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人類保護区  作者: プロテイン長田
第9章「救いと代償」

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第43話「弔い」

## 第43話「弔い」


### 【あらすじ】


 多大な犠牲を払いながら、人工心臓を持ち帰った川田と真衣。


 息つく暇もなく、ジュニアの救出作業が始まり――


### 【本文】


 地下基地、地下三階。宴会ホール。


 本来なら、賑やかな催しでも行うべきこの空間は今、重苦しい空気に包まれていた。


 ――簡易的に行われた、この作戦で失われた命に対する弔い。


 葬式とすら呼べないような、粗末な式。


 津田隊員は、家族もこの地下基地にいたようだ。


 両親と、彼女の夫らしき男は、式が終わっても悲しみに暮れたまま、居住区画に戻った。運営委員の計らいで、部屋の等級が上がったと聞いた時、川田は複雑な心境になった。


 若林隊員は、独り身だったようだ。


 家族は、この地下基地にはいなかった。だが、彼の死を悲しむものは多くいた。隊の中でも慕われていた出世頭だったらしい。川田がのちに他の隊員から聞いた話だと、『俺にもしものことがあったら、あとは頼む』と、飯島は、彼にそう伝えていたそうだ。


 松田隊員は、この事態より前に両親を亡くしていたらしい。


 だが、妻が地下基地にいた。彼女は、真衣に彼の最期について聞いていた。


 ――どんな話をしたのかはわからない。だが、話の最後で、彼女は膝をついて泣いた。その気持ちは、川田にも痛いほどわかった。


 彼女は真衣を責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ泣き、去った。一言、『夫を連れて帰ってきてくれてありがとう』とだけ、残して。


 飯島の安否を最初に尋ねてきたのは、ジュニアの経過観察を終えた榊女医だった。


 川田が、彼が運転していたバンの惨状、津田隊員の最期、そして安否を確認する暇さえなかったことを伝えると、榊女医は『そう』とだけ言って立ち去った。


 これも、川田は後で聞いた話だ。榊女医と飯島は、“そういう関係”だったらしい。


 妻を亡くし、傷心だった飯島を支えた榊女医。二人の関係は、唐突に終わりを迎えた。


 川田は今、そんな式が終わった宴会場に一人。


 真衣と澪は、先に部屋に戻った。


 澪は……この式で、何かを感じ取ったようだった。


 自分が置かれた状況が、決して珍しいことではないということ。それでも、悲しみは薄れないということ。


 悲痛に沈む人々を見て、澪もつられるように涙した。それは、誰に向けられたものでもなかった。だが、同時に何かを彼女にもたらした。その後、澪はまた元気に喋るようになった。地下基地ですれ違う人たちとも、よく話すようになった。


