外伝第1話:星降る夜の新しい始まり
外伝第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
本編では語られなかった「その後」の時間。
すべての文明が消え去り、まっさらな自然に包まれた新しい世界で、セレスティアとルリエルはどのように生きているのか――。
静かで温かな、新しい物語の始まりです。
それでは、外伝第1話をお楽しみください。
すべての歴史がリセットされ、人間の築いた欺瞞の都市も、血塗られた王権も、その痕跡すら残さなかった広大な大地。
そこはかつて、アンデッドの群れと呪いの瘴気に覆われた死の世界だったが、今では季節が巡るごとに豊かな緑が芽吹き、かつての美しい自然を取り戻しつつあった。
かつてのダマシテ王国も、帝国も、聖教会も、もうどこにもない。
地図も、国境も、法律も存在しない世界。人々を縛り付けていた「身勝手なエゴ」という名の重荷もすべて消え去り、風はどこまでも自由く吹き抜けていた。
そんな広大な草原の一角に、小さな木製の家がぽつんと建っていた。
丸太を丁寧に組み合わせ、セレスティアが自分の手で組み立て、ルリエルが手伝って完成させた、世界でたった一つの家だった。
「お姉ちゃーん、お水くってきたよー!」
明るく弾んだ声とともに、亜麻色の髪を揺らした少女が駆けてきた。
ルリエルだった。彼女の手には、近くの小川から汲んできたばかりの清らかな水が入った素焼きの壺がしっかりと握られている。こぼさないように慎重に歩くその表情には、かつて怯えていた頃の影は微塵もなく、年相応の健やかな笑顔が浮かんでいた。
「ありがとう、ルリエル。こぼさず上手に持てたわね」
家の前で木製のテーブルを拭いていたセレスティアは、微笑みながらルリエルの頭を優しく撫でた。
セレスティアの銀の長髪はすっきりと結ばれ、身につけているのはかつての豪華なドレスではなく、動きやすい麻の服だった。しかし、その立ち振る舞いや気高さは、かつてのミステ王国の王女としての気品をどこか感じさせた。
二人は小さなテーブルに向かい合い、お昼の支度を始める。
近くの森で採ってきた木の実や、セレスティアが畑で育てた野菜を使ったスープのいい香りが、穏やかな昼下がりの空気にふわりと広がっていた。
「ねえ、お姉ちゃん。今日の夜も、あの星きれいに出るかな?」
スープをスプーンで口に運びながら、ルリエルが夜空を見上げるようにして尋ねた。
「ええ、きっとね。最近はずっとお天気がいいもの」
セレスティアは微笑み、遠くの地平線を眺めた。
この世界には、もう誰も自分たちを脅かす者はいない。
「国を守るため」「神の教えのため」という綺麗な大義名分の裏で、弱者を切り捨てる為政者もいなければ、生贄を強要する冷酷な王族もいない。誰がどこへ行こうと自由であり、自分の手で明日を掴み取る権利が、すべての人に平等に開かれていた。
夕暮れ時、太陽がゆっくりと地平線の向こうに沈み、空が茜色から深い群青色へと移り変わっていく。
仕事をすべて終えた二人は、家の前に敷いた布の上に寝転がり、頭上に広がり始めた星空を眺めていた。
夜風が心地よく頬を撫でる。
かつて、この世界が滅びの淵にあったとき、同じ星空を見上げた夜があった。あのときは、すべてに対する恨みと絶望の中で、世界の終わりをただ静かに待っていた。
しかし、今のこの星空には、あのときのような冷たさは微塵もなかった。ただ広大で、優しく、自分たちを温かく包み込んでくれるような安心感があった。
「ねえ、お姉ちゃん」
静寂の中で、ルリエルがぽつりと呟いた。
「なぁに?」
「あのね、時々思うの。……私たち、どうして生き残れたんだろうって」
ルリエルの瞳に、星の光が反射してきらりと揺れた。
彼女は、ダマシテ王国の陰謀や帝国の崩壊、そしてすべての世界が呪いの炎に包まれる瞬間を、その小さな目でしっかりと見てきた。多くのものが消え去り、自分たちだけがこの新しい世界にたどり着いたことの意味を、子供なりに考えていたのかもしれない。
セレスティアは少しだけ目を細め、夜空の彼方をじっと見つめた。
その視線の先に映っていたのは、かつて一緒に歩き、すべてを背負って消えていった漆黒の影――偽勇者の姿だった。
彼が残してくれたものは「破壊」だけではなかった。
それは、腐り切った過去を根こそぎ断ち切り、二度と誰にも踏み潰されない「新しい未来」を生きるための、静かな優しさだったのだと、セレスティアは今なら分かっていた。
「私たちはね、生き残ったんじゃないわ」
セレスティアはルリエルの手をそっと握りしめ、優しく語りかけた。
「あの人たちが、自分たちのエゴで手放してしまったものを……私たちが、自分の足でちゃんと拾い集めたのよ。この世界を新しく始めるためにね」
「……新しく、始める?」
「そう。ここから先には、誰も私たちを傷つけるルールなんてない。悲しいことも、理不尽な嘘もないの。だから、私たちは私たちが好きなように、明日を生きることができるのよ」
ルリエルはその言葉をゆっくりとかみしめるように、小さくうなずいた。
そして、セレスティアの手をギュッと握り返し、安心したように目を細めた。
「うん……! じゃあ、明日はいっぱいお花を摘んで、家を飾ろうね」
「ええ、そうしましょう」
静かな夜風が二人の髪を揺らし、新しく生まれ変わった世界の上で、星々が優しく瞬き続けていた。
人間の身勝手なエゴがすべて消え去った静かな大地に、初めて本当の平和な夜が訪れていたのだった。
外伝第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
本編の結末から少し時間が経ち、新しい世界で穏やかに暮らすセレスティアとルリエルの日常を描かせていただきました。
すべての因果が消え去った世界で、二人が見つける小さな幸せと、過去への想いが伝われば幸いです。
続きの第2話も順次作成してまいりますので、引き続きお楽しみください!




