第36話「偽りの血」
## 第36話「偽りの血」
### 【あらすじ】
失意に沈む川田たちの前に、ある知らせが届く。
「……ジュニアという男……マズイかもしれん」
飯島のその言葉の意味とは――
### 【本文】
「ジュニアさん……!」
川田と真衣は、飯島に連れられ、地下最下層へ急行した。
そこには、呑気にパンを食べるジュニアの姿があった。
「おう……! どうした? そんなに慌てて――」
ジュニアは、いつもの様子を取り戻しているようだった。
だが、彼の上半身は機械の部分が剥き出しになっており、胸部のアクセスパネルから、仰々しい機械へケーブルが繋がれている。いつものサングラスも、外されていた。
作業員たちが、忙しなく周囲を行き交う。
(久世が言っていた、ジュニアさんが“人類を救う希望”だって話……この状況は一体――)
「……自分の口から話すんだったよな」
飄々とするジュニアに、飯島が釘を刺した。
「なんだよ……空気読めよなァ」
ジュニアは目を細めた。
「ま、とにかく、だ」
目線が川田に移る。
「……ヨメさんのこと、残念だ。心からお悔やみを。だな」
「……ありがとうございます」
「……で、だ。俺の状況も話そうと思う」
川田と、隣の真衣に緊張が走る。
「……兄ちゃん、AI製品には詳しいん……だったよな」
「……はい、多少は」
「俺の、体の大部分はそのAI製品だ」
なかなか本題に入らないジュニアの話を聞きながら、川田は初めてみるサイボーグの機械部分を観察した。
「動力は電気。そのエネルギーは兄ちゃんたちとおなじ、飯を食うか……こうして直接充電もできる」
そして……川田はすぐに異常を見つけた。
胸部中央、AIロボットの心臓と言っても過言ではないそのパーツの光が、消えている。
「……さすが、気づいたか?」
「ジュニアさん……! それ、大丈夫なんですか!?」
「川田さん……どういうことですか?」
「ジュニアさんの体は、機械で生命維持……というか、脳の機能を維持してるんです。人間の血に適合させた液体を循環させて……それで――」
川田は息を吸う。
「胸部のリアクターが、心臓の役割を担っているんです。人工血液の状態を確認して、必要な栄養を維持して脳に送る。この栄養は、電気とは別です。この機能が停止すると――」
川田は言葉に詰まった。
「……停止、すると――」
真衣も、薄々川田の発言の意図を理解したようだ。
「やはり、そうか……ここにいる研究員も、皆、同じ見解だ」
飯島が言う。
「電気は、バッテリーが生きていれば何の問題もありません。換装も容易です。ですが――」
「オッケーだ兄ちゃん、もう十分だ」
言葉を選ぼうとする川田を見て、ジュニアが割って入った。
「俺と言う人格は、この脳ミソに詰まってる。つまるところ、それを維持する機能がイかれちまったんだ」
「…………対処法は、無いんですか」
「今、研究員が必死に探している。偽装体から、保護局の備品リストにアクセスし、取得を試みている」
「飯島隊長! 該当リストと思われるファイル、取得しました!」
研究員の声が、フロアに響いた。
「すぐに印刷しろ! ……で、川田。お前をここに呼んだのはもう一つ、理由がある」
「……何となく、わかります」
「そうか……」
川田はそのまま、ジュニアに近づいた。
「すまねえな……兄ちゃん。こんなことしてる暇ねえってのに」
「喋らないでください。今は、最低限のエネルギーで過ごすことを考えた方がいいです」
「そーかい」
川田は、ジュニアの胸部のパーツを確認する。
メンテナンス性を考慮して、こう言ったパーツのほとんどは、装着状態で型番が確認できるようになっている。
「リスト、見せてください」
印刷されたリストを研究員から受け取り、その分厚い紙の束を、川田はものすごい勢いで捲っていく。
「原本から、文字列で検索はできますか」
