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03『痛いの痛いの飛んできた』~告白編~

三人称視点です。

 十二月二十三日、二十二時三十分。


 御門晴明みかどはるあきは少し悩んでいた。


 明日のクリスマスイブのことだ。

 冬馬ちゃんへの思いを伝えるなら明日しかないだろう。

 ぐだぐだしていたら冬休みに突入し、気軽に会えなくなるのだから。


「やっぱり、明日だよな」


 晴明はベッドの上で自室の天井を見つめつつ呟いた。

 そしてそっと目を閉じた後、パッと目を開くとまた呟いた。


「あ~、考えてもどうしようもないや。なるようになるしかないな」


 結局考えるだけ無駄と判断し、眠ることにしたようだ。


 この夜。

 晴明は自らの心境とは全く関係なく、妙な夢を見るのだった。



「はあ~い! 坊や、お姉さんと良いことしない?」


 それは突然だった。

 場所は晴明が住んでいる寮の自室。

 まさにさっき晴明が眠る態勢に入ったベッドの上だった。


 晴明は一瞬現実なのかとも疑ったが、すぐに夢だと気づいた。

 自分は現実ではまだ眠っているのだと。


 だって、こんな夜にグラマラスなお姉さんが夜這いに来るなんてあるはずないからだ。


「あなたは一体誰なんですか。何の用があって」

「私が誰かなんてこの際どうでもいいじゃない。何の用って、それはもちろん……分かるでしょ」


 妙に艶っぽく迫り来る謎のお姉さん。

 正直、確かにどうでもよかった。


 だって夢なのだから。


 しかし、理由は定かではないが、いつも見る夢よりかはリアルに感じられたのだった。


「ねえ、溜まってるんでしょ。気持ちよくなっちゃいましょうよ」


 まったく困ったものだと晴明は思った。


 この目の前のお姉さんは、これで誘惑できるのだと思っているのだから。


 そう。


 晴明は、グラマラスなお姉さんに興味がないのだ。

 ちっこくて可愛い子が好きであり、さらに今となっては冬馬ちゃん以外眼中になかった。


 興味のないものを押し付けられることは苦痛であり、そういう対象に対して晴明は残酷だった。


「お姉さんさぁ、今でも自分のことお姉さんだと思ってるの? 客観視できてる?」

「ど、どういう意味かしら?」


 挙動不審になるお姉さん。


「もう、とぼけちゃって~。お姉さん、ボディコン着て派手な扇子振り回してた時代の人でしょ? 時代遅れなんだよねぇ」

「な、何よ! そうよ、坊やの言う通り。ジュリアナが私の聖地だったわよ、悪い?」

「別に当時の文化まで否定はしないけどさ。でも、もうお姉さんって歳でもないでしょ? お・ば・さ・ん」


 自称お姉さんの顔色が真っ青になっていく。


「あああ、あなたのような坊やには、この色気が理解できないみたいね!」

「何? 今どきのピチピチギャル(死語)に勝てると思ってんの?」

「あ、ああ、ああああ……」


 おばさんはわなわな震えだし、今にも倒れそうだ。


