↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類保護区  作者: プロテイン長田
第8章「人間と機械」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/45

第35話「絶望の手」

## 第35話「絶望の手」


### 【あらすじ】


 川田たちは生還した。


 だが、妻の杏奈は帰らぬ人となった。


 各々が、各々の喪失を抱えながら、次の朝が来る――


### 【本文】


 翌朝。


 川田が目覚めると、すでに起きていた真衣が、配給された朝食を小さなデスクの上に並べていた。


「おはようございます。川田さん」


 体を起こすと、もぞもぞと、まだ寝ている澪が動いた。


「……寝かせてあげてください。昨日、かなり思い詰めてたみたいで」


「…………そうですか」


 真衣は、ポットからマグカップへお湯を注ぐ。


「…………“おっさんに、酷いこと言っちゃった”って――」


「……え?」


 川田は混乱した。


(澪が……? なぜそんなことを――)


 記憶が混濁する川田は、必死に昨日のことを思い出す。


 バンの荷台で、真衣と澪が、川田にかけた言葉は――


『……なに自分が一番不幸みたいな顔してんだよ――』


「……あ」


 思い出した。


 澪が、絶望する川田にかけた言葉。


「違う……あの言葉は、澪が怒るのは当然で……」


「澪の中では違ったみたいです」


 川田は、ベッドの隅で丸まっている澪に目をやった。


 その目は、泣き腫らしたように赤かった。


「…………澪」


「コーヒー、飲みますか?」


 真衣は川田にコップを差し出した。


 川田は黙ってそれを受け取る。


「パン、これ……どうぞ」


 真衣はそう言いながら、自分の分を取って川田の隣に座った。


「…………奥さんのこと、残念です」


「…………」


「聞かせてくれませんか? なにがあったのか」


 川田は、意を決して、昨日起こったことを、真衣に話した。


 保護局に行き、ロボットと戦い、ジュニアに会ったこと。


 一緒に子供たちが収容されているショッピングモールに行き、そこで、杏奈と再会したことまで。


「…………杏奈は、ロボットに撃たれていました。即死だっただろうと」


「……そう、ですか」


 真衣のマグカップに、水滴が落ちた。


「私……ごめんなさい……川田さんの方が辛いのに、私が泣いてちゃ――」


 真衣の目から、大粒の涙が落ちる。


「いえ……すみません。俺のためなんかに」


「そんなこと……言わないでください」


「…………もう、起きてしまったことですから」


「だって……川田さん、会った時からずっと――家族のために……また会うために……っ……これまで――」


「…………」


 川田は、真衣の背中をさする。


「……本当は、私が川田さんを慰めなきゃいけない立場……ですよね。ごめんなさい」


「いえ……いいんです。こうやって……一緒に悲しんでくれる人がいるだけ、俺は幸せですよ」


 川田は、一見立ち直ったような立ち居振る舞いを見せる。だが……それは見せかけだった。


「っ…………!」


 真衣の背中をさする、その手は震えていた。


 愛する妻を、目の前で失った男の、精一杯の強がり。


 この場にいる真衣と、澪に心配をかけまいと、平常心を装っている。


◇◇◇◇◇◇


 今朝、早朝のことだ。


 配給を受け取りに、真衣が部屋を出た時、彼女は榊女医に呼び止められた。


「ねえ……あなた」


 榊女医の表情は暗い。おそらく、昨日なにがあったのか聞いたのだろう。


「…………残念だわ。川田さんのこと、聞かせてもらった」


「……はい。そうですね」


「あの人……昨日、エレベーターホールの隅で、ずっと泣いてたの」


「……えっ?」


「声をかけようか迷ったけど、とてもそんな雰囲気じゃなかった」


「川田さん……」


「あの人……強い人ね。誰にも迷惑をかけないように、居住区から離れたところで――」


 真衣の拳に力がこもる。


 その時、自分が隣にいたら、川田を励ますことができただろうかという自問自答。


 答えは、否。


 真衣には、その資格がなかった。


「強い人だけど、だからこそ、人に話せないこともあると思うわ」


 榊女医は言う。


「だから……無理しない範囲で、お話、聞いてあげて」


 彼女はそう言い残し、真衣の前から去った。


◇◇◇◇◇◇


(私……ダメだな……話聞こうとしたのに、慰められちゃってる)


 真衣は、平常心を取り戻そうとすればするほど、心を乱される。


 家族との繋がりはとうに消え、自分の命すらも形を見失うほどの自分が、最愛の人を失った人に背中をさすられている。


 真衣は、背中で、悲しみと、絶望に耐えている男の手を感じた。


 その感触が、真衣の心をいっそう深く抉った。


「…………俺、どうしたらいいんでしょうね」


 川田が口を開く。


「俺、杏奈のためにも、絶対に……千花を救い出したいってそう思うんです」


「でも、もう……それも怖いんです」


「今回みたいに……俺が千花を探せば、その分誰かに危険が及ぶ」


「そんな……」


「そうでしょう? 結果的に、俺が急がなければ、杏奈は死なずに済んだんです」


「それは違います!」


 真衣が川田の方を向いた。


「……それは、違います。川田さんは、奥さんのために――家族のために行動したんです」


「…………そうでしょうか」


「どうして……そんなこと――」


 その時。部屋の扉がノックされた。


「飯島だ。話がある」


「…………どうぞ」


 川田が応える。


「早朝にすまない。盗み聞きしたわけじゃないが――」


 扉を開けた飯島は、気まずそうに壁にもたれかかった。


「……真田さんの言う通りだ。自分を責めるな」


 飯島はそう言いながら、部屋の様子を確認した。


「どういう……意味ですか」


「そのままの意味だ。お前が行かなくても、保護局襲撃自体は計画されていた」


「……そう……だったんですね」


「…………俺も、目の前で妻を失った。気持ちはわかる……とまでは言わんが、同情はさせてくれ」


「……お気遣いありがとうございます」


「……で、ここまでは俺の個人的な話だ。ここからは、俺の仕事の話」


 飯島が、姿勢を正し、一歩前に出た。


「……ジュニアという男……マズイかもしれん」


 川田と、真衣の表情が曇る。


 ジュニアの身に何が――


 ジュニアは、撤退車両が地下基地についてから、真っ先に姿を消した。川田にはそのことを気にする余裕がなかったが、今になって、彼の姿が強烈に思い出される。


 何発も撃たれた跡が残っていたジュニア。


 ――最悪の予想が、川田の頭をよぎった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。