第3話:崩壊の残響と、歩み出す終焉
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
ダマシテ王国の崩壊は、瞬く間に周辺諸国や最前線の防衛拠点へと伝わっていきます。
「人類最後の希望」が自滅したという絶望的な事実を知ったとき、人々はどのような反応を示すのか。
そして、偽勇者と行動を共にするセレスティアの心境の変化を描きます。
それでは、第3話をお楽しみください。
ダマシテ王国の王都が一日にして壊滅したという情報は、瞬く間に周辺の防衛拠点や、まだ辛うじて持ちこたえている他の都市へと駆け巡った。
それは通信魔導具による冷静な報告ではなく、命からがら逃げ延びた数少ない兵士たちの、恐怖に狂った絶叫によってもたらされた。
「――嘘だ……! そんなはずがあるか! ダマシテ王国の城が、あの鉄壁の要塞が、一晩で跡形もなく消え去っただと……!?」
最前線の要塞都市『グラン・バリア』の司令室で、守備隊長ロドリックは血走った目を剥き、報告をもたらした伝令の胸倉をつかみ上げた。
伝令の男は全身に深い傷を負い、鎧はボロボロにひしゃげている。男の瞳には、常軌を逸した恐怖の色が焼き付いていたままだった。
「本当です……! 我々は……裏切りに加担し、ミステ王国を滅ぼした報いを受けるかのように……夜の闇の中から現れた『それ』に、城ごと蹂躙されたのです……!」
「『それ』だと? 待ちに待った勇者様ではないのか! 王国が召喚に成功したと、昨夜は祝杯をあげていたはずだぞ!」
「違う……あんなものは、勇者などではない……! 300年前の古文書に記された、世界を滅ぼす呪いの化身――『最初の偽勇者』だ……! 王族も、高官たちも、一瞬で肉塊に変えられた……! もうおしまいだ、人類は終わりだ……ッ!」
伝令はそれだけ叫ぶと、恐怖のあまり糸が切れたようにその場に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
司令室にいた他の将校たちも、顔面を蒼白にして言葉を失っていた。ダマシテ王国は、アンデッド軍団の侵略を防ぐための「要」であり、人類の最高権力中枢だった。そこが崩壊したということは、防衛網の精神的・戦略的な支柱が完全に折れたことを意味する。
アンデッド軍団の圧倒的な物量は、今この瞬間も、防衛線の外側で地を揺らしながら迫りつつあった。
味方を裏切り、己の保身のために他国を犠牲にしたダマシテ王国のエゴは、自分たちが作り出した最高最悪の怪異によって、文字通り内側から粉砕されたのだ。その自業自得の結末がもたらしたものは、救いのない絶望的な静寂だけだった。
一方その頃、崩壊し、炎に包まれるダマシテ王国の王都から遠く離れた荒野を、二つの影が歩いていた。
吹き抜ける風は冷たく、空はどこまでも澱んだ灰色をしている。
その道を黙々と歩くのは、全身に呪いの鎖を纏った漆黒の偽勇者と、その後を追うように歩くミステ王国の幼き王女、セレスティア・ミステだった。
「……っ」
セレスティアは小さく息を吐き出し、足を踏み締めた。
王都を出立してから半日以上が経っている。履き慣れない王族用の靴はすでに擦り切れ、足の裏にはいくつもの水ぶくれができ、激しい痛みが走っていた。しかし、彼女は弱音を吐くことができなかった。
少し前を歩く偽勇者は、一度たりとも振り返らない。その背中からは、生者の温もりではなく、底知れぬ冷気と、世界に対する途方もない呪詛の気配が漂っている。
なぜ、自分はこの男についてきているのだろう。
王都の地下祭壇で拘束を解かれたとき、その場で逃げ出すこともできたはずだ。あるいは、あの場で死を選ぶことさえできたかもしれない。
だが、セレスティアの心にあったのは「恐怖」だけではなかった。
(私の国は……ダマシテ王国に騙され、裏切られて滅びた。父も母も、優しい臣下たちも、みんなあいつらの身勝手な都合で殺された……)
胸の奥で、ドス黒い感情が渦を巻く。
ダマシテ王国の王族たちは、その報いを受けて惨たらしく死んだ。彼らが全滅したことは因果応報であり、心の底からざまぁみろとさえ思った。しかし、だからといって失われた故郷や家族が戻ってくるわけではない。世界は相変わらずアンデッドの群れに覆われ、救いなどどこにも存在しない。
ならば、この世界がどうなろうと、自分にとって何の意味があるというのだろう。
すべてを奪われた少女の瞳から、涙はすでに枯れ果てていた。
「……ねえ」
静寂を破るように、セレスティアの掠れた声が荒野に響いた。
偽勇者の足取りが、ぴたりと止まる。男はゆっくりと首だけを後ろに向け、黒く澱んだ瞳で少女を見据えた。言葉はない。ただ、「何の用だ」と問いかけるような冷徹な沈黙があった。
「あなた……本当に、世界を終わらせるつもりなの?」
セレスティアは怯むことなく、その漆黒の瞳をまっすぐに見返しながら問いかけた。
偽勇者は微動だにせず、やがて低い声で、地底から這いずるように応じた。
――この世界に、存続する価値などない。欺瞞と裏切りを重ね、弱者を踏み潰すことでしか成り立たない愚民の群れに、明日を迎える資格はない
その声には、圧倒的なまでの確信と、三百年という途方もない時間をかけて熟成された憎悪が満ちていた。
普通の人間に聞かせれば、恐怖で泡を吹いて気絶するような言葉だった。しかし、すべてを奪われたセレスティアの心には、不思議なほどスッと染み込んでいった。
「……そうね」
セレスティアは自嘲気味に、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべた。その表情は、十二歳の少女のものとしてはあまりにも冷たく、そして美しかった。
「私の国を裏切り、私を生贄に捧げようとしたあいつらも、この世界も、同じだわ。綺麗な言葉の裏で、誰もが他者を踏み台にしている……そんな世界なら、いっそ終わってしまえばいい」
少女の言葉を聞いた偽勇者の瞳の奥で、わずかに黒い炎が揺らいだ。
それは驚きか、あるいは同類を見つけたことへの皮肉な共感か。男は何も言わず、再び前を向いて歩き出した。
――ならば、最後までついて来るがいい。お前のその絶望が、この世界にとどめを刺す最後の引き金になるかもしれないのだから
世界が終わるまでのカウントダウン。
裏切りとエゴによって崩壊した王国を背に、復讐の鬼と化した偽勇者、そしてすべてを失った少女の旅は、終焉へ向けて確かな一歩を踏み出していた。
第3話までお読みいただき、ありがとうございます!
ダマシテ王国の崩壊が周囲に伝わり、絶望が広がっていく様子と、すべてを失ったセレスティアが偽勇者の思想に共鳴していく心理描写を描かせていただきました。
ここから二人がどのようなルートを辿り、世界をどのように終わらせていくのか……物語は本格的な終末へのロードムービーへと突入します。
それでは、第4話でお会いしましょう!




