第33話「赤」
## 第33話「赤」
### 【あらすじ】
川田たちは、保護局に乗り込んだ。
ロボットたちは子どもたちの避難を開始し、杏奈は娘の千花を探す。ロボットの制止を聞かなかった杏奈は――
### 【本文】
銃声がした。
いや……川田にとって、もうそれはさほど驚くことではない。
しかし、今の音は何かが違った。
思わず、視線を上げる。
(上階から聞こえた――?)
押し倒した店の什器をカバーに、川田と飯島がロボットたちを牽制する。
「クソ……警察配備型複数! 軽率に頭出すなよ!」
ジュニアの予想通り、ショッピングモールには複数台の警察配備型ロボットが集結していた。
(……数十メートル先の標的を正確に撃ち抜く。そんな謳い文句でプレゼンしてたやつもいたよな……市民の味方なら頼もしいが……こんな事態だとただの殺人マシーンじゃないか――)
川田は内心で毒づく。
そんな状況でも、先ほどの“上階から”の銃声が気になって仕方がない。
『隊長! 設置完了しました!』
無線機から、隊員の声が響く。
『よし! やれ!』
(……ブリーフィングの時に言っていた“アレ”か)
川田が思い出しているのは――“ジャミング装置”。
妨害電波を乱反射させ、無線通信などの電波を使用した機器の動作を妨害する装置だ。
もちろん、無許可で使えば一発逮捕の慎重に扱うべき製品だが――
『効果時間中は無線が使えんぞ! 最優先目標は警察配備型。現在確認できているのは三台、まだいるかもしれん、気を抜くなよ!』
『了解!』
通路を挟んで反対側、飯島部隊の隊員の一人が背負っていた装置を地面に置き、操作し始めた。
ジュニアは彼らをカバーするように、牽制射撃を行う。時折、銃弾がジュニアの体を掠める。皮膚の一部が裂け、金属が露出していた。
『動作十秒前! 九、八……』
「いいか川田。ジャミングが始まれば、ロボットどもは無線通信と、レーダーを使用する銃の自動照準機能を失う。だがこの広い空間だ。効果はせいぜい周囲数十メートルってところだろう」
飯島は、銃声の間を縫って牽制射撃を行う。
「警察配備型は俺たちがやる。お前は他の雑魚をやれ」
「……わかりました」
『動作五秒前、四、三、二、一――』
機器のランプが、赤に変わった。強力な妨害電波を発する――が、もちろん人間には感じ取れない。
その目に見えない妨害を信じて、飯島とその部隊の隊員が一斉に飛び出す。
「ついて来い!」
川田は飯島の後に続く。
妨害しているのは銃の照準機能だが飯島たちや川田、ジュニアはそもそもその機能をアテにしていない。
明後日の方向に飛んでいく銃弾の雨を縫って、川田たちの攻撃は的確にロボットを殲滅していった。
川田から見て、特にすごいのはジュニアだった。頭部以外への銃撃は恐れていないとでも言いそうな勢いで、最前線を張っている。
「よし! 殲滅確認と敵の武装を回収――」
「そんな時間はねえぞ! 居住区画は二階だ、上がるぞ!」
そう叫び駆け出すジュニアに、飯島部隊と川田が慌てて続く。
トイレの入り口の横、エレベーターホールの脇にある階段から、二階を目指す。
「おい! 待て! 奴らは銃火器があれば拾ってまた襲ってくるぞ!」
「だからどうした! イタチごっこしてる間に兄ちゃんの家族がまた連れていかれちまうだろーが!」
飯島とジュニアが言い合いになる。
「そもそも! 我々の任務にこの男の家族の救出は含まれていない!」
「なんだとテメェ!」
「ちょ、落ち着いてください!」
川田が間に割って入る。
「テメエらは俺を回収しにきたんだろ? じゃ、俺の言うこと聞いときゃいいんだよ」
飯島は、苦虫を噛み潰したような表情で黙った。
「……二階はジャミングの範囲外である可能性が高い。油断するなよ」
飯島はジュニアの肩を乱暴に押して先導し始めた。
「素直じゃねえ男だなぁ」
ジュニアはそれに続く。部隊員も、川田もそれに続いた。
階段を登り、二階へ。先導する飯島が銃を構え警戒しながら前進。隊員はその周囲を固める。
「元ケーサツ機動部隊ってところか?」
「そうみたいです」
ジュニアは肩にアサルトライフルを担ぎながら言う。
二階は、店舗部分を改装したプレハブ小屋が並ぶ居住区画だった。飯島たちがドアを蹴破り、中を確認していくが、そのすべての部屋はもぬけの殻。
(……この感じ、嫌だな――)
川田は、自宅に戻ったあの時のことを思い出した。
あの場にいるはずだった、娘の千花が消えていた。あの時。
今回もまた――
「おい! 誰かいるぞ!」
そんなことを考えた直後――
「伏せろっ!!!」
ジュニアの声が、フロアに響いた。
――銃声。
隊列の一番後ろにいた川田は身を屈める。
「ぐうっ……!」
男の鈍い呻き声が聞こえる。
(何だ!? 何が起こって――)
「一人負傷! カバーを――」
「馬鹿野郎っ!」
飯島と、ジュニアの声。
「うおおおおお!!!」
銃声が、数度。
川田には何が起こったのかわからないが、銃声は止まった。銃撃戦は終わったようだ。
「……おい! 大丈夫か!」
飯島は……ジュニアに蹴り飛ばされたようで、少し離れたところから隊員に駆け寄る。
(……撃たれたのか!?)
