜。ボーン先輩が俺の新しい姿を見て、一言。
「……イケメンになりやがって」
「先輩も進化すればいいじゃないですか」
「俺は骸骨で十分だ。面倒くせえ」
ボーン先輩はぼりぼりと頭蓋骨を掻いた。
「なあ新入り。お前がイケメンになったのは結構だが、冥境のほうがますますざわついてる。お前が人間に近づくほど、あっち側は焦るんだ」
「焦る?」
「お前が完全な生者になったら、王の器は失われる。グラドゥスにとっては、お前を死者側に引きずり込む最後のチャンスが近づいてるってことだ」
「……つまり、これから何か仕掛けてくるってことか」
「ああ。しかも教会の浄化派と利害が一致しかねない。教会がお前を消そうとする動きと、グラドゥスがお前を取り込もうとする動きが、同時に来る可能性がある」
「前門の教会、後門の屍王か」
「そういうことだ。気をつけろ。お前の見た目が良くなったぶん、狙われやすくもなった」
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残り30日。
見た目はようやく人間に近づいた。だが世界の状況は、むしろ悪化している。
それでも。
「逆に考えろ」
イケメンになったんだ。これを活かさない手はない。
今なら町でナンパもできるかもしれない。体温がないとか肌が青白いとか、些細な問題だ。たぶん。
「ポジオ。何をにやにやしてるんですか」
「いや、明日は町でナンパを――」
「却下です。行動制限中です」
「…………」
やっぱり世界は優しくない。
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第13話「死人系美形の需要について」 ― 了