「無理だ。偽装体からファイルにアクセスはできるが、取り扱えるデータの種類に制限がある。とりわけ……ここにある端末やPCで受け取るのではな」
「画像ファイルなんですか?」
「ああ……偽装体も、ファイルブラウザに関しては最低限の機能しかついていない。基板ですら、何世代も前のモデルだ。原本をオフライン環境に持ってきても、表データを見る互換性のある手段がない」
「……わかりました」
「一応、画像から文字を読み取ることはできる。だが、ページ数が膨大で、一ページずつ手動でやる必要が――」
「それなら人の目で見た方が早いです。今の話では、英数字の取り違えも怖いですし」
川田は飯島と会話しながらも、リストの確認を進めていく。
「……半分もらいます」
真衣が、そんな川田に提案した。
川田は迷わず、リストの下半分を真衣に手渡す。
「HREから始まる型番を探してください。念の為、BCP始まりと……あと、たしか……ACU……も」
「わかりました」
(どれも……医療機器の型番だ。製造会社は違うが、命に関わる技術であると言う観点から、ほとんどの製品に互換性がある。一つでもあれば……ジュニアさんを助けられる)
捜索は、小一時間に及んだ。
「手が空いている人がいたら、確認済みの紙を見てください。見落としがあるかもしれません」
川田の指示で、数名の研究員、飯島もリストを手に取った。
そして――
「川田さん。これ……」
目的の型番を見つけたのは、真衣だった。
「ACU-09……これです。間違いありません」
フロアにいる全員が、息を呑んだ。
「保護局の、備蓄フロアにあります。しかも、何個も」
「…………今は、ポンプユニットに無理やり給電して、擬似血液を循環だけさせている状態だ」
飯島は、状況を報告した。
「榊先生の見立てでは、もって半日……早ければ数時間で脳の壊死が始まると」
「……急ぎましょう」
「行ってくれるのか」
「当たり前でしょう! ジュニアさんは……俺たちの命の恩人です!」
「……そうか。地下基地運営としても、彼は失えない」
「…………あの!」
川田たちが準備に向かおうと動き始めた時、真衣が叫んだ。
「……私も、連れて行ってくれませんか」
「……え?」
川田は驚く。
「無理だ。川田は、“有識者”として連れていくだけで、戦闘時は保護対象だ。守る人間を増やすわけにはいかない」
「…………そうですか」
「役に立ちたいと言う気持ちはありがたく貰っておく」
真衣は、それ以降、食い下がることなく引き下がった。
◇◇◇◇◇◇
「いいか、保護局の今の状況はわからん。子供たちが何処かに運ばれた以上、ロボットたちがどう動くかは未知数だ」
その後、即座に作戦会議が開かれる。
「……目的地までの運転は俺が。ジャミング装置の運搬は、引き続き、若林に頼む」
「はい!」
記憶に新しい、襲撃作戦でジャミング装置の運搬、設置を担当していた隊員だ。
「医療担当は津田、引き続きよろしく頼む」
「はいっ!」
襲撃作戦にも来ていた、女性の隊員が応える。
「……片桐はどうした」
川田が辺りを見回すと、確かに、隊員の姿が一人見えなかった。
「片桐隊員は……やはり、プレートの上からとはいえ、撃たれた衝撃で肋骨を――」
「折れていたのか」
「はい」
「……なら、作戦同行は困難か」
「それと――」
「なんだ?」
「車両についても、問題が」
「…………そうだったな」
川田たちが襲撃作戦に使った車両は二台。
行きに乗った乗用車を改造した車両と、バックアップで撤退時に乗ったバンタイプの車。
そのうち前者は、保護局の前で破壊されていた。
「バンはバックアップで残しておきたい。もう一台、どうするか――」
「あ、あの」
川田が控えめに手を挙げる。
「俺たちが乗ってきた車、使えませんかね」
ジュニアを救うために残された時間は少ない。検討の余地など、どこにもなかった。