「肌の保水力とコラーゲンの減少は年齢と共に……」

「やっ! やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 KO。


 おばさんはその場に倒れこむと、姿をくらませてしまった。

 とんでもない夢を見てしまったと晴明は思った。


 そして夢の中ではあるのだが、晴明の意識はここで途切れるのだった。



 ――――クリスマスイブ当日の朝。


 晴明は目を覚ました。

 変な夢を見たせいだろうか。

 何だか体が重いと感じる晴明。


 そして、それはすぐに勘違いなのではないのだと理解した。


「きつねさん?」


 ベッドに横になる晴明の上に、小さなきつねが乗っていた。

 寝ぼけて見間違えたわけでもなく、ぬいぐるみでもなく。

 間違いなくモフモフした生身のきつねさんだった。


「俺はまだ夢を見ているのか?」


 よくある確認方法にほっぺたをつねるというのがあるが、そんなことをするまでもなく、晴明には現実だという確信があった。

 そもそも目が覚めたらまだ夢の中なんて、そうそうあるわけないのだ。


 とりあえずこのままでは起き上がることもできないので、晴明はきつねさんにそっと手を伸ばした。

 すると晴明の手がきつねさんに触れる直前、ぽんっと小気味の良い音と共に爆発が起きて白煙があがった。

 爆発といっても何か飛んだりするわけではなく、まるで手品の演出のようなものであった。


「あ~、こんこん。失礼いたした」


 子供の声が聞こえ、白煙から出てきたのは着物姿の幼女だった。


「きつねさんが、幼女に!」


 よく見るとこの幼女にはきつねの耳としっぽが付いていた。


「現世でお目にかかるのは初めてじゃな、主殿」

「君は一体誰だ?」

「おっと、これは失敬、失敬。説明が必要であったか。我は妖狐、名を稲荷いなり。悪名高きあやかしであったが、今より主殿の式となろう。何なりとお申し付けくだされ」


 そう言うと稲荷は紺色の着物の乱れを直すと、晴明の上から降りて跪いた。


「俺の式神だって? 使役した覚えがないが」

「何をおっしゃる。昨晩夢の中で我を屈服させたではないですか。忘れたとは言わせませぬぞ」


 晴明は考えた。

 昨晩夢の中で何があっただろうか?

 覚えているのは変なグラマラスおばさんに罵倒を浴びせたことくらいだが。


 そして、一つの結論に達した。


「まさか昨日の夢に出てきたおばさんが君なのか?」

「おばさんは勘弁願おう主殿よ。しかし、左様。夢の中で誘惑しようとしたのがこの稲荷でございます。遥か昔より夢に現れてはおのこをたぶらかして遊んでおったのですが、世の流れとは残酷でございますな。主殿は未発達の体がお好みであったか。いかかですかなこの姿は。好みに合わせて化けなおしてみたのですが」

「うん、確かに以前の俺ならそそられる姿だが。稲荷と言ったか。まず初めに教えておこう、俺は冬馬ちゃん以外に興味はない。よって俺を誘惑するのは無駄なことと心得てくれ」


