第27話「決断」
## 第27話「決断」
### 【あらすじ】
澪の家族は、すでにこの世を去っていた。
その事実は、幼い澪の心を壊すのに十分すぎる厳しいものだった。
彼女を抱え、部屋に戻る真衣。川田は、ジュニアのその後を確認するために地下四階に残るが――
### 【本文】
「どうだ。知りたい情報は知れたかね」
真衣と澪と入れ替わるように現れたのは、久世老人だった。
「……はい。おかげさまで」
川田は、少しの皮肉を込めて返した。
「我々は、このようなリスクを予期し、再三世間に問うてきた。AI製品の危険性を」
久世老人は続ける。
「それを世間は“人類の進歩を遅らせる老害”として切り捨てた。その結果がこれだ」
「何が……言いたいんですか」
「予期し、危機感を持ち、備えた。それが我々の安全を作った。ただそれだけのことだよ」
川田は、それ以上言い返さなかった。
むしろ、この場では久世老人の主張が正しい。そうとさえ思えた。
「救える人間は限られている。同盟員の中でも……我々の理念に完全に同意しているものは多くない。それでも、理解を示したものから救う。これは自然なことと思うが、どうかね」
川田は、言いようもない感情に襲われた。
――なぜ、この老人は今、こんな話をする?
血の通った家族ではないが、幼い少女が家族を失ったことを知ったのだ。その事実を前に、どうしてこの男は――
(いや……待て……冷静に、なれ)
湧き上がる怒りのような感情を、川田は押し殺す。
(ここでこの男の心象をそこなえば、今度こそ立場がなくなる。杏奈と千花を助けに行くためにも……ジュニアさんのこともある。ここの人たちとは、良好な関係を築く必要がある)
「…………」
「…………何か、言いたいことがあれば言ってみてはどうかね」
「……いえ、何も」
「そうか」
久世老人は川田をまじまじと見た。
「サイボーグの男、について……だったな」
話題が変わった。
(……もしかして、俺を試したのか)
川田は考えた。
だが、そうだとして、川田には何もできない。抗議も、叱責もこの場では何の役にも立たない。
「我々の目的は、AIどもから地上を奪還することだ」
久世は語り出す。
「無論、それには兵が必要だ。情報も、物資もだな」
「君たち……いや、君には情報の面で期待している」
「……俺に、ですか」
「知っての通り、ここにいるのはほとんどが同盟員だ。AI製品を忌避する“思考同盟”のな。当然、AI製品に精通しているものは少ない」
「……俺だって、ただのサラリーマンです。AI製品を製造していたわけではないですよ。売っていただけです」
「では聞くが、ここに辿り着くまで、その知識に助けられたことはないか?」
「…………」
心当たりは、あった。
マンションから真衣と一緒に逃げる時、ゴルフクラブで応戦する判断ができたのは、対峙したロボットが外からの衝撃に弱いタイプと知っていたからだ。
澪の自宅に行った時も、焦らず対処できたのは、視界に入ったロボットたちが、高速走行できるタイプでないことを知っていたからだ。
「心当たりがあるようだな。それが、我々が君をここに残した理由の一つだ」
「……それが、ジュニアさんと何の関係が――」
「ジュニア……ああ、サイボーグの男のことだな」
「ジュニアさんです。本名は……わかりませんが」
「……我々は、地上奪還の足がかりとして、まずここ、東京都第三区域の保護局を襲撃する計画を立てている」
「……襲撃!?」
「そうだ。我々は日々、AIどもの通信から、奴らの目的を研究している。子供を保護局に集め……何をしているかまではわからん。だが、それが奴らの目的の根幹にあることは間違いない。だからこそ、そこを潰すことに意味がある」
「……話がつながっていないように思います」
「そう焦るな。問題は、情報の質だ」
「情報の質……」
「現状、“セントラル”から送信されてきた情報を怪しまれん程度に分析することしかできん。しかも、こちらから能動的にアクセスできるのは、アクセスが許可された共有データだけだ」
「それが……さっき見たリスト……ですよね」
「左様。そこで、君の情報から得たジュニアくんの出番というわけだ」
「…………まさか」
「そのまさかだ。AI基板を持ち、その思考や四肢の運動は人間の脳が司る。地下基地からの無線操作範囲内でしか活動できん“偽装体”とは比べものにならん情報収集が可能だ」
川田は、黙って久世老人の考えを聞く。
「さらに、彼が基地局となれば、ゆくゆくは彼が偽装体の大群を引き連れ、保護局に奇襲を仕掛けられるかもしれん」
川田の脳内を、血液が駆け巡る。
この話は、ある種ジュニアを人間側の“兵器”として使おうという話だ。
だが、それが実現すれば、杏奈と千花の奪還にグッと近づくことも事実。
「代表。資料、揃いました」
その時、研究員の一人が久世老人に紙を渡してきた。
「いいタイミングだ。川田くん。これを見てくれたまえ」
久世老人は紙を川田に差し出す。
「これは……?」
「公開されているリストの中から一部を抜粋したものだ。意味がわかるかね?」
川田は紙に印刷されたリストに目を通す。
様々なアルファベットと数字で構成された文字列。それらには“手配中”という表示がなされていた。
「……部品のリスト……ですね」
「ほう」
久世老人のメガネが、照明の光を受け光る。
「…………もし、これらの部品が一度に手配されたのなら……そうですね……相互通信に対応していない製品を、相互通信化するため……と、か……で――」
そう話しながら、川田はあることに気づいた。
「やはり、我々の予想は当たっていたようだな」
「も、もしかして――」
「君が言った通り、ジュニアくんは保護局で相互通信化するための改造を待っていることになる」
「そ、そうなると――」
「それは君の方が詳しいと思うがね」
「……ジュニアさんの行動、思考が……他のAIに筒抜けになる――」
「そうなれば、我々の目標は大きく後退する」
「では……どうすれば」
「簡単だ。改造が成る前にジュニアくんを救出する」
川田の額を汗が伝った。
保護局の襲撃。
危険な賭け。
だが――
ジュニアを助ける機会。
杏奈と千花を救い出す機会。
これは、絶好の機会でもあった。




