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英雄を作る ~兄の汚名のために書いた嘘の英雄伝、領主に本人を連れてこいと言われたので詐欺師を雇いました~  作者: 久賀ラトル


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15/22

第15話 写本屋は、嘘を書く

翌朝から、俺は第二巻の続きを書いた。


副官の名を変える章から書いた。


『第一巻にて副官の名をオルドと記したるは、写しの重なるうちに生じたる誤りなり。英雄グレンの右腕たりしは、ヴェイル家の三男ロラン殿にて――』


文章は、すらすら出てきた。


一年前、兄貴の名前を書いたときは、ひと月かかった。他人の名前で兄貴を消すのは、半日で済んだ。写本屋の手は、何でも同じ速さで写せる。


夕方、ミーレがいつものように頁を取りに来た。


一枚ずつ読んで、日付を書きこんでいった。誤りの章の頁で、ミーレの手が止まった。


長いこと、その頁を見ていた。


「これを、閣下にお見せするのですか」


「そう言いつかってるんだろう」


ミーレは、頁を卓に置いた。


「去年の秋、書庫に記録がないと書いたのは、私です。閣下に命じられて、鴉の口の戦を探しました。三日かけて、どこにもないことを確かめました」


「知ってる。昨夜、その紙を見た」


「では、私が英雄殿のことを最初から知っていたことも、ご存じですね」


「知ってた」


「怒らないのですか」


「記録がないと書いただけだろう。それは嘘じゃない」


ミーレは、少しだけ目を見開いた。


それから、誤りの章の頁を、もう一度手に取った。


「私は、言いつかったとおり、この頁を閣下にお持ちします」


ミーレは言った。


「ただ、この頁にだけは、日付を入れられません」


「なぜだ」


「写しの誤りではないことを、私は知っているからです。誤りだと書かれた紙に日付を入れれば、私がそれを確かめたことになります。確かめていないことを、確かめたとは書けません」


ミーレは、その頁だけ日付を空けたまま、革の挟みに綴じた。


「書記にできるのは、それだけです」


戸口で、ミーレは振り返った。


「書庫の箱の札に、覚え帳一冊不在、と書いたのも、私です。あれは、まだ消しておりません」


   *


グレンの熱は、三日目に下がった。


四日目の昼、俺が部屋に行くと、グレンは寝台に座って、肩の布を自分で巻き直していた。


「領主に呼ばれた」


俺が何か言う前に、グレンが言った。


「昨日の晩だ。あんたが呼ばれた三日後だな」


俺は、戸を閉めた。


「何を言われた」


「戦が終わったら、西の砦の騎士領をやる。年に金貨八枚の上がりだ。南の宿場の触れ書きは、城の名で回収させる。俺の昔の顔は、どこにも残らない」


グレンは布の端を歯でくわえて、結んだ。


「条件は、あんたが第二巻をあのとおりに書くこと。それだけだ」


金貨八枚。足を洗う金どころではなかった。洗ったあとに、一生暮らせる金だ。


「受けたのか」


「受けるさ」


グレンは、当たり前の顔で言った。


「名前ぐらい、変えてやれ。それで英雄も、あんたの首も、俺の首も助かる。義勇兵三百人も、春に英雄の下で戦える」


俺が、あの晩、寝台の脇で考えたとおりの言葉だった。


「兄貴を消すのか」


「あんたの兄貴は、もう死んでる」


グレンは、俺を見た。


「生きてる首が、二つかかってる。三百人の義勇兵の、春の命もだ。死んだ男の名前一つと、比べる話か」


「お前は、金と首を数えてるだけだ」


「そうだ。あんたは、死んだ男の名前しか数えてない」


坂の上で言われたのと、同じ言葉だった。


「前にも言ったな」


「前にも言った。あんたは変わってない」


俺は、写字台の椅子を引いて、座った。座らないと、殴りそうだった。


グレンは、布を巻き終えた肩を、軽く回した。それから、俺の顔をじっと見た。


「……書くふりを、してるな」


俺は答えなかった。


「顔に出てる。あんたは、名前を変える章を書いた。書いて、ミーレに渡した。だが、あんたの顔は、あきらめた男の顔じゃない」


グレンは、目を細めた。


「時間を稼いでる。ひと月のうちに、何をする気だ」


隠しても、無駄だった。この男は、最初に会った夜から、俺の顔を読んでいる。


「十一人に、語ってもらう」


グレンの顔が、固くなった。


「兄貴が西で何をしたか。浅瀬を三度渡って、自分たちを連れ戻したと。兄貴を見た人間の口で言ってもらう。そうすれば、どんな第二巻も、名前を変えられない」


「約束した」


「お前がな」


「俺の版元の筆も、と言った」


「俺の足は、約束に入ってない」


グレンは、寝台から立ち上がった。


「屁理屈だ」


「詐欺師に言われたくない」


「詐欺師だから言うんだ」


グレンの声が、初めて大きくなった。肩の布に、また血がにじんだ。


「十一人が人前で語れば、十一人は逃亡兵だ。名簿で死んでる兵が生きてれば、そういうことになる。あんたの兄貴が黙って首を差し出して守ったものを、あんたは、自分の首を守るために差し出させる気か」


「首を守るためじゃない」


「同じことだ」


「違う」


俺も、立ち上がっていた。


「兄貴の名前を守るためだ」


「それが同じだって言ってるんだ」


部屋が、静かになった。


グレンは、ゆっくり寝台に腰を戻した。


「行くなら、止めない」


疲れた声だった。


「だが、あの婆さんとの約束は、俺の約束だ。あんたが十一人を引っぱり出したら、俺が約束を破ったことになる。舞台の上の約束を破った役者は、二度と舞台に立てない」


「お前は、もう役者じゃない。騎士領をもらうんだろう」


グレンは、何も言わなかった。


俺は部屋を出た。


   *


麦野村の場所は、知っていた。


書庫で見た名簿には、五の隊の兵の名前の横に、生まれた村の名前が書いてあった。徴募の名簿は、そう書く決まりになっている。二十三人のうち、十四人が麦野村だった。


灰川の東を、南へ、馬で一日半。


翌朝、まだ暗いうちに、俺は厩で栗毛に鞍をつけた。西へ行ったときに乗った馬だった。首を振らずに、俺の手綱を待っていた。少しは覚えたらしい。


城の門を出るとき、門番が、どこへ行くのかと訊いた。


「町の店へ。紙が足りなくなった」


嘘は、すらすら出た。


南の街道に出て、一刻ほど走ったところで、俺は振り返った。


ずっと後ろの丘の上に、馬が一頭見えた。こっちが止まると、向こうも止まった。


身なりのいい男の馬ではなかった。もっと粗末な、荷運びの馬だった。


それでも、俺は、払いのいい男のことを思い出した。


字の書いてあるものはないか、と訊いて回った男。兄貴の覚え帳を、書庫の箱から消した男。


俺は前を向いて、馬の腹を蹴った。


止まれば、追いつかれる。


だが走れば、行き先を教えることになる。


それに気づいたのは、麦野村の屋根が見えてからだった。


(第15話 了)

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