「おや、すでに心に決めた方がおられましたか。いえいえ、言われずとも主殿を誘惑などいたしませぬ。今は式の身分ゆえ」

「分かればいい。ところで稲荷よ、なぜお前は俺の式神になったんだ?」

「なぜって、当然我を屈服させたからでございましょう? その結果、悪業罰示式神あくぎょうばっししきがみになったのです」

「俺が夢の中で無意識に上位式神を使役したって言うのか?」


「左様、主殿は名のある陰陽師なのでござろう?」

「いや、むしろその逆だ。俺にはほとんどの術が扱えないんだ」

「なんと! これは摩訶不思議。我を使役するなどよほどの人物だと思っていたのですが。とはいえこれは事実。今後とも末永くお仕えいたしましょう」


 こうして、めでたく晴明は式神の使役に成功したのだった。


「ああ、俺の名は御門晴明。よろしく頼む」

「晴明殿! まさかあの安倍家の?」

「いや、たぶん違う。関係はないだろう」

「そうでございますか。とりあえず我は一旦姿を消します。いつでも主殿のそばにいますので、御用の際はお呼びくださいませ」


 そう言って稲荷は体を丸めると、青い狐火となって消えた。


「とうとう、俺にも式神が……」


 晴明は新たな変化に嬉しく思ったが、今日はもっと大事なことがあるのだ。


 そう、クリスマスイブだ。


 晴明は急いで支度をすると、アカデミーへと向かうのだった。



 クリスマスイブとはいえ、アカデミーでは関係なくいつも通り授業が行われた。

 しかし、晴明の意識は授業に向いておらず、いかにして思いを冬馬ちゃんに伝えるか模索し続けていた。


 空き時間や昼休みに機会をうかがっていたが、何やら冬馬ちゃんも今日はいつになくそわそわしており、結局思いを伝えられないまま放課後がやってきてしまった。


 意気消沈する晴明。


 自分が情けないと思いながらも、帰る支度をして下駄箱へと向かうのであった。

 するとどうだろう。


 晴明は自分の下駄箱に手紙が入っていることに気が付く。

 そして、差出人の名前を見て心踊らずにはいられなかった。


 御門晴明君へ、芦屋冬馬より。


 そう書かれていた。

 急いで内容を確認する晴明。


 それは実にシンプルな内容だった。

 話したいことがあるから、アカデミーの屋上に来てほしい。

 待っていると。


 晴明はなんてベタなシチュエーションなんだと思いつつも、顔がにやけるのを止められなかった。

 これは期待するなという方が無理である。

 自分から誘えなかったのは残念だが、それ以上に嬉しさが勝っていた。


 そして、晴明は全力で屋上へと向かった。



 アカデミー屋上。

 屋上への立ち入りは原則禁止されているが、緊急時の退避場所やヘリポートとしての役割もあるため、鍵はされていなかった。

 とはいえ規則違反ではあるのだが、晴明はそれがむしろこの機会を特別なものにしているとさえ感じた。


 最上階にたどり着き扉を開けると、手すりに手をかけて背を向ける冬馬ちゃんの姿があった。

 空は所々黒っぽい雲で覆われ、冷たい風が吹き付ける。

 おあつらえ向きの環境とは言い難いが、心踊り続ける晴明にとっては些細なことだった。


「お待たせ、冬馬ちゃん!」


 晴明が呼びかけると、冬馬ちゃんが振り向き嬉しそうに駆け寄ってくる。


「晴明君、来てくれたんですね!」

「当然だよ。それで話って何かな?」


 いきなり本題に入るのはせっかちな気もしたが、晴明は早く冬馬ちゃんの話が聞きたかった。

 冬馬ちゃんは、もじもじしながらも話し始める。


「あの、ですね。晴明君に出会ってから色々のことがありましたよね」

「そうだね」

「それでですね。はじめは変な人だなぁって思ってたんですけど。あ、今でも変だと思うことがあって、時々変態さんで……えとえと」

「ふふふ、落ち着いて冬馬ちゃん」

「あ、はい」


 冬馬ちゃんは晴明に従い一度深呼吸をした。


「ふぅ、えへへ。それでですね、変態さん……じゃなくて、晴明君。色々言いたいことはあるのですが、単刀直入に言います! 心して聞いてください」


 晴明は無言で頷いた。

 それを確認し、冬馬ちゃんはもう一度深呼吸した後、口を開いた。


「私、芦屋冬馬は! ……あなたのことが! …………だ」


 その時だった。


 それは双方にとってこの上ない幸せが訪れる瞬間だっただろう。

 しかしそれは阻まれた。


 先ほどから不安定だった天候だが、あろうことかそれは雷を生み出し、そして冬馬ちゃんを直撃した。

 それは、漆黒の雷だった。


「きゃぁぁぁぁぁ~!」


 黒い光に包まれ、悲鳴を上げる冬馬ちゃん。

 

