第26話「別れ」
## 第26話「別れ」
### 【あらすじ】
地下基地の最下層、地下四階に来た一行。
そこでは、“偽装体”を使った情報収集が行われていた。
“偽装体”の仕組みと地下基地の安全確保について知るにつれ、川田はあるリストの存在を知る。
それは、川田たちがいる東京都第三区域の住民が“どうなっているか”を示すリストで――
### 【本文】
「これが、今朝の最新リストよ。怪しまれないようにリストの取得は一日に二回にしてる」
榊女医は、分厚い紙の束を川田に手渡した。なんでも、データで扱うより、ここでは紙に印刷した方が何かと便利だそうだ。
「ここから、地下基地の住人の関係者……捜索願いが出てる人の情報を確認して、張り出しているわ」
川田の手が、震える。
どうやら、世帯ごとの五十音順でリストされているようだ。
一枚目には、あ行。“あ”から始まる苗字の家庭の情報が載っていた。
清掃済
清掃済
清掃済
清掃済
行方不明
保護
清掃済
清掃済
夥しく並ぶ“清掃済”の文字。
それが記載されている人は――
紙をめくる。
――澪の苗字は“朝倉”。
目を走らせる。
まだ、このページには、ない。
並ぶ“保護”と“清掃済”の文字。
時折り、“保護局員”という表記もある。
(これは……杏奈みたいに連れてかれた大人ってことか……? そうで、あってくれ――)
祈りながら紙をめくる。
三ページ目。
川田の脳を焼くような感覚が襲う。
“朝倉”。
その文字が、目に飛び込んできた。
澪が今、どんな顔をしているか、川田は確認する余裕すらない。
恐る恐る、確認していく。
(……あった)
朝倉澪 行方不明
その彼女の名前に並んで、“同じ世帯”ということで記載された名前が、二つ。
朝倉聡太 清掃済
朝倉涼子 清掃済
川田は、何度も、何度も確認した。
何かの間違いであって欲しい。そんな願いを込めて。
この時ばかりは、紙をめくって自分の家族の安否を確認することすら忘れていた。
――しかし。
何度確認しても、紙に印刷された情報が変わることはない。
「川田さん」
ハッと我に返ったのは、真衣に呼びかけられてからだった。
「…………見せてください」
川田は、3枚目の紙が開かれている紙の束を、ゆっくりと真衣に渡した。
そのまま、川田は固まって動けなくなった。
(……澪の家族は……もう――)
どんな視線を、彼女に向けたらいいかわからない。
この、自分のリアクションが、澪に答えを悟らせてしまっているのではないかと不安になる。
「おい……おっさん? なんだよ……! それに家族のことが書いてあるんだろ!? アタシにも見せ――」
「澪」
その時、真衣が澪に語りかけた。
その顔は、これまでにないほど真剣なものだった。
「…………なんだよ。なんだよ……! その顔――」
澪の体が、小刻みに震える。
「ここには、澪の家族について、書いてあるの。そのほかにも、この近くに住んでいる人たちの事も」
「それは話聞いてたからわかる! で、どうなんだよ! アタシの家族は――」
「榊さん」
「……何かしら」
「この、“清掃済”って表記は」
「……AIロボットが清掃活動の時間か……それに準ずる活動中に、対象を殺害、遺体を処理した後にされる表示よ」
「……そうですか」
澪の体から、ガクッと力が抜ける。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」
両手を床についたまま、澪は叫ぶ。
「……アタシは信じない! そんな紙に書いてあることで――パパとママが死ん――」
そこまで言って、自身の口から、家族の結末を口走ったことで、澪の感情のダムは決壊した。
川田も真衣も、そんな彼女に寄り添うことしかできない。
榊女医は、堰を切ったように泣く澪と、それによりそう川田と真衣を見ながら、取り落とされたリストを拾う。
(この三人、てっきり家族かと思ってたけど、違うのね……川田、川田……あ、あった。確か……川田拓……って名前だったわね。家族は――あら、よかったじゃない。二人とも無事、保護局にいる)
榊女医は、視線を三人に戻した。
(……悪いけど、特別に同情はできないわね。可哀想だけど、ここにはあの子と同じ、家族を失った人が大勢いる。悲しみを共有することすら叶わない人も――)
「知りたい情報は、知れたかしら」
「あ、あなた――」
そっけなく聞く榊女医に、真衣が反応した。
「……怒らせてしまったならごめんなさい。でもね、ここにはその子と一緒で家族と生き別れた人が大勢いるの。この事態が始まってから大勢……それはもう、たくさんの別れを見たわ。だから――ごめんなさいね」
真衣は、何も言い返せなかった。
「川田さん……一応教えておくけど、あなたの家族は二人とも保護局にいるわ」
榊女医はそう言いながら、該当ページが開かれた書類の束を差し出す。
川田がそれを受け取る。
川田拓 行方不明
川田杏奈 保護局員
川田千花 保護
目に飛び込んできたのは、妻の杏奈と娘の千花の安否。
しかし――“自分の家族は無事だった”。
その事実が、川田の胸に深くつき刺さった。
同時に、少しだけホッとした自分が、ひどく薄情に思えた。
次第に、澪の絶叫に近い泣き声は掠れ、嗚咽のような音に変わっていった。
真衣が抱き上げ、背中をさする。
その手を、澪は拒絶しなかった。
「知りたいことは、ほかにないかしら?」
榊女医が聞く。
「……もう一人、安否を確認したい人がいます」
「――それ、もしかしてサイボーグの彼、かしら」
「はい」
「……それについては、久世代表から話を聞いてるわ。こちらからも聞きたいことがあるのだけれど――」
榊女医は川田の背後の真衣と澪に目をやる。
「……私たちは、先に戻っています」
真衣は、空気を読むようにそう言った。
「あ、ああ……助かる。澪を……頼みます」
「はい……できることはします」
不安そうな真衣は、澪を抱き抱えたまま、エレベーターへ向かう。
「……ご家族じゃ、なかったのね」
榊女医は、残された川田に聞く。
「え? あ、はい」
「家族みたい」
「…………澪の前では、冗談でも言わないでくださいね」
「わかってるわよ。で、サイボーグの……“ジュニア”さん? だったかしら」
淡々と話を進める榊女医。
「はい。俺たちがここまで生きてこられたのは彼のおかげです。保護局に連れて行かれたところまではわかるのですが――」
「……彼の情報も見れるわ。人としてではなく、稼働中のロボットとしてリストされているけど」
川田の心臓が強く打った。
川田の家族と澪の家族。そして――恩人であるジュニアの今。
また新たな現実に直面する覚悟の時だった。




