第43話「弔い」
## 第43話「弔い」
### 【あらすじ】
多大な犠牲を払いながら、人工心臓を持ち帰った川田と真衣。
息つく暇もなく、ジュニアの救出作業が始まり――
### 【本文】
地下基地、地下三階。宴会ホール。
本来なら、賑やかな催しでも行うべきこの空間は今、重苦しい空気に包まれていた。
――簡易的に行われた、この作戦で失われた命に対する弔い。
葬式とすら呼べないような、粗末な式。
津田隊員は、家族もこの地下基地にいたようだ。
両親と、彼女の夫らしき男は、式が終わっても悲しみに暮れたまま、居住区画に戻った。運営委員の計らいで、部屋の等級が上がったと聞いた時、川田は複雑な心境になった。
若林隊員は、独り身だったようだ。
家族は、この地下基地にはいなかった。だが、彼の死を悲しむものは多くいた。隊の中でも慕われていた出世頭だったらしい。川田がのちに他の隊員から聞いた話だと、『俺にもしものことがあったら、あとは頼む』と、飯島は、彼にそう伝えていたそうだ。
松田隊員は、この事態より前に両親を亡くしていたらしい。
だが、妻が地下基地にいた。彼女は、真衣に彼の最期について聞いていた。
――どんな話をしたのかはわからない。だが、話の最後で、彼女は膝をついて泣いた。その気持ちは、川田にも痛いほどわかった。
彼女は真衣を責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ泣き、去った。一言、『夫を連れて帰ってきてくれてありがとう』とだけ、残して。
飯島の安否を最初に尋ねてきたのは、ジュニアの経過観察を終えた榊女医だった。
川田が、彼が運転していたバンの惨状、津田隊員の最期、そして安否を確認する暇さえなかったことを伝えると、榊女医は『そう』とだけ言って立ち去った。
これも、川田は後で聞いた話だ。榊女医と飯島は、“そういう関係”だったらしい。
妻を亡くし、傷心だった飯島を支えた榊女医。二人の関係は、唐突に終わりを迎えた。
川田は今、そんな式が終わった宴会場に一人。
真衣と澪は、先に部屋に戻った。
澪は……この式で、何かを感じ取ったようだった。
自分が置かれた状況が、決して珍しいことではないということ。それでも、悲しみは薄れないということ。
悲痛に沈む人々を見て、澪もつられるように涙した。それは、誰に向けられたものでもなかった。だが、同時に何かを彼女にもたらした。その後、澪はまた元気に喋るようになった。地下基地ですれ違う人たちとも、よく話すようになった。
悲しみは消えない。
――抱えたまま、進む覚悟ができたのか。それは、誰にもわからない。
「おう兄ちゃん、どうだ、足は」
そんなことを考えていた川田の元に、ジュニアが現れた。
「……おかげさまで、自分で車椅子を動かすくらいには」
「…………なんつーかよ、悪かったな」
「……ジュニアさんのせいじゃないですよ。皆さんは……自分たちの目的のために、ジュニアさんを必要としていた。ただそれだけです」
「それがいまいちピンときてねえんだがな……払われた犠牲以上の価値が、俺にあるとは到底思えねえ」
「…………そうですね。命より、大事なものなんて、そうそうないですよ」
「……悪い、ガラにもないこと言っちまったな」
「たまにはいいんじゃないですか? 人間らしくて」
「お……それはいいジョークだな」
「…………」
「…………」
その後、しばらく川田はジュニアと談笑した。
お互いの家族のこと、この事件を通して感じたこと。そして、これからのこと。
部屋に戻り、真衣と澪も交えて話をした。
四人は、今後もこの地下基地で過ごすことを決め、それを運営委員会に伝えた。
彼らは、四人を歓迎した。
新たな生活が、幕を開けようとしている……。
◇◇◇◇◇◇
「川田さん、これ」
ある日、日課となっていた足のリハビリを終えると、榊女医が川田に何かを手渡してきた。
「……メモ? なんですか、これ」
「…………いつ渡すか迷ってたんだけど……あなたの奥さん――杏奈さんの遺体から回収したメモよ」
「……え?」
「今の今まで、情報統括ブースで内容について調査してたの。それが終わったから、あなたに」
川田はメモを受け取る。
コンビニで売っているような簡素なメモ帳。雑多にめくると、そこには、保護局に行った後のことを書き留めているらしいことがわかった。
「これを……俺に渡せるってことは、見せてもいい情報、ということですよね?」
「久世さんは、あなたの見解を聞きたいそうよ。あなたたちがここに残ると聞いて、一番喜んでたのはあの人かもね」
そうなのか……と川田は妙に思いながら、そのメモを読んだ。
・仕事 子供達へ授業をすること
・担当 のちほど担当児童が指示されるらしい