 相手は雷。

 晴明は何もできなかった。

 光り続ける漆黒の雷。

 冬馬ちゃんのうめき声。


 何とかできないかと考えた晴明は、思い出したようにこう言った。


「出てきてくれ! 稲荷!」


 すると青い狐火が現れ、それはすぐにきつね耳の幼女へと姿を変えた。


「お呼びかな、主殿って、何じゃこれは!」

「どうにかしてくれ! 雷が、冬馬ちゃんが!」


「主殿、落ち着くのじゃ。して、あれは誰ぞ?」

「冬馬ちゃんだ!」

「ほう、あの中にいるのが主殿の思い人か」

「それで一体何が起こったので?」

「急に黒い雷が降ってきて、それが冬馬ちゃんに直撃して」

「うむ」


 稲荷は首をかしげて考えた。


「ただの雷では御座らんよう。とてつもない陰の気を感じる。あやかしの類かもしれませぬ」

「あやかしだって? 一体どうすれば」


 そうこうしているうちに漆黒の光は冬馬ちゃんに吸い込まれるように集約し、やっと冬馬ちゃんの姿をはっきりと目視できるまでになった。


「なあ、主殿。あれがその冬馬ちゃんとやらで間違いないのだな?」

「ああ、間違いない……はずなんだが」


 そこには制服でなく、漆黒の巫女服を着た冬馬ちゃんが立っていた。

 右手には大きな槍を持っており、槍の周りには美しい羽衣はごろもが揺らめいていた。


「冬馬ちゃんだけど、でもいつもと違う。一体何が?」

「主殿、冬馬ちゃんとは一体何者なのじゃ?」


 稲荷の問いに晴明が答える。


「冬馬ちゃんは、そう。彼女こそ本物の天才で、蘆屋道満の子孫なんだ。若干十歳で、十二天将を式神として使役している」

「なんと! あの道満の。しかもあの槍、十二天将の主神、天乙貴人てんおつきじんではないか! 羽衣を纏いし槍、間違いない!」


 そして冬馬ちゃんはゆっくりと僕の方へ近づいてきた。


「私は……晴明君に伝えたいことが」


「冬馬ちゃん?」


「私は晴明君のことが…………大・隙・deathだいすきです! 突き合ってください!」


「危ない、主殿~!」


 晴明は自らの式神である稲荷に思いっきり引っ張られた。

 もし引っ張られていなかったら、晴明は死んでいただろう。


 晴明の頬には切り傷ができていた。

 そう、冬馬ちゃんが槍で突いてきたのだ。


「冬馬ちゃん、どうして……?」


 大好きな人が、自分を殺しにかかっている。

 晴明は混乱していた。


「好きdeath、好きdeath、好きdeath! 晴明君を見てると怒気怒気どきどきします!」


 そう言いながら槍を振り回す冬馬ちゃん。

 晴明は全力で逃げ回った。


 不思議だ。

 冬馬ちゃんが発しているのは求愛のセリフのはずなのに、すごく狂気を感じる。


「ねえ、どうして逃げるの? こんなにも合死あいしてるのにっ! 枯死かれしになってよ!」


 ヒートアップする冬馬ちゃん。

 ああ、彼女はどうしてこんなにも狂ってしまったのだろうか。


 そんな疑問に稲荷がやっと答えを出した。


「主殿、ようやく分かったぞ。あれはギシン・アン鬼じゃ!」

「ギシン・アン鬼?」

「そうじゃ。乙女の恋心をもてあそび、間違った方向に欲情させるあやかしじゃ」

「強制的にヤンデレにさせるわけか」

「うむ、現代風に言えばそういうことじゃな」


「それでどうすれば倒せるんだ?」

「それはじゃの……おっと、主殿! また来るぞ!」


 高笑いしながら冬馬ちゃんが襲ってくる。


「きゃははは! 晴明君は、積極的すぎる女の子は嫌いなのかな?」

「さ、さすがに積極的に殺しに来る女の子はどうかと思うよ」


 それを聞いて冬馬ちゃんが動きを止めて考え始めた。


「そっか~。じゃあ次はもう少し趣向を変えてアプローチするとしましょうか」


 冬馬ちゃんは空を見上げながら、こう言った。


「突きが……綺麗deathね。なんちゃって」


 本人的には文学的に表現したつもりなのだろうが、槍を構えたままだし相変わらず殺しにかかっている。


「お突き合い~、お突き合い~、殺したいほどに会死あいしてる~!」


 冬馬ちゃんは何だか上機嫌だ。

 かつてこれほどまでに楽しそうに殺意を抱く者がいただろうか?


