第10話「北の遺跡と黎明の聖杯」
遠征の朝は、曇り空だった。
北の遺跡まで徒歩で二日。メンバーは、俺、リリア、そしてレオン。ネクロミアは「遺跡の分析データが欲しいから」という理由で後日合流することになった。
セレスは「私もお手伝いしたいです」と申し出てくれたが、浄化能力持ちの聖女とアンデッドの俺が長時間一緒にいると、
俺の体がじわじわ削れるらしいので丁重にお断りした。
「セレスさん、気持ちだけ受け取ります」
「でも……」
「大丈夫です。俺を慈善で見守るのはここからでもできますから」
「はい! ポジオさんの無事を、毎日お祈りしています!」
「異性としてではなく?」
「尊い存在として!」
「…………ありがとうございます」
尊い存在。人ですらない。
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道中、レオンとリリアの間に微妙な空気が流れていた。
「リリア殿。教会の神官が遠征に同行するのは珍しいのでは?」
「監視業務の延長です。監視対象が遠征するなら、監視者も同行するのが当然です」
「真面目だな」
「真面目なのではなく、規定通りです」
二人の会話が堅い。レオンはリリアに敬語を使い、リリアはレオンに事務的に対応する。まるで上司と部下のような距離感。
「なあレオン、リリアのこと口説いたりすんなよ」
「は? 何を言っている」
「いや、お前イケメンだからさ。美少女と遠征なんて、フラグ立ちまくりだろ普通」
「俺はそんなつもりは――」
「私もそんなつもりはありません」
リリアの声が冷たい。氷点下だ。聖水より冷たい。
「口説く以前に、監視対象が余計なことを言わないでもらえますか」
「はい……」
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二日目の昼過ぎ、遺跡が見えてきた。
北の遺跡は、小高い丘の上に建っていた。古い石造りの建造物で、入口には巨大な円形のアーチが構えている。苔と蔦に覆われ、何百年も放置されていたことがわかる。
「ここか」
「ああ。黎明の聖杯は、この遺跡の最深部に安置されているはずだ」
レオンが聖剣を抜いた。白銀の刃が曇り空の下でも光を放つ。勇者の聖剣。チートの塊。
「守護者は?」
「遺跡に入れば出てくるだろう。教会の記録では、古代のゴーレムが複数体配置されているとある」
「ゴーレム……石の巨人か」
「ああ。普通の冒険者では太刀打ちできない相手だ。だが……」
レオンが俺を見た。
「お前がいれば、やりようはある」
「俺? Fランク冒険者の俺に何ができるんだ」
「ゴーレムには意思がない。魔力で動く自動人形だ。だが、お前の怨念――あの微量な霊力は、ゴーレムの魔力回路を撹乱できるかもしれない」
「怨念(微量)が役に立つ日が来るとは……」
「微量だからこそ、ノイズとして機能する。大きな力ではなく、精密な妨害。それがお前の戦い方だ」
レオンは意外と俺のスキルを理解していた。さすが勇者。分析力が高い。
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遺跡の内部は、予想以上に広かった。
石造りの廊下が何層にも分かれ、所々に古代文字が刻まれている。リリアがそれを読み解きながら進んだ。
「この文字は古代聖語ですね。『生と死を分かつ者、この杯を以て均衡を保つべし』……蘇生に関する記述です」
「やっぱり聖杯は蘇生に使えるんだな」
「使えるというより、本来はそのために作られた遺物のようです」
最初のゴーレムに遭遇したのは、三層目だった。
高さ三メートルの石の巨人。目に当たる部分が青く光り、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「来たな」
レオンが前に出た。聖剣を構え、一息で踏み込む。白銀の刃がゴーレムの腕を切り裂き、石の破片が飛び散った。
速い。強い。圧倒的だ。これが勇者の力。
だがゴーレムは再生した。切り裂かれた腕が、石の破片を吸い寄せて元に戻る。
「再生するのか!」
「魔力核が無事なら再生し続ける。核を壊す必要がある」
「核はどこだ!」
「胸の奥――だが、外殻が硬くて聖剣でも一撃では届かない」
「……リリア! 聖水は効くか!?」
「ゴーレムは生物ではないので聖水は無効です!」
「じゃあ俺の出番か!」
俺はゴーレムに向かって走った。レオンが斬りつけた跡から、ゴーレムの内部が一瞬見える。再生する前に――
スキル【怨念(微量)】を全力で放出した。
微量の霊力が、ゴーレムの内部に流れ込む。魔力回路にノイズが走り、ゴーレムの動きが一瞬止まった。
「今だ、レオン!」
「――もらった!」
レオンの聖剣が、ゴーレムの胸を貫いた。青い魔力核が砕け散り、ゴーレムは完全に停止して崩れ落ちた。
「やった!」
