第11話「死者の氾濫と二度目の進化」
聖杯を手に入れて五日後。
町が揺れた。
文字通り、揺れた。
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深夜。轟音と悲鳴で目が覚めた。
「何だ!?」
小屋を飛び出すと、墓地の地面がぼこぼこと隆起していた。土が盛り上がり、ひび割れ、そこから――腕が。骨の腕が。何本もの死者の腕が、地面から突き出てくる。
「アンデッドが……湧いてる!?」
「ポジオ!」
リリアが隣の部屋から飛び出してきた。神官服のまま、聖水の瓶を両手に握っている。
「墓地からアンデッドが大量発生しています! 町のほうからも悲鳴が聞こえます!」
「俺のせいか……?」
「今はそれを考えている場合ではありません! 行きましょう!」
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町は混乱の中にあった。
低級アンデッド――骸骨やゾンビが、墓地や地下から湧き出して町中を彷徨いている。数は二十体以上。
冒険者や兵士が応戦しているが、次から次へと湧くので対処が追いつかない。
「多すぎる……!」
「教会の見解は『偶発的な死者の氾濫』ですが、この規模は異常です!」
レオンが駆けつけてきた。聖剣を振るい、アンデッドを次々と斬り伏せていく。だが倒しても倒しても、地面から新しいのが湧いてくる。
「キリがない! 発生源を断たないとダメだ!」
「発生源は……」
俺は自分の体を見た。聖杯を入手してから、霊核の活性化が加速している。
ネクロミアの言う通りだ。俺が強くなるほど、境界が薄くなって、死者が溢れる。
「俺だ。俺が発生源だ」
「ポジオ……」
「でも今は関係ない。まず目の前のやつらを何とかする!」
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俺は走った。アンデッドの群れの中に飛び込んだ。
低級アンデッドには意思がない。ただ彷徨うだけの存在。でも放置すれば人を傷つける。
骸骨の一体が子供に手を伸ばした。俺がその間に割り込み、骸骨を蹴り飛ばした。
「逃げろ! 早く!」
「う、うわあ! ミイラが骸骨を蹴ったぁ!」
「ミイラじゃない! 味方だ!」
スキル【怨念(微量)】を放出する。微弱な霊力だが、低級アンデッドの注意を引くには十分だ。群れが俺に向かって集まってくる。
「よし、俺に寄って来い。お前らの相手は俺がする」
「ポジオ! 無茶です!」
「リリア、俺は【しぶとい】から大丈夫だ。お前はそっちの住民を避難させろ!」
リリアは一瞬迷い、それから頷いた。
「……三分で戻ります。それまで持ちこたえてください」
「了解」
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囲まれた。二十体以上のアンデッドに。
爪で引っ掻かれ、噛みつかれ、体のあちこちがダメージを受ける。だがスキル【しぶとい】が発動し続け、致命的なダメージは回避できている。
痛い。痛くないはずなのに、なぜか痛い。肉がついてから、痛覚に似た感覚が戻りつつある。
「くそ……!」
レオンが斬り込んできた。周囲のアンデッドを一掃し、俺を引っ張り出す。
「無茶をするな!」
「お前が言うか、勇者!」
そして、その瞬間だった。
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体の奥で、何かが弾けた。
霊核が脈打つ感覚。全身が熱くなる。骨と肉の境目が溶け、再構築される。
「な、なんだ……!?」
「ポジオ、あなたの体が――!」
光った。体全体から、暗い紫色の光が溢れた。アンデッドたちがその光に当てられて動きを止め、一斉に地面に崩れ落ちる。
段階進化。二度目の進化が発動した。
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光が収まった時、俺は立っていた。
周囲のアンデッドは全て沈黙している。紫の光に当たって、活動を停止したらしい。
「何が……」
自分の体を見下ろした。
肉が厚くなっている。灰色だった組織が、やや肌色に近い色合いに変わっている。ただし、肌の質感は明らかに死者のそれだ。青白く、冷たく、所々が黒ずんでいる。
「ゾンビ……にしては、まだマシか?」
鏡が欲しい。だが周囲の反応で、だいたい察した。
「うぅ……ゾンビだぁ……」
「前の骸骨の方がまだ怖くなかったかも……」
町の人々が距離を取っている。さっき助けた子供ですら、半歩後ずさりしている。
「……前より嫌がられてるな」
レオンが横に来た。
「進化したのか。……見た目は、まあ……率直に言って」
「言わなくていい」
「ゾンビと人間の中間、というところか。不気味の谷のど真ん中だな」
「不気味の谷って概念をこの世界で使うな」
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だが、進化にはポジティブな面もあった。
ネクロミアが翌日、俺を診察して興奮気味に言った。
「素晴らしいわ。霊核の安定度が大幅に上昇している。さっきの紫の光は、あなたの霊核が周囲のアンデッドを鎮静化させたの。つまり、あなたは境界を揺るがす存在であると同時に、死者を制御する力も持ち始めている」
「死者を制御……」
「屍王と同じ機能よ。あなたが王の器と呼ばれる理由が、はっきりしたわ」
「……ネクロミア。俺は王になりたいんじゃないんだが」
「わかってるわ。モテたいんでしょう?」
「……そうだけど、お前に言われるとなんか切ない」
ネクロミアが静かに微笑んだ。いつもの学術的な笑みではなく、少し柔らかい表情だった。
「あなたは面白いわ。最初は研究対象としか思っていなかったけど、最近は……そうね。一人の人間として、少しだけ興味が出てきた」
いつか「研究価値がなくなった」と言われる未来を思うと怖い台詞だが、今は素直に嬉しかった。
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その夜。ボーン先輩が珍しく、小屋の中まで来た。
「新入り。今回の氾濫、冥境の奥が動き始めてる証拠だ」
「……屍王か」
「ああ。グラドゥスって名前、聞いたことあるか」
「ない」
「冥境の屍王。ずっと眠っていた存在だが、お前が特異点として境界を揺らしたせいで、目覚めつつある」
「…………」
「お前が死者側に傾けば、グラドゥスの復活は確定する。生者側に完全移行すれば、グラドゥスは力を失って再び眠る。お前の存在が、天秤そのものなんだよ」
「重すぎるんだが」
「重かろうが軽かろうが、お前がそこにいる限り、この問題は消えない」
ボーン先輩は立ち上がり、背を向けた。
「俺は古株だから、冥境側のネットワークにも少しは繋がりがある。何かわかったら教えてやる」
「先輩……」
「礼はいらねえ。お前を応援してるわけじゃなく、退屈しのぎだ」
「嘘つけ。先輩、ちょっと心配してくれてるだろ」
「うるせえ。湿気るから泣くな」
「泣いてない! 目から水出ないし!」
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残り40日。
死者の氾濫は収まったが、教会は騒然としていた。
リリアの報告書が上に回り、俺が特異点であることは教会上層部に知られた。
俺の運命がどう転ぶのか。教会が蘇生と浄化のどちらを選ぶのか。
答えが出るのは、そう遠くないだろう。
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第11話「死者の氾濫と二度目の進化」 ― 了