「主殿、さっきの話の続きじゃが、ギシン・アン鬼に取りつかれたらそれを完全に消滅させるしか方法はない」

「あやかしを消滅か」

「しかし、主殿は確か陰陽術がほとんど使えないんじゃったな。さて、どうしたものか。これだけの大物となると並みの術では対応できまい」


「稲荷よ。方法なら一つあるぞ」

「なんじゃと!」

「実は俺は以前、嫌がらせであやかし入りのぬいぐるみをプレゼントされたときに、そのあやかしを消滅させたことがある」

「まことか! して、その術とは?」


 冬馬ちゃんの攻撃から逃げつつ晴明は答える。


反転はんてん泰山府君祭たいざんふくんさいだ」


「それは安倍晴明あべのせいめいの術! いや、その逆か。つまり蘇生術の対極となる術なんじゃな。そのような術を使えるとは主殿、やはりあなたは安倍家の……」

「稲荷! 今はその話をしている場合じゃない。いいか、今回は以前と訳が違う。だから術の詠唱にも時間がかかるだろう。その間持ちこたえられるか?」

「主殿それは愚問なり。いかなる命であろうと執行して見せましょうぞ!」


 晴明に向かって槍を振り回してくる冬馬ちゃん。

 その前に稲荷が割り込む。


「さて、お嬢ちゃん。しばらくの間、我と遊んでもらいましょうか」

「何よ、女狐! 一体あなたは晴明君の何なのよ!」


「女狐という点については間違っていないので受け入れますが、主殿に危害を加えることだけは式神である我が許しはしませぬ」


 そして稲荷は屋上の床に手をつくと、詠唱を始めた。


「北方の星宿、斗・牛・女・虚・危・室・壁! 黒き流れるもの! 長寿と不死、生殖と繁殖! 守護せよ、四象の太陰! 急急如律令! 玄武守護星陣!」


 詠唱を終え、床についていた手を前方に向けると、黒い亀甲模様のバリアが張られる。


「むぅ~、きつねっ子のくせに術なんか使っちゃって、生意気ね」


 頬を膨らませながらガシガシ守護星陣を突き破壊を試みる冬馬ちゃん。


「ほほほ、効かぬぞ、効かぬぞ~」


 余裕を見せる稲荷。


「主殿、これでしばらくは時間が稼げそうですぞ。しかし、余裕ぶってみたものの相手もなかなかの強者。急いでくだされ!」

「分かった稲荷、ありがとう!」


 晴明は急いで印を結び、詠唱を始める。


「東方の神代、前方に在るは魂の形代! 東北の猿、南西の桃! 宗源・麗水・太極・興与の社壇! 天地陰陽、千秋万歳、魂の根源、冥府の管理者! ――――」


 晴明が詠唱中も冬馬ちゃんの攻撃は止まらない。


「何よこの障壁! でもでも~、恋は障壁が多いほど燃えるのdeath!」


 守護星陣の破壊に執念を燃やす冬馬ちゃん。

 そしてとうとう、守護星陣にひびが入り始めた。


「主殿~、まずいぞ! まだ終わらんのか~!」

「あともう少しだ、稲荷! あと少しだけ耐えてくれ!」


 それを聞いて稲荷は前方にかざしていた手にさらに力を込めた。

 守護星陣はかろうじて形を保っている状況だ。


「……反転せよ! 七七日の審判! オン・キリキリ・ハラハラ・フダラン・ソワカ・オン・バシャク! 天・八・春・加・稲・住・丹・日・摩! 急急如律令!」


「主殿、もうだめですぞ~!」

「待たせたな、稲荷! 術を解除して逃げてくれ!」


 稲荷は術を解除した。

 そしてそのままそこにいては冬馬ちゃんの槍を受けてしまうので、狐火となって姿を消した。


 そうすると当然、晴明と冬馬ちゃんが向き合う形になり、冬馬ちゃんは勢いよく槍を突き出した。


「晴明君! 私の思い、受け取って~~!」


 晴明は左肩に槍を受けてしまった。


 しかし、傷つきながらも彼は冬馬ちゃんに真っ向から対峙し向かっていった。

 そして、冬馬ちゃんの両胸に自分の両手を押し付けて言った。


「まったく、冬馬ちゃんの思いは重過ぎるんだよ。……反転! 泰山府君祭!!」


 すると冬馬ちゃんの体の中心に五芒星が現れ、強い光に包まれた。


