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第19話 百合に挟まる男は許されないけど、百合に挟まる壁は?

(待てよ? 俺がこのままお2人と結ばれたら、お2人の間にあった至高の『百合』は……一体どうなってしまうんだ……!?)


 先ほどまでの至福の温もりが、冷や水でも浴びたようにスッと引いていく。

 オタクとしての致命的なジレンマ。その恐るべき可能性に思い至った瞬間、俺の顔から血の気が一気に失われた。

 ガタガタと小刻みに震え出した俺の異変に、両脇に寄り添っていた2人がきょとんとした顔で顔を上げる。


「悠真……? どうしたの、急に青ざめて」


「もしかして、まだ胃が痛むの……?」


 心配そうに覗き込んでくる社長の美しい瞳。俺の背中に回された篠宮さんの腕の温かい感触。

 ああ、なんという罪深いことをしてしまったのだろう。

 男である俺がこの尊い領域に足を踏み入れれば、お2人の間だけで完結していた純度100%の神聖な百合空間が、物理的にも精神的にも完全に崩壊してしまうではないか。

 なんたる不敬。なんたる冒涜。


「……やってしまった」


「えっ?」


「俺という異物が挟まったことで、お2人の神聖な百合空間が消滅してしまう……ッ! 俺はなんという大罪を……っ!」


 俺は震える手で頭を抱え、ベッドの上でズリズリと後ずさりした。

 先ほど自分で越えたはずの境界線を引き直し、再びただの『壁』に戻ろうとする。


「すみません、やはり今の言葉は忘れてください……! 俺はお2人の幸せを一番近くで見守るただの壁……。お2人の尊い関係を壊すくらいなら、俺は一生、ただの背景として――」


 俺が自己嫌悪にまみれて言葉を並べ立てたその時だった。


「ふふっ」


「……もう、本当に悠真くんはバカなんだから」


 社長と篠宮さんが、ふと顔を見合わせた。

 そして、先ほどまで涙で濡れていたはずの顔に、呆れたような、しかしどこまでも甘く優しい笑みを浮かべた。

 2人はベッドの上を這うようにして再び距離を詰め、逃げようとした俺の体を両側からぴたりと挟み込んだ。


「悠真。私たちが、そんなことで壊れると思ってるの?」


「……社長?」


「凛花って呼んで。……私たちはね、あなたが挟まったくらいで揺らぐような、ヤワな関係じゃないのよ」


 社長の言葉を継ぐように、篠宮さんが俺の左手に自分の手を重ね、さらにその上から社長の右手を引き寄せて、3人の手をきつく結び合わせた。


「そうですよ。一番大切な凛花と一緒に、2人で悠真くんを独り占めする。ずっと3人で、離れずに生きていく。それが私たちの選んだ、新しい形なんですから」


 その言葉と共に、2人の視線が俺の頭越しに交差した。

 ――瞬間。

 俺の網膜に、凄まじい光景が飛び込んできた。


 社長が俺に向ける愛おしげな瞳。篠宮さんが俺に向ける蕩けるような眼差し。

 だが、それは俺という「単一のターゲット」に向けられただけのベクトルではなかった。

 2人とも、俺を愛でるように撫でながら、その実、お互いの呼吸と視線を完璧に同期させていたのだ。

 俺の髪を撫でる社長の右の指先と篠宮さんの左の指先が、まるで一本の指揮棒に導かれるように完全に調和したリズムを刻んでいる。俺という存在を慈しむ行為そのものが、お2人の間の強固な絆と信頼を確認し合う、極上のコミュニケーションへと昇華されている……!


(こ、これは……!)


【百合センサー】が、激しく震動し始めた。

 完全にバグって沈黙してしまったと思い込んでいたセンサーが、ここにきてかつてないほどの反応を示している。

 ――そうか、バグっていたわけじゃなかったんだ!

