第4話「隣人」
### 第4話「隣人」
#### 【あらすじ】
ロボットたちによる“治安維持”は苛烈を極めた。
暴徒鎮圧の名目で、外出する人間を片っ端から始末していく。
川田はそんな状況でも家族を想うが、ただのサラリーマンである彼にはどうすることもできない。
そんな状況で、何者かが扉をノックしてきて――?
#### 【本文】
川田の自宅。その玄関。
靴箱を使ったバリケードの向こうから、確かに聞こえたノックの音。
(奴らなら……ノックをする必要は無いはず……いや、人間のふりをしているのか――)
AI機器が何をしてくるのか、もはや川田には想像もできなかった。
給仕ロボットが拳銃を持って外を徘徊しているのだから無理もない。
(開けるべきか……このまま居留守を――)
川田がどうすべきか決めあぐねていると――
「……どなたも、いらっしゃいませんか?」
声がした。
小さく、か弱い女性の声だった。
「……人間、か?」
川田自身、驚くほど自然に出た疑いの言葉。
「はい。人間です」
相手は、そんな川田の疑いを気にする様子もなく、即座に答えた。
「…………証拠はあるか」
「……証明は、難しいです」
(ここで無闇に何かしようとしないのは、人間らしいな)
「用を聞いてもいいか」
川田の語気が少しだけ優しくなった。
「……食料を、分けてほしくて」
「……何?」
川田は訝しんだ。
この事態が始まったのは、せいぜい数時間前だ。
それなのに、もう食料が無い――?
「お恥ずかしながら……食事はデリバリーに頼ってまして――」
(……まぁ、そういうこともあるか)
「……悪いが、こっちも備蓄があるわけじゃないんだ」
「……そうですか」
扉の向こうの女性は、残念そうに言った後、少し待って続ける。
「……では、何か欲しいものはありませんか」
「欲しいもの……?」
予想外の返しだった。
(交渉しよう……ということか)
考えた。
答えは、明白だった。
「……火、だな」
「火、ですか?」
「こっちは自炊がメインなんだ」
「あっ……なるほど」
川田はこのタイミングで確信した。
この女性はロボットではない……可能性が高い。
話すタイミング……間の取り方、リアクションの種類。
どれも少しずつ“揺らぎ”があった。
この情緒を再現できる製品を、川田は知らない。
「少し……待っていてください」
女性はそう言った。
川田は自社製品の会話性能をPRするために、AIと延々と会話するテストを何度も行っていた。
そのため彼は、AIとのやり取りがいかに“論理整然”としているかを知っていた。
(悪いことをしたな)
少々の罪悪感に苛まされながら、川田は彼女を待った。
◇◇◇◇◇◇
彼女が戻ってきたのは数分後。
「……ライターが、いくつか、あります」
「ライター? なんでまたそんなものを――」
「タバコ、吸うので」
「まさか、“紙巻き”か?」
「はい。やっぱり珍しいですかね、今どき」
「いや珍しいっていうか……どこで吸うんだ」
「それ用の工事を、部屋に」
「マジでか」
川田は悩んだ。
火があれば、食べられる備蓄はかなり増えることになる。
まともな調理は望めないだろうが……。
「あの、そろそろ開けていただけると」
女性が急に焦り始めた。
「どうした?」
「……誰か来ます」
「人か」
「多分違います!」
川田はその言葉を聞き、迷わずバリケードをどかそうとしたが、手が止まる。
それでも迷いを振り切り、バリケードをどかして扉に手をかける。
もし、彼女に接近しているのが“奴ら”なら――
これ以上の躊躇は、家族に顔向けできない事態になる。
「入れ!」
◇◇◇◇◇◇
女性を部屋に引き入れ、扉を閉める。
「あ、ありがとうござ――」
「喋るな」
川田はピシャリと言った。
「…………」
――コツ……コツ……
街は、静まり返っている。
人も、車も往来しない街は、静かだ。
マンションの通路に響く、足音。
人かもしれない。
人ではないかもしれない。
緊張感が、走る。
――コツ……コツ……
足音が、川田の部屋の前で止まった。
「…………」
「…………」
二人は息を殺した。
無限とも思える時間が過ぎていく。
――コツ……コツ……
しばらくして、足音は遠ざかっていった。
◇◇◇◇◇◇
「ありがとうございます。入れていただいて」
川田が迎え入れた女性は、二十代半ばほどに見えた。
長身で細身、長い黒髪を持つ、やつれた印象の女性。
「…………悪いな。俺が躊躇したせいで」
「そんな、話こそ聞いてくれましたが、扉を開けてもらえたのは始めてです」
話によると、女性はしばらく近くの部屋を回っていたらしい。
「よく無事だったな」
「いえ、自分以外の誰かに遭遇しそうになったのは、さっきが初めてです」
女性のその話は、“今さっき奴らが建物内に侵入した”可能性を示していた。
「……で? それか」
女性は手提げカバンを持っていた。
「はい」
「うわっ……すごいな」
中を見ると、ものすごい数の箱と、いくつかのライターが入っていた。
「これが紙巻きタバコか。本物初めて見た」
一つ手に取ると、肺が黒ずんでいるなかなかにグロテスクなデザインが施されている。印刷されている言語は……どこの国の言語かわからない。
「今は海外でしか取り扱ってないですから……」
女性はおもむろに着ているシャツのポケットから一本取り出すと、口に咥えた。
「お、おい! ここで吸うのか!?」
「……ダメですかね?」
残念そうに言う。
「ダメっていうか……ホラ、火災報知器――」
そこまで言って川田は止まった。
「作動、すると思います?」
「それもそうだな」
こうして、川田は隣人を受け入れた。