・内容 国語、数学、理科、社会 一般的な基礎教養
・注意 家に帰れない不安や恐怖を煽らないように。ここにいる限り安全だということを強調すること
・ルールを遵守させること。ルールが守れない人間や、乱暴、粗野な言動は集計し、報告すること
・各教科のテストを定期的に実施すること。結果を報告すること。
・これらの報告は初等教育が終了した段階で全体集計され、評価基準に達しているかどうかの判断に使用される。基準に達しなかった場合どうなるのかは、頑なに教えてくれない
・娘について
川田の読む手が止まった。
保護局での二人の生活。それは、川田がずっと気にかけていたことだった。
千花にとっては、母と過ごした最後の記憶になる。それが、すこしでも愛のある時間であればと願ったが――
・娘について
私が引率の先生として選ばれた理由を聞いた。『保護作業中の振る舞いから総合的に判断して』とのことだった。それなら。と思い、娘と一緒に過ごすことはできないかと聞いた。『特別扱いはできない』と一蹴された。
川田の手に力がこもる。
――既に、川田のロボットに対する憎悪は頂点に達していた。
愛する妻と、娘の最後の時間すら、奪われていたことを知って、穏やかでいられるはずもなかった。
「……お気持ちは……察するに余りあるわ」
「すみません……怒らせるために、これを見せたわけではないですよね」
「ええ……久世さんは『見解を問う』と」
川田は、震える手を抑え、少し考えた。
「…………あくまで想像ですが」
「聞かせてくれるかしら」
「……子供たち……それも、初等教育を終えていない児童だけを集めるというのは、ある種……“まだ間に合う”対象を集めているのでは……というのは以前から考えていました」
榊女医は、黙って川田の話を聞く。
「それに……杏奈が遺してくれた情報を加えると……やはり、AIは人類に対して、敵意を持って……それこそ、“排除しよう”という意図はないように思います」
「あれだけの人を殺しているのに?」
「数は……きっと奴らには関係ないんでしょう」
榊女医は、川田の声が震えているのに気づく。それが、恐怖からくる震えではないことにも。
「AIにとって……都合のいい人類を作り出そうという意図も、意味も感じられません。わざわざ一箇所に集めて、初等教育を行う必要がないですからね。知識に関しては常にAIに軍配が上がりますから」
「……じゃあ――」
「“保護”という、単語がずっと気になっているんです」
「“保護”……」
「もし、この異常が、AIたちの行動が、本当に“保護”だとしたら……? 時折、そんなことを考えます」
「…………驚いたわ。あなたも、久世さんと同じ結論に辿り着くのね」
川田は、構わず続ける。
「既に、人間は破滅の道を進んでいて、それを止めるには、初等教育のタイミングで軌道修正をする必要があるとAIが判断したとしたら――」
「奴らの行動の全てに、説明がつきます」
「ルールを守らない人間は即時排除。初等教育を終えていない個人は対象外。教育の結果で、“残すべきか”決める」
「理論上、これで戦争も食料問題も……環境問題すら解決します。人口の増減もAIが管理すれば何の問題も起こりません。貨幣経済が抱える格差問題すらも――」
川田は、自らが口にする恐ろしい考えに、思考が後追いするような感覚を覚える。
決してあってはならないことだった。人権や、人間個人レベルの感情を一切無視した“保護”。
だが、彼のこれまでの経験が、その考えを否定しない。それどころか、強く肯定すらしてくるのだ。
「……もう十分よ。わかったわ」
いつの間にか、川田の頬には涙が伝っていた。
行き場のない、名前のない感情。
怒りであった。だが、それは、誰に対して?
悲しみであった。だが、その涙は枯れたはずだった。
憎しみであった。だが、虚しさが残る。
衝動であった。だが、それをすれば、また誰かが死ぬ。
――次は、今度こそ自分かもしれない。
「……久世さんに、会ってもらうわ」
「……え?」
掻き乱された川田の情緒が、一気に現実に引き戻された。
「…………試すようなことしてごめんなさいね。ここの代表の指示だから」
「どういう……ことですか」
「それは、久世さんから聞いて」
榊女医もまた、複雑な感情の中にいる。
川田は、もはやただの住人ではいられなくなっていた。
きっと、この地下基地の未来に関する話があるだろう。
川田は、そう考えながら頷いた。
(どうあれ、俺は、千花を探す。だが、無理をすれば仲間に危険が及ぶ)
川田は、この先の行動を決めきれずにいた。
その答えが、久世との対面の先にあるのか。誰もわからぬ問いであったが、川田は進む。
――この暗闇の先、一縷の光を目指して。