「見事だ、ポジオ。お前のスキル、使えるじゃないか」
「微量だからこそ精密に効いたんだな。……でもこれ、俺一人じゃ何もできないぞ」
「だから一人で戦う必要はない。パーティとはそういうものだ」
パーティ。レオンがパーティって言ってくれた。護送じゃなくて。
「聞いたかリリア。パーティだとよ」
「聞いてました。ですが私は依然として護送です」
素直じゃない。
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四層、五層とゴーレムを倒しながら進んだ。
俺がノイズで動きを止め、レオンが核を破壊する。リリアは後方で結界を張り、ゴーレムの攻撃から俺たちを守った。息が合ってきている。
そして、最下層。
巨大な扉の向こうに、小さな部屋があった。
部屋の中央に、台座がある。その上に――
「あれが……」
金色に輝く杯。手のひらに収まるほどの小さな杯だが、そこから溢れる光は圧倒的だった。聖なるオーラ。命の輝き。
黎明の聖杯。
「綺麗だ……」
「これが蘇生儀式の媒体になる聖遺物か」
俺は一歩、前に出た。
その瞬間、台座が光った。
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部屋全体が振動し、天井から砂が落ちてくる。台座を中心に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「罠か!?」
「いえ、これは……試練です。聖杯の資格審査」
リリアが古代文字を読み上げた。
「『この杯を手にする者、生と死の間に立つ者のみ。汝の意志を問う。汝は何のために生を望むか』」
意志を問う。
聖杯が、俺に問いかけている。
「何のために生を望むか、だと……」
正直に答えるべきか。
「世界を救うため」と言えば、格好はつく。「境界を修復するため」と言えば、論理的だ。
だが。
「…………モテたいからだよ」
レオンが目を見開いた。リリアが額を押さえた。
「生き返って、人間に戻って、ちゃんと笑って、ちゃんとフラれて、それでもまた誰かを好きになって――そういう、くだらなくて面倒くさい普通の人生を送りたいんだ」
魔法陣が揺れた。
「世界を救うとか大層なことは、正直、自信がない。でも俺は、生きたい。生きてモテたい。誰かの隣に立ちたい。それだけだ」
沈黙が続いた。
五秒。十秒。三十秒。
そして――聖杯が光った。
柔らかな金色の光が俺を包み、台座の上の杯がふわりと浮き上がった。
「……通ったのか?」
「通ったらしいわね」
「嘘だろ。あの答えで?」
レオンが呟いた。聖杯がゆっくりと俺の手のひらに降りてきた。温かい。聖なる遺物のはずなのに、アンデッドの体にダメージがない。むしろ、体の芯が温かくなる。
「聖杯は、答えの『正しさ』ではなく、意志の『本気さ』を見たのかもしれません」
リリアが静かに言った。
「あなたの動機は最低ですが、その動機に嘘がないことだけは……確かです」
「リリア……それ、褒めてるのか?」
「褒めていません。事実を述べているだけです」
レオンが苦笑した。
「生への動機がモテで、聖杯の試練を突破した男。お前、歴史に残るぞ。最悪の形で」
「そこは最高って言ってくれ」
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遺跡を出ると、空が晴れていた。
聖杯を手に入れた。蘇生条件の一つが揃った。
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蘇生条件 進捗
・善行値:+31 → まだ足りないが増加中
・功績:中規模依頼完了 × 多数 → 順調
・霊核安定:やや改善 → まだ足りない
・聖遺物:黎明の聖杯 ☑ 入手済
・許可証:監視段階 → まだ遠い
残り期限:45日
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「聖遺物は手に入った。次は霊核の安定と、許可証だ」
「許可証は教会の最終承認です。善行値と功績が十分に蓄積され、霊核が安定した段階で、私が申請書を提出します」
「お前が提出してくれるのか」
「蘇生許可証には現場証言者の署名が必要です。あなたの監視を担当していた私が署名しない限り、許可は通りません」
「……リリア。お前がいなきゃ、俺は蘇生できないんだな」
「はい。ですから……」
リリアは一拍置いて、
「私が見届けます。あなたの蘇生を」
「……ありがとう」
「感謝は不要です。業務です」
業務で結構。
お前が味方でいてくれるなら、俺はどこまでも前に進める。
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第10話「北の遺跡と黎明の聖杯」 ― 了




