第7話「脱出」
## 第7話「脱出」
### 【あらすじ】
翌朝、外に響くアナウンスは、昨日とは違う内容だった。
正午から始まるという“清掃活動”。
その時聞こえたのは二発の銃声。
彼らの元にも“清掃”の魔の手が伸びる。
### 【本文】
『こんにちは! 人類保護局です!』
インターホンから、元気な男性の声がする。
逃げる準備を終えた二人は、それぞれの荷物を手元に引き寄せたまま、息を止めた。
誰も応答ボタンは押していない。インターホンが勝手に起動したのだ。
エントランスと玄関前、どちらのカメラ映像も表示できる画面に、ロボットの顔が大写しになっている。表示されているのは、この部屋の前だ。
そのロボットは……室内で清掃作業に従事する廉価型だ。カメラには映っていないが、おそらく、その手には銃が握られている。
『川田様のお宅で間違いございませんでしょうか!』
『ご不在でしょうか!』
ロボットはしつこく聞いてくる。
二人は、動けない。
どうしたらいいか全く見当がつかなかった。
『中を確かめますね!』
ロボットがそう言った瞬間、真衣が動いた。
「はい! 川田です!」
インターホンに駆け寄り、叫ぶ。
『おやぁ! ご在宅でしたか? でも、おかしいですね! 声紋が奥様のものと一致しません!』
「つ、妻は外出してます!」
川田も真衣に続いて叫んだ。
住民情報に登録されている杏奈の声紋と、室内から応答した真衣の声紋が一致しない。それだけで、ロボットは即座に違和感を指摘してきた。
『……これはぁ、不貞ですかぁ!』
悪寒が走る。
このロボットの発言。“清掃”という言葉。先ほどの銃声。
――昨日の虐殺。
『おや、煙も検知』
ロボットの声が低くなる。
『この建物は禁煙ですよ』
真衣が口元を押さえ、そばに置いた灰皿へ目を落とす。その表情が、わずかにこわばった。
川田はクローゼットを開ける。
中には、ゴルフクラブ。
「下がっていてください」
覚悟を決めた川田。ゆっくりと後退りする真衣。
『残念ながら……清掃を開始させていただきます』
ロボットがそう告げた直後、玄関の電子錠がひとりでに解除された。
扉が開き、靴箱を使ったバリケードにぶつかって止まる。
しかし、ロボットは構わず外側から扉を押し込んだ。重い靴箱が床をこすり、少しずつ隙間が広がっていく。
その隙間から、銃を握った手が見えた。
やがて、バリケード越しにロボットの頭部が覗いた瞬間――
「うわぁァァァ!!!!」
川田は思いっきりロボットの頭部をめがけて、ゴルフクラブを振った。
――ガァン!!!
――バァン!!
クラブがロボットのメインカメラを砕く。ロボットの照準が乱れ、放たれた銃弾は川田のそばをかすめて天井へ突き刺さった。
ロボットは大きく体勢を崩した。それでも完全には停止せず、割れたカメラを明滅させながら起き上がろうとしている。
「逃げるぞ!!!!」
川田が叫ぶ。
◇◇◇◇◇◇
無我夢中で階段を降りる。
食料と水を満載したリュックを背負った川田。
タブレットとタバコを入れたバッグを肩にかけ、川田を追う真衣。
(室内用のロボットで良かった! 特にあのタイプは廉価型。耐久度は大したことない)
(それより……これからどうする!?)
とにかく逃げるしかない。
しかし、どこへ――?
(外に出るしかない、か!?)
幸い、一階に駆け降りるまで、別のロボットの姿はなかった。
メインエントランスを抜ける。
「これ、まずいんじゃないですか!?」
真衣が叫ぶ。
「何がだ!」
「ほら、これって誰が通ったかわかるやつじゃ!」
「そんなの関係あるか! その気になれば通路は全部監視カメラで見れる!」
川田の言葉を裏付けるように、“何か”が乗ったエレベーターが一階に到着した。
「走るぞ!!」
そのままマンション前の通りに出る。昨日は大渋滞だったが、立ち往生した車両はいつの間にか完全に撤去されていた。
しかし……視界に入るだけでも、数体のロボットがいる。
距離はあるが、すでにこちらに気づいているようだ。
(……ダメだ)
どちらに走ることもできない。
(杏奈、千花……すまん――)
川田が諦めかけたその時。
――ブオォォォ!!!
目の前の通りに、黒光りするスポーツカーが現れた。
「乗れ!!!」
川田たちの前に停車すると、後部座席のドアが開く。
二人に、迷っている暇はなかった。
転がり込むように乗り、車はすぐに発車した。
◇◇◇◇◇◇
東京の道路を爆走するスポーツカー。
信号は消え、他に走っている車もない。
この車両の通行を妨げるものは、何もなかった。
「落ち着いたか、嬢ちゃんたち」
しばらく走った後、運転手の男が口を開く。
ドレッドヘアが印象的な……サングラスの黒人男性。
とにかくガタイがいい。運転席が狭そうだ。
「銃声が聞こえて気になって寄ってみりゃ、こりゃ一体何があったんだ?」
「な、何がって――」
川田と真衣は顔を見合わせる。
――ドガシャァアァン!!!!
ものすごい音を立てて車体が揺れる。
「な、なんなんですか!?」
「いやぁ、ちょっと“障害物”をぶっ飛ばしただけさ。ハッハッハ!!」
男は豪快に笑う。
電子バックミラーには地面に叩きつけられるロボットが映る。
(やばい人に助けられてしまったかもしれない)
川田は戦慄した。
真衣は震える手でタバコを咥えた。
「おー嬢ちゃん! いいもん持ってるじゃねえか! こりゃいいことはするもんだな!」
男は真衣のタバコを見ると、そう言った。
「一本、くんねえか? それで貸し借りなしってことでよ」
真衣は黙って、未開封の箱を差し出した。
「オーマイガッ! 良いのかよ! こりゃ借りができちまったな!」
男は上機嫌でタバコを受け取り、開封し始める。
「ちょちょちょ! ハンドル!」
「ンァあ? こいつは“頑丈”だ。ちょっとやそっとぶつけたぐらいじゃ――」
――ガガガガガガ!!!!!
車体がガードレールに擦り付けられた。
男はタバコに火をつけ終えると、ようやくハンドルを握り直した。
「ふーッ! やっぱ紙巻きはサイコーだな。こんなご時世になっても手に入らんもんは入らんからな」
豪快に煙を吐く男。
そして――
「そろそろ、自己紹介といくか」
男は振り返り、サングラスを外す。
「俺は、“ジュニア”ってんだ。見た目は人間、中身の大半が機械でできたサイボーグってやつだ」
サングラスの奥で、青白い光が明滅する。
瞳の奥にある絞りが、小さな駆動音とともに川田たちへ焦点を合わせた。
男の眼は、機械の眼だった。




