外伝第2話:地平線の来訪者と、新しい出会い
外伝第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
新しい世界で穏やかな日々を過ごすセレスティアとルリエル。
しかしある日、遠くの地平線から近づいてくる「一つの影」が見つかります。
かつての文明が滅びた世界で、二人は初めて「他の誰か」と遭遇することになり……?
それでは、外伝第2話をお楽しみください。
穏やかな春の訪れとともに、セレスティアとルリエルが建てた木の家周辺の草原には、色とりどりの野花が咲き誇っていた。
かつての殺伐とした戦争の気配や、アンデッドの腐臭など微塵もない。聞こえてくるのは、風が草を揺らす音と、小鳥たちのさえずりだけだった。
その日も、セレスティアは家の前で小さな畑の土を耕し、ルリエルはその傍らで摘んできた花を束ねて花かんむりを作っていた。
「お姉ちゃん、見て! 上手にできたよ!」
ルリエルが嬉しそうに掲げたのは、白や黄色の花が編み込まれた可愛らしい花かんむりだった。
セレスティアは手を止め、ふわりと笑みを浮かべた。
「まあ、とても綺麗ね。ルリエルによく似合ってるわ」
「えへへ、お姉ちゃんにもお揃いであげる!」
ルリエルがセレスティアの頭にそっと花かんむりを乗せると、セレスティアも照れくさそうに目を細めた。
その平和な日常のひとコマが、遠くの地平線から近づいてくる小さな黒い影によって、わずかに変化した。
「……ん?」
ふと、セレスティアの手が止まった。
見慣れない影の存在に気づいた彼女は、反射的に立ち上がり、視線を遠くの草原へと向けた。かつての世界であれば、それは逃げ惑う難民か、あるいは略奪を企む生き残り、もしくはアンデッドの群れを意味していた。
――また、誰かが私たちの平穏を脅かしにくるのだろうか。
胸の奥で、わずかに冷たい警戒の感情がよぎる。かつてダマシテ王国に裏切られた痛みが、心の防衛本能を呼び覚ましていた。
「お姉ちゃん……どうしたの?」
ルリエルが不安そうにセレスティアの裾を引っ張った。
「ううん、大丈夫よ。……あそこに、誰か来ているみたいだから、少し待ってて」
セレスティアはルリエルを家の後ろへそっと促し、自分は一歩前に出てその影を見据えた。
影はゆっくりと、しかし確実にこちらへ歩いてくる。近づくにつれて、それが馬車でも軍勢でもなく、ただ一人の「旅人」であることが分かってきた。
やがて、その人物が足取りを止め、二人の姿を認めて軽く手を挙げた。
「おや、こんな何もない荒野の真ん中に……綺麗な花畑と、素敵なお家があるとは思わなかったな」
声をかけてきたのは、ボロボロの旅装束をまとった若い男だった。
年の頃は二十代半ばほど。武器の類は持っておらず、背負っているのは小さな荷物袋と、使い古された水筒だけだ。彼の顔には、長い旅の疲れと、しかしどこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。
セレスティアは警戒を解かず、冷たい声で問いかけた。
「……あなたは誰? ここには、あなたを驚かせるような財宝も、誰かの支配する街もないわよ」
男は両手を軽く広げ、敵意がないことを示した。
「そんなに警戒しなくても大丈夫さ。僕の名前はライル。ただの旅の者だよ。どこかの国から逃げてきたわけでも、誰かに追われているわけでもない。ただ、この新しくなった世界がどうなっているのか、自分の目で確かめたくて歩いているんだ」
ライルと名乗った男の言葉に、セレスティアはわずかに目を見張った。
「どこかの国から、ではない……?」
「ああ。前の世界じゃ、僕の故郷も大きな帝国に組み伏せられて、税を絞り取られるだけの場所だった。上の連中は『国のため』『神のため』って綺麗な言葉を並べて、僕たちからすべてを奪っていったよ」
ライルは自嘲気味に笑い、懐から小さなお菓子を取り出して、後ろでびくびくしているルリエルに向けてそっと差し出した。
「でもさ、ある日突然、その面倒くさい『国』も『教会』も、全部きれいになくなっちまったんだ。最初は驚いたし、これからどう生きていけばいいか分からなかった。だけど……」
ライルは空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
「誰も僕から何かを奪おうとしない。誰の命令も受けなくていい。ただ自分の意思で歩いて、自分の食べた分の果実を採る。……こんなに自由で、息がしやすい世界は初めてだったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの中で張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩んだ。
この男もまた、かつての身勝手な世界に苦しみ、そしてすべてがリセットされたこの世界で、ようやく自分の足で立ち上がろうとしている旅人なのだと気づいたからだ。
「……そう、ね」
セレスティアは警戒の表情を解き、微かに微笑んだ。
「ここは、誰もが自分の足で生きる世界よ。もう、誰かのエゴに踏み潰される必要なんてない場所だわ」
セレスティアの態度が和らいだのを見て、ルリエルもそっと顔を出し、ライルが差し出したお菓子を恐る恐る受け取った。
「……ありがとう、おじさん」
「おじさんって歳じゃないけどね、どういたしまして」
ライルは楽しそうに笑った。
「もしよかったら、少し休んでいかない? お茶くらいなら淹れられるわ」
セレスティアがそう誘うと、ライルは目を丸くして喜んだ。
「本当かい? ぜひごちそうになるよ。こんな荒野で温かいお茶にありつけるなんて思わなかった!」
かつての憎しみや裏切りで満ちていた世界は消え去り、新しく生まれ変わった大地の上で、かつての被害者たちが「他人」として出会い、穏やかに笑い合う。
それは、偽勇者が残してくれた世界で紡がれる、初めての温かな交流の始まりだった。
外伝第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
新しい世界で、セレスティアたちの前に初めて「他の生存者(旅人)」が現れるエピソードを描かせていただきました。
かつての過酷な世界を生き抜いた者同士が、新しい自由な世界でどのような距離感で生きていくのか、今後も描いていければと思います。
続きの第3話も順次作成してまいりますので、引き続きお楽しみください!




