第34話「帰還」
## 第34話「帰還」
### 【あらすじ】
救出作戦は、残酷な結末を迎えた。
### 【本文】
飯島部隊は、その場から動こうとしない川田を、引きずるように階下の撤退車両まで移動させた。
ジュニアは、物言わぬ姿の杏奈を背負い、それに続く。
足取りは重い。
ロボットは、子どもたちの避難にその残りの人員を割いたようで、更なる攻撃はなかった。
バックアップ車両は、バンタイプの車。
飯島は助手席に座り、後部座席には部隊員たちが、荷台にジュニアが杏奈を寝かせ、川田はその横に座った。
撤退が始まる。
◇◇◇◇◇◇
「……兄ちゃん」
揺れる車内で、ジュニアが声をかける。
返事はない。ただ、虚しい表情で杏奈を見つめる川田。
――心臓を撃たれ、ショック死。と飯島部隊の隊員は判断した。
飯島たちが川田に追いついた直後、川田は飯島の部隊に、何とかしてくれと懇願した。
ひたすら、絶叫するように頼み続けた。
女性隊員が確認するまでもなく、すでに息を引き取っていることは明らかだったが、川田には正常な判断ができなくなっていた。
飯島が川田を宥めると、しばらくして、川田は動かなくなった。
絶望の淵に沈んだ。という表現が最適とすら思えるほどに、彼は何も喋らなくなった。
「済まねえ。俺がもっと素早く合流していれば――」
ジュニアの自責も、川田には届かない。
飯島たちも、かける言葉がなかった。
彼らにとっては、ジュニアの回収という大目標は果たした。だが、だからといって、川田の家族の死が肯定できるはずもなかった。
ただ、ひたすら無言の車内が、地下基地へと向かう。
◇◇◇◇◇◇
地下基地の入り口、久世邸の門は、例にのっとり開け放たれていた。
門の前には、二体の“偽装体”。
彼らが出迎えれば、他のロボットの目を誤魔化すことができる。
“この車両は異常なし”
この大義名分が、今日までこの地下基地を存続させている。
車はスロープを降り、地下基地の車両搬入口へ。
「……おい、そろそろ出るんだ」
停車後、しばらくして、飯島が川田に促す。
「……杏奈さんは、我々で丁重に弔おう。できることはする」
川田の拳が、強く握られる。
「…………済まなかった。ジャミング装置の使い方次第では、防げた死かもしれない」
「…………いえ」
川田は、消え入るような声で言う。
「上階からの銃声は、突入直後に聞こえました。どちらにせよ、間に合っていません」
「…………まさか、自分を責めているのか」
「どうでしょう。俺たちが乗り込まなければ、杏奈は今も生きていたかもしれません」
「…………」
「それなら……だったら……たとえ一生会えなくても――どこかで生きていてくれたほうがずっとマシだった……!」
川田はうずくまる。
ガラガラと音を立てて、担架が到着した。
杏奈の遺体が、乗せられる。
「…………川田。自分を責めるのはよせ。辛いだけだぞ」
飯島が言う。
「……俺も、そうだった」
杏奈が、運ばれていく。
川田はうずくまったまま、動くことができなかった。
◇◇◇◇◇◇
「川田さん、迎えにきました」
幾許かの時が経った。
川田の前に、真衣と澪が現れた。
「……聞きました。奥さんのこと」
「…………」
澪は、複雑そうな顔で、川田を見ていた。彼女の目にはクマが浮かび、彼女もまた、喪失に打ちのめされた一人だった。
「戻りましょう。ご飯もありますから」
「…………」
川田は動かない。
「おっさん……なにやってんだよ」
そんな川田の様子に痺れを切らしたのか、澪が口を開いた。
真衣が驚いた表情で、澪を見る。
「……何やってんだよ――まだ、いるだろ……おっさんの家族――」
川田は、澪を見る。
「絶望すんなら……全部失ってからにしろよ……!」
彼女は怒っていた。
自らの境遇。
唯一の家族である両親を、同時に失った澪。
一方で川田は、まだ……娘の千花を探さなくてはならない。
「……なに自分が一番不幸みたいな顔してんだよ――」
「…………すまん」
「川田さん……戻りましょう。きっと……大丈夫ですから」
「…………はい」
川田はフラフラと立ち上がり、バンの荷台から降りる。
「澪……悪かった」
川田はぼそりと言う。
澪は、返事をしなかった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
真田真衣は、タブレット端末から、すべての小説を消した。
「……川田さん……ごめんなさい」
真衣は、己を恥じた。
川田たちが、家族を連れて無事に戻ったら、自分は身を引こうなどという考え。
そして……一瞬でも、頭をよぎった想像。醜い感情。
――杏奈の代わりに、自分が川田の家族になる。
たった一瞬の気の迷いだった。すぐに打ち消した想像だった。
しかし、目の当たりにした現実から、真衣は自分を恥じた。
「私では、到底代わりなんて務まりませんね」
また、自嘲するように笑い、タブレットの電源を落とした。
明日は、どうしようか。
安全な寝床はある。ロボットの脅威も、考えなくていい。
それでも……この夜は、真衣にとって最も長く、辛い夜になった。




