シーズン2外伝・第3話:遠い日の足跡と、小さな謝罪
外伝・第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
平和を取り戻したオルテア村に、かつてのダマシテ王国の生き残りが訪れます。
過去の因縁を抱えた者が、新しい世界でどのように自分の居場所を見つけていくのかを描く第3話をお楽しみください。
オルテア村の畑から聞こえてくるのは、土を耕すクワの音と、鳥たちのさえずりだけだった。
かつての殺伐とした空気や、アンデッドのうめき声に怯えて夜を明かした日々が嘘のように、この村には穏やかな時間が流れている。
そんな昼下がり、村の入口に設けられた小さな見張り台の近くを、セレスティアは通りがかっていた。
ふと視線を上げると、見張り台の丸太の上に、ぼんやりと座り込んでいる一人の若い男の姿が目に入った。ボロボロの旅装束を身にまとい、膝を抱えるようにして座っている彼は、昨晩遅くに村へ流れ着いたばかりの旅人だった。
セレスティアは足を止め、男の方へと近づいていく。足音に気づいた男がビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、セレスティアはわずかに目を丸くした。
「……君は」
「あ……ああ……」
男の顔に見覚えがあった。
かつてダマシテ王国の城で、ガルド王の傍らに控え、冷酷な目で自分たちミステ王国の使節を見下ろしていた若い官吏の一人だった。あの時は立派な刺繍の入った制服をまとい、王族の権威を笠に着て尊大な態度をとっていたはずだが、いま目の前にいる彼は見る影もなく痩せ細り、ただの疲れ果てた一人の若者に成り果てていた。
男はセレスティアの姿を認めるやいなや、全身を激しく震わせ、慌てて丸太から転げ落ちるように地面へ這いつくばった。
「も、申し訳ありません……!! 殺さないでください……! 私を罰してください……!」
男の喉から絞り出された声は、恐怖と後悔に満ちてひっくり返っていた。
「あのときは……王の命令だったのです! ミステ王国を裏切ることも、あなたを生贄に捧げることも、すべて上の者たちの決定で……私はただ、従うしかなかったのです……! だ、だが……王国が崩れ、城が燃え落ちたとき、私はようやく気づいたのです。自分たちがどれほど恐ろしい過ちを犯していたのかを……!」
男は地面に額を擦りつけ、大粒の涙をボロボロとこぼした。
ダマシテ王国が滅び去ったあと、彼は組織の庇護を失い、復讐に怯えながら大陸中を逃げ回っていた。そして、この村の名前を聞き、そこにミステ王国の生き残りであるセレスティアが暮らしていると知ったとき、恐怖のあまり逃げ出そうとしながらも、結局は自分の足でこの場所へ引き寄せられてしまったのだ。罪の意識が、彼の心をどこまでも追い詰めていた。
セレスティアは、目の前で震える男をじっと見下ろしていた。
かつて自分の国を売り払い、笑顔で自分を生贄の祭壇へと突き飛ばしたダマシテ王国の関係者。その人間が今、自分の足元で許しを乞うて泣いている。
しかし、セレスティアの胸の内には、かつてのような激しい怒りも、復讐心も湧き上がってこなかった。ただ、かつてこの世界を狂わせた「保身と恐怖のエゴ」がいかに多くの人々を縛り付けていたのかという、哀れみのような感情だけがあった。
「顔を上げなさい」
セレスティアの声は、驚くほど静かで、どこまでも穏やかだった。
「私は、あなたを罰したりしないわ。ここでは誰も、誰かを裁く権利なんて持っていないもの」
「し、しかし……私はあなたを裏切った者の一人だ……!」
「ええ、そうね。あなたがしたことは消えないし、忘れることもできないわ」
セレスティアは真っ直ぐに男を見据え、ハッキリと言い切った。その凛としたトーンに、男はびくりと体を硬直させる。
「でもね、あの終わりの日にすべてが灰になったとき、私は決めたの。過去の恨みに囚われて、いつまでも誰かを憎み続ける人生なんて送らないってね」
セレスティアは一歩近づき、しゃがみ込んで男の目の高さに視線を合わせた。
「あなたが本当に自分の罪を悔い、これまでの生き方を恥じているなら……過去の亡霊に怯えて縮こまるのはやめなさい。ここで一人の人間として、自分の足で土を耕し、明日を生きること。それが、あなたが果たすべき本当の償いなんじゃないかしら」
男は信じられないといった様子で顔を上げ、セレスティアの瞳を見つめた。
そこには怒りも軽蔑もなく、ただ真っ直ぐな再生への道が示されていた。
「私に……生き直すことが、許されるのですか……?」
「許されるかどうかを決めるのは、私じゃないわ。あなた自身よ」
セレスティアはふっと柔らかく微笑み、男の肩にそっと手を置いた。
「お腹が空いているなら、広場に行きなさい。今日のスープはとても温かいわよ」
その日の夕暮れ、オルテア村の広場には相変わらず賑やかな笑い声が響いていた。
大鍋の前に置かれた木のベンチでは、先ほどの若い男が、村の住民たちに混ざってモクモクとスープを口に運んでいた。最初は周囲の目を気にしておずおずとしていた彼だったが、ルリエルが「これ、美味しいよね!」と屈託のない笑顔で声をかけたのをきっかけに、堰を切ったように大粒の涙を流しながら、スープを飲み干した。
少し離れた場所からその様子を眺めていたライルは、呆れたような、しかしどこか満足そうな笑みを浮かべて腕を組んだ。
「まったく、お嬢の懐の深さには毎度驚かされるぜ。元・敵国の官吏までこうして受け入れちまうんだからな」
「受け入れているわけじゃないわ、ライル」
セレスティアは夕日に染まる空を見上げながら、静かに首を横に振った。
「あの人が選んだのよ。過去の恐怖から逃げるのをやめて、この新しい世界で生きていくことをね」
「まあ、いいさ」
ライルはニカッと笑い、愛用の剣の柄を軽く叩いた。
「誰がどこから来たって関係ねえ。この村にいるかぎり、やるべきことは一つだけだ。……明日もいい天気になりそうだな」
過去の呪縛が少しずつほどけ、誰もが自分の足で未来へ歩み出す。
世界は確実に、あの終わりの日の向こう側へと進んでいた。
外伝・第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
かつてダマシテ王国の官吏として生贄の儀式に加担していた男が、オルテア村を訪れ、セレスティアの寛大さと強さに触れて再生への一歩を踏み出す姿を描かせていただきました。
過去の罪とどう向き合い、どう生きていくのかというテーマを深めるエピソードとなりました。
それでは、外伝・第4話でお会いしましょう!