 氷室本家での極寒の試練や、先ほど俺を看病してくれた時……お2人はただ真っ直ぐに、俺という1人の人間だけを想って涙を流してくれた。純粋に俺だけを見つめる想いだったからこそ、百合にしか反応しないこのセンサーは沈黙していただけだったのだ。

 でも、今は違う。

 お互いが一番大切だからこそ、俺という存在を2人で一緒に愛し抜く。俺を慈しむ行為が、そのままお互いの愛と信頼を確かめ合う証になっている。

 俺個人に向けられた愛情が、お2人が築き上げてきた尊い絆と完璧に溶け合い、かつてないほど温かく、圧倒的な熱量となって俺を包み込んでいるのだ。


 ピピッ、ピピピピピピピピピピッ――!!


 脳内で、かつてない限界突破のファンファーレが鳴り響いた。

 検知不能なレベルの『特大百合波動』が、至近距離から津波のように俺の全身細胞に叩き込まれる。

 限界を迎えて悲鳴を上げていたはずの胃壁が。疲労困憊で軋んでいたはずの筋肉が。

 致死量を超える高純度の百合パワーを浴びたことで、凄まじい勢いで『超回復』を始めていく。


「な……るほど……ッ!」


 体の底から湧き上がる莫大なエネルギーに押し上げられるように、俺の頭の中に、一つの鮮烈な答えが閃いた。


「俺はずっと、お2人の邪魔にならないように、一番外側でただの『壁』として立っているつもりでした。でも……違ったんですね。お2人はいつの間にか俺を真ん中に引き寄せて、両側から優しく囲い込んでくれていた……。壁と壁が繋がって、ここは……『家』になっていたんだ……」


「……え?」


「家、ですか?」


 俺の熱弁に、2人がきょとんと首を傾げる。だが俺はもう止まらない。


「ええ! 俺という壁が、お2人の分厚い壁と一つに繋がることで……ここはついに、お2人と俺を内包する完全な『家』になったのですね! 俺を真ん中にして愛を育むことで、お2人の百合はより熱く、強固に結びつく。百合夫婦とその夫が共に暮らす、世界で一番尊い愛の家……! これはもはや、百合の特異点と呼ぶべき奇跡の構造……ッ!」


 俺のあまりに壮大な(そして相変わらずの)力説を聞き終えると、2人は一瞬ぽかんとした後、同時に「ぷっ」と吹き出した。


「あはははっ! もう、本当に悠真ってば……」


「ふふっ、特異点って……悠真くんらしいですけど」


 呆れたように、けれど心の底から楽しそうに笑い合う2人。

 そして2人は、「……まあ、悠真 (くん)がそれで幸せなら、いっか」とでも言うように、優しく微笑んで俺の胸に同時に顔を埋めた。


「これからも、私たちの真ん中にいてね。悠真」


「ずっと一緒に、この家で暮らしましょう。悠真くん」


 左右から押し当てられる、柔らかくて温かい二つの体温。

 もう逃げようとは一切思わなかった。俺はただ、彼女たちと共に生きる家族として、その温もりを全力で抱きしめ返した。


「……はい。よろしくお願いします……凛花、澪」


 ――かつて、俺はただの壁になりたかった。

 2人を守り、2人の邪魔をせず、ただ世界で一番美しい関係を見守るだけの無機質な背景に。

 しかし、俺たち3人が辿り着いたこの温かい場所には、もはや隔てるための壁などどこにもない。


 百合夫婦の間に挟まったただの偽装夫は今、彼女たちと共に、世界で一番幸せな『家族』になろうとしている。


最後までお読みいただきありがとうございます!


「相馬の壁ムーブが面白い!」「ヒロイン達のすれ違いが尊い!」と少しでも楽しんでいただけましたら、

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※本作はすでに全20話まで執筆済みです。毎日「朝7:00」と「夜19:00」の1日2回、完結まで毎日更新します。ぜひ明日もお待ちしております!

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