第42話「命」
## 第42話「命」
### 【あらすじ】
ジュニアはもってあと数十分の命だった。
死線を越えて生き残った川田と真衣は、息つく暇もなく地下基地を目指す。
### 【本文】
地下基地の地上、久世邸が見えた。
その外には、二体の偽装体。
川田たちの車両を見つけた途端、彼らはぎこちないモーションで急ぐように急かしてきた。
「川田さん」
真衣が言うと、川田は呻きながら体を起こした。
「急いだ方がよさそうです」
川田は、ゆっくり頷く。
真衣は促されるままに門をくぐり、そのまま地下の搬入口へ車を走らせる。
「急げ! 間に合わなくなるぞ――」
車を止めた瞬間、基地に残っていた部隊員が叫ぶ。
「物は……後部座席です……後ろからしか出せません」
川田は、痛みに耐えながら言う。
部隊員は、川田の様子を気にも留めずに、荷台を開けた。
「っ……松田……か?」
(松田……それがあの隊員の名前、か)
川田はぐったりしながら思う。
「何をしてる! 急げ!」
別の男が叫ぶと、隊員たちは我に返ったようにダンボールを運び出す。
その過程で、松田隊員の遺体も運び出された。川田の指示で予備としてもってきた分は車内に残された。
嵐のように回収作業は終えられ、川田たちは車内に残された。
「ねぎらいも、弔いの言葉もなしですか――」
「仕方……ないですよ。ジュニアさんを助けるのが……先決、ですから」
「川田さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫……に、見えますか?」
「っ……すみません」
「…………」
川田には、もう余裕が一切なかった。足の痛みはすでに体全体を支配しており、それに耐えることで精一杯だった。
「…………そろそろ、俺たちも――行きますか」
「な、何言ってるんですか!?」
しかし――川田は自分の役割もまた、自覚していた。
ジュニアの心臓パーツ換装。
“有識者”である自分がいなければ、正しい工程が守られる保証がなかった。
その時――搬入口にガラガラとストレッチャーが運び込まれてきた。
「お前も来い」
冷徹な言葉だった。だが、お互いにジュニアを救うという目的は同じ。川田は、静かに頷いた。
◇◇◇◇◇◇
川田は、最下層への道すがら、医務室で車いすに乗せ替えられた。
そのまま、真衣がエレベーターまで押して行き、最下層へと入る。
――準備は万端だった。
胸部ユニットが露出したジュニア。
榊女医が、到着した川田を見るや否や、駆け寄ってくる。
「詳しい話は後で聞かせてもらうわ。今は、どうするべきか聞かせて」
――“詳しい話”とは、飯島たちのことだろう。川田は承知の上で話し始める。
「俺も……機械の専門家ではないです。機能の話しかできません」
榊女医は、ゆっくり頷いた。
「回収してきたユニットは……医療用の、人工心臓です。使うためには、本来……大掛かりな外科手術が伴います」
その間も、段ボールが開梱され、厳重に包装された内部から、機器が取り出されていく。
「ですが……今回は、その工程は、スキップできます。ほとんどの機器は……使用しません。今回は、メインの循環部分だけ、使います」
痛みに耐えながら、途切れ途切れに話す川田の指示で、その必要部分のパーツが探される。
「問題は、交換中、ジュニアさんの……擬似血液の循環が、止まるということです。榊さん……」
「今は、彼の血液中の酸素濃度が低下して意識が混濁してる状況よ。後数分もすれば、心停止も同然の状況になる。それを考慮しても……止められるのは数十秒が限界。それ以上は、脳に致命的な損傷が起こり得るわ」
「……十分です。外して付け替える部品は、そう多くない……ですから」
「……あなたがやる気なの?」
「…………他に誰が――」
「私がやるわ。外科手術の執刀経験もあるから。あなた、その体でうまくやれると思ってるの?」
榊女医は、そう言いながら川田から換装パーツを受け取る。
「おう……兄ちゃん、か……?」
榊女医がパーツの換装部分を確認していると、ジュニアが目を覚まし、川田を呼んだ。
「ジュニアさん……ダメですよ、喋っちゃ――」
「いいじゃねえか。今生の別れかも知んねえんだからよ」
「そんな、縁起の悪いこと――」
「おうおう、ひでえザマだなあ。ま、お互い様か」
ジュニアの視線が、川田の足に向く。
「準備できたわ。悪いけど、先に麻酔を入れるわよ」
榊女医が会話を遮って言う。
「さて……次に目覚めるのは、この世かあの世か――」
ジュニアは目を閉じた。
「あの世いきなら――せっかくなら、“機械のあの世”がいい」
ジュニアはそう言い残し、眠りについた。
「……始めるわよ」
――作業が、始まる。
◇◇◇◇◇◇
「ご主人様、おかえりなさいませ」
「……ん? なんだこりゃ――ってお前……」
ジュニアが次に意識を取り戻すと、目の前に、破壊してしまったはずの執事ロボットが、綺麗な姿で現れた。
「……こりゃ驚いた。本当に機械用のあの世に――」
「ご主人様、おかえりのところ申し訳ないのですが、少しお早い到着なのでは?」
「早いも遅いもねえだろ。これが俺の最期さ。最後の最後で看取ってほしい連中に会えた。十分幸せさ」
「左様でございますか……それは、私としても嬉しゅうございます」
「……奇妙なもんだよな。ついこの前までは“もうどうなってもいい”なんて思ってたが……今は――」
「その言葉は、目覚めてから、ご主人様にとっての大切な方々にしてあげてくださいませ」
「……ああ? 何言ってんだ? 俺はもう――」
「申した通りにございます。ご主人様、少し来るのが早かったようですね」
ジュニアの視界が揺らぐ。
「な……なんだ……? おい! 待て! 俺は――」
ジュニアは、光の中に落ちていくような感覚に襲われた。
「本当に、良い出会いだったようですね。ご主人様。私は嬉しゅうございます――」
ジュニアのこの記憶は、夢か現か――