 冬馬ちゃんは気を失い、彼女の背中からどす黒い陰の気が抜けてゆき、黒い一枚の紙きれとなって床に落ちた。


 晴明は気を失った冬馬ちゃんを支えつつ、稲荷を呼んだ。


「稲荷……頼む」

「主殿よ、心得た!」


 稲荷は黒い紙切れとなったギシン・アン鬼を狐火で燃やしつくした。


「ふう……、これで一件落着と言いたいところじゃが、主殿その傷は」

「ああ、心配ない。それよりも早く冬馬ちゃんを……」


 心配ないと言った晴明だったが、すでに限界だった。

 かろうじて残った気力で冬馬ちゃんを床に横たわらせると、糸が切れたように脱力し、冬馬ちゃんに覆いかぶさるように倒れた。



 それから一時間ほど経っただろうか。


 晴明が力をほとんど使い切ったせいか、稲荷も姿を消していた。


「ん、ううん……」


 冬馬ちゃんが意識を取り戻した。


「あれ、ここは一体。なんか私変な巫女服着てる! というか何で晴明君が私の上で倒れて……! 血! 血が出てますよ! ど、どうしよう……あうあう」

「うう、何だ? 騒がしいなぁ」

「あ、晴明君! 気が付きましたか? あの、一体何があったのでしょうか? それにその怪我、大丈夫です?」


 元気にあたふたする冬馬ちゃんを見て、晴明は安心するのだった。


「ああ、大丈夫。冬馬ちゃんは何も気にしなくていいんだ。もう、みんな終わったんだ。だから大丈夫」


 晴明は自分に言い聞かせるように言った。

 そして思った。


 冬馬ちゃんがこの出来事を覚えていないのなら、告白しようとしていたことも忘れているのではないかと。


「ああ、また振り出しかぁ……」

「振り出し? 何のことですか?」

「いや、こっちの話だから気にしないで」


「そうですか。では気にしませんが、一つ気になることがあるのです」


「何かな?」

「晴明君はいつまで私の上に馬乗りになっているのでしょうか? それに手が……」

「ご、ごめん。色々あって体がうまく動かせなくて。それに手も痺れて感覚が……あっ」


 晴明は気が付いた。


 痺れてしまっている手がどこに置かれているのかを。

 そう、その両手はどっしりと冬馬ちゃんのおっぱいの上に置かれていた。


「と、冬馬ちゃん? そ、そのわざとじゃないんだ! ほら、手の感覚もないし、残念だけど」

「残念だけど? 言い訳している暇があったらさっさとどけてくださいよぅ」


 冬馬ちゃんは自分で晴明の手をどけて立ち上がる。

 晴明はというと立ち上がる体力もないので仰向けに大の字になって倒れた。


 そんな晴明を冬馬ちゃんは上から覗き込んだ。


 晴明の目には大好きな冬馬ちゃんの顔が逆さまに映っていた。


「一体何があったのか分かりませんが、きっと晴明さんは私のために頑張ってくれたんですよね。お疲れ様です」


 心地よい風、冷たい地面、そして冬馬ちゃんの透き通るような声。

 それは晴明にとって、とても幸せな空間だった。


 そして冬馬ちゃんが話を続ける。


「それでお疲れの所悪いのですが、やっぱり無断で私のおっぱいをもてあそんだのは許せないのです」

「も、もてあそぶなんて……」

「ですから責任を取ってもらわないといけませんね」

「責任って、どうしろと?」


 冬馬ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。


「多少のスキンシップが許されるような関係になっちゃえばいいんじゃないかなぁって」

「それって……」


 冬馬ちゃんはしゃがみ込み、晴明の顔をまじまじと見つめながら言うのだった。



御門晴明みかどはるあき君。私は、あなたのことが……大好きです」



 こうして、星がわずかにきらめく寒空の下で、一つの恋が実った。



 変態陰陽師と天才陰陽師。


 彼らの物語は、これからも『愛』と『勇気』と『おっぱい』に満ち溢れていくことだろう。

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