うずくまる隊員は、飯島の呼びかけに手で答える。
「……大丈夫です。おそらく、プレートの上からかと」
女性の隊員が、撃たれた隊員の容態を確認する。
(プレートの上……防弾チョッキみたいなことか。良かった――)
「二階にも、警察配備型が残っていたみてーだな」
ジュニアは、アサルトライフルをリロードしながら言う。川田がその視線の先を見ると、数十メートル先に、白と黒のツートンカラーが特徴的なロボットが倒れていた。
「さすがですねジュニアさん……」
そう言いながらジュニアに目線を移す川田。
「っ……!?」
ゆっくりとこちらに向き直るジュニアを見た川田は眼を見開いた。胸部、腹部……それに腕にも、金属部分が大きく露出した箇所が見受けられた。
「あ〜……あんまり心配すんな。痛みはオフにできんだ。便利だろ? とっとと先行くぞ」
「…………すまないが、これ以上の作戦行動は許容できない」
ジュニアの言葉に反して、飯島が言う。
「……ああ!? テメーまだそんなこと――」
「無線が入った。やはりここはジャミングの効果範囲外だったようだ。それも作戦行動を止める理由の一つだ」
隊員一名、そして、ジュニアの体に的確に射撃を当ててきたロボット。確かに、その精度はジャミングの影響を受けていないようだった。
「それに……バックアップ車両が到着した。ロボットどもが来る前に、脱出する必要がある」
「…………」
さすがのジュニアも、返す言葉がなかったようだ。
この脱出手段を失えば、全員が更なる危険にさらされる。
「それに、見ての通りだ。すでに、人間は移送された可能性が高い」
「…………川田の兄ちゃん」
川田はゆっくりと立ち上がった。
辺りを見回す。
川田たち以外、人っこ一人いない、改造されたショッピングモール。
もう一度、倒したロボットに視線をやる。
(そういえば……人間がいないのに、あのロボットはどうして一体だけあんなところに……?)
嫌な予感がした。
そして思い出す。さっき聞こえた“上階からの銃声”。
「あっ……おい! 待て!」
川田は駆け出していた。
頭の中が、さまざまな憶測でぐちゃぐちゃになる。
もし、その予感が当たっているのなら――
(頼むから、俺の家族だけは――)
角を曲がり、居住区の端へ、端へと進む。
そして――
通路の最奥。
川田は見つけた。
「……あぁ」
念願の再会。
事件が起こってから、探し続けた最愛の人。
「……な……なんで――」
膝をつく。そのまま、這うように進む。
手に、生暖かい赤を感じる。
「川田! 一体何を――」
「兄ちゃん! どうした――」
慌てて追いかけてきた飯島とジュニア。
その二人も、その光景を見て、言葉を失った。
「あ、ああ――」
川田が、手を伸ばし、女性の頬に触れている。
飯島は、その女性と初対面だった。だが、誰であるかは嫌でも理解できた。
「あああああああ!!!!!!」
川田が絶叫する。
その女性は、胸部を赤く染め、焦点の合わぬ虚ろな目で虚空をみつめていた。