 悲しみは消えない。


 ――抱えたまま、進む覚悟ができたのか。それは、誰にもわからない。


「おう兄ちゃん、どうだ、足は」


 そんなことを考えていた川田の元に、ジュニアが現れた。


「……おかげさまで、自分で車椅子を動かすくらいには」


「…………なんつーかよ、悪かったな」


「……ジュニアさんのせいじゃないですよ。皆さんは……自分たちの目的のために、ジュニアさんを必要としていた。ただそれだけです」


「それがいまいちピンときてねえんだがな……払われた犠牲以上の価値が、俺にあるとは到底思えねえ」


「…………そうですね。命より、大事なものなんて、そうそうないですよ」


「……悪い、ガラにもないこと言っちまったな」


「たまにはいいんじゃないですか? 人間らしくて」


「お……それはいいジョークだな」


「…………」


「…………」


 その後、しばらく川田はジュニアと談笑した。


 お互いの家族のこと、この事件を通して感じたこと。そして、これからのこと。


 部屋に戻り、真衣と澪も交えて話をした。


 四人は、今後もこの地下基地で過ごすことを決め、それを運営委員会に伝えた。


 彼らは、四人を歓迎した。


 新たな生活が、幕を開けようとしている……。


◇◇◇◇◇◇


「川田さん、これ」


 ある日、日課となっていた足のリハビリを終えると、榊女医が川田に何かを手渡してきた。


「……メモ? なんですか、これ」


「…………いつ渡すか迷ってたんだけど……あなたの奥さん――杏奈さんの遺体から回収したメモよ」


「……え?」


「今の今まで、情報統括ブースで内容について調査してたの。それが終わったから、あなたに」


 川田はメモを受け取る。


 コンビニで売っているような簡素なメモ帳。雑多にめくると、そこには、保護局に行った後のことを書き留めているらしいことがわかった。


「これを……俺に渡せるってことは、見せてもいい情報、ということですよね?」


「久世さんは、あなたの見解を聞きたいそうよ。あなたたちがここに残ると聞いて、一番喜んでたのはあの人かもね」


 そうなのか……と川田は妙に思いながら、そのメモを読んだ。


・仕事 子供達へ授業をすること


・担当 のちほど担当児童が指示されるらしい


・内容 国語、数学、理科、社会 一般的な基礎教養


・注意 家に帰れない不安や恐怖を煽らないように。ここにいる限り安全だということを強調すること


・ルールを遵守させること。ルールが守れない人間や、乱暴、粗野な言動は集計し、報告すること


・各教科のテストを定期的に実施すること。結果を報告すること。


・これらの報告は初等教育が終了した段階で全体集計され、評価基準に達しているかどうかの判断に使用される。基準に達しなかった場合どうなるのかは、頑なに教えてくれない


・娘について


 川田の読む手が止まった。


 保護局での二人の生活。それは、川田がずっと気にかけていたことだった。


 千花にとっては、母と過ごした最後の記憶になる。それが、すこしでも愛のある時間であればと願ったが――


・娘について


 私が引率の先生として選ばれた理由を聞いた。『保護作業中の振る舞いから総合的に判断して』とのことだった。それなら。と思い、娘と一緒に過ごすことはできないかと聞いた。『特別扱いはできない』と一蹴された。


 川田の手に力がこもる。


 ――既に、川田のロボットに対する憎悪は頂点に達していた。


 愛する妻と、娘の最後の時間すら、奪われていたことを知って、穏やかでいられるはずもなかった。


「……お気持ちは……察するに余りあるわ」


「すみません……怒らせるために、これを見せたわけではないですよね」


「ええ……久世さんは『見解を問う』と」


 川田は、震える手を抑え、少し考えた。


「…………あくまで想像ですが」


「聞かせてくれるかしら」


「……子供たち……それも、初等教育を終えていない児童だけを集めるというのは、ある種……“まだ間に合う”対象を集めているのでは……というのは以前から考えていました」


 榊女医は、黙って川田の話を聞く。


「それに……杏奈が遺してくれた情報を加えると……やはり、AIは人類に対して、敵意を持って……それこそ、“排除しよう”という意図はないように思います」


「あれだけの人を殺しているのに?」


「数は……きっと奴らには関係ないんでしょう」


 榊女医は、川田の声が震えているのに気づく。それが、恐怖からくる震えではないことにも。


「AIにとって……都合のいい人類を作り出そうという意図も、意味も感じられません。わざわざ一箇所に集めて、初等教育を行う必要がないですからね。知識に関しては常にAIに軍配が上がりますから」


「……じゃあ――」


「“保護”という、単語がずっと気になっているんです」


「“保護”……」


「もし、この異常が、AIたちの行動が、本当に“保護”だとしたら……? 時折、そんなことを考えます」


「…………驚いたわ。あなたも、久世さんと同じ結論に辿り着くのね」


 川田は、構わず続ける。


「既に、人間は破滅の道を進んでいて、それを止めるには、初等教育のタイミングで軌道修正をする必要があるとAIが判断したとしたら――」


「奴らの行動の全てに、説明がつきます」


「ルールを守らない人間は即時排除。初等教育を終えていない個人は対象外。教育の結果で、“残すべきか”決める」


「理論上、これで戦争も食料問題も……環境問題すら解決します。人口の増減もAIが管理すれば何の問題も起こりません。貨幣経済が抱える格差問題すらも――」


 川田は、自らが口にする恐ろしい考えに、思考が後追いするような感覚を覚える。


 決してあってはならないことだった。人権や、人間個人レベルの感情を一切無視した“保護”。


 だが、彼のこれまでの経験が、その考えを否定しない。それどころか、強く肯定すらしてくるのだ。


「……もう十分よ。わかったわ」


 いつの間にか、川田の頬には涙が伝っていた。


 行き場のない、名前のない感情。


 怒りであった。だが、それは、誰に対して?


 悲しみであった。だが、その涙は枯れたはずだった。


 憎しみであった。だが、虚しさが残る。


 衝動であった。だが、それをすれば、また誰かが死ぬ。


 ――次は、今度こそ自分かもしれない。


「……久世さんに、会ってもらうわ」


「……え?」


 掻き乱された川田の情緒が、一気に現実に引き戻された。


「…………試すようなことしてごめんなさいね。ここの代表の指示だから」


「どういう……ことですか」


「それは、久世さんから聞いて」


 榊女医もまた、複雑な感情の中にいる。


 川田は、もはやただの住人ではいられなくなっていた。


 きっと、この地下基地の未来に関する話があるだろう。


 川田は、そう考えながら頷いた。


(どうあれ、俺は、千花を探す。だが、無理をすれば仲間に危険が及ぶ)


 川田は、この先の行動を決めきれずにいた。


 その答えが、久世との対面の先にあるのか。誰もわからぬ問いであったが、川田は進む。


 ――この暗闇の先、一縷の光を目指して。

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