第2話「事件」
### 第2話「事件」
#### 【あらすじ】
都内のAI製品の企画・販売を行う企業に勤めるサラリーマン、川田 拓。
ある日、自社の周年パーティーで人身事故に遭遇する。
本来、人間を傷つけてはならないAIロボットによる人身事故。
川田は不気味な予感を覚えるが、会社は大事として扱わず、事故は隠蔽される。しかし、同じ頃、さまざまなAI製品が不具合を起こし始め――!?
#### 【本文】
川田は仕事を放り出して――いや、この状況では仕事もへったくれもあったものではない。ともかく、オフィスを後にした。
川田を止める者は誰もいなかった。呼び戻そうにも、携帯端末は圏外。川田は自分の足で自宅を目指す。
オフィスの入っているビルを出た都心の道路は、まさにカオスだった。
その光景は、今の時代にAI制御の製品がどれほど普及しているかを物語っていた。
(信号が、赤のまま動いてない)
道路には停まった自動車が列をなしている。
(あれじゃあ自動運転車は動けない。タクシーも、当然使えない)
川田は自宅の方向に向かって足早に歩く。
道中、ウロウロと前進後退する車が目についたが――
(まぁ……そうだろうな。マニュアル運転機能がついてても――普段、自動運転に頼りきりだろうから、どうにもならんだろ)
そんなことを考える間にも、川田の焦燥感は募っていく。
それは、一つの懸念。
家族の安否。
――考えすぎだと思いたい。
しかし……テレビも、SNSも機能不全に陥っている。
世間がどうなっているのか確かめようがないため、悪い予感がどんどんと川田を支配していった。
(家には、娘がいる)
妻の杏奈も、日中は小学校教師として働きに出ている。その間、幼い娘は――
(面倒を見ているのは、AI制御の育児ロボットだ)
「まったく……今の今まで完全に安全だと思ってた自分がバカみたいだ!」
川田の歩くスピードが早くなる。
しかし、交通機関も完全に機能を停止している。
徒歩で自宅につくのは、早くても――
◇◇◇◇◇◇
「クソっ! そうだよな! 開くわけねぇんだこの鍵は!」
汗だくの川田。
なんとか自宅へたどり着いたものの、マンションの入り口で足止めをくらう。
「……誰か出てくるのを待たないと」
川田が暮らしているマンションの入り口は“AI識別”のオートロックだ。
本来なら通過するだけで自動的に居住者であることを建物のセントラルAIが判断し、メインエントランスを解錠するのだ。
「大変なことになりましたね〜」
「スマホも圏外だし、AI製品が軒並みダウンしてるみたいです」
「いつになったら家に入れるんだ?」
マンションの入り口には数人が立ち往生しており、途方に暮れている。
しばらくすると、内側から慌てた様子の男がエントランスを通り、そのタイミングで川田を含め数人の住人が中に入った。
◇◇◇◇◇◇
(頼むから杞憂であってくれ!)
川田は階段を駆け上がる。
当然、AIによって動きを最適化されたエレベーターは動かない。
川田が住む九階までは階段を上らなくてはならない。
そして、もう一つ、川田には懸念があった。
(最後は、玄関のドアだ)
そう。メインエントランスと同じく、各家庭の玄関もオートロック。AIによる個人判定が機能しないなら、川田が到着しても玄関のドアが開くことはない。
管理会社に電話して開けてもらうことも可能だが、電話が封じられている今は使えない手だ。
川田の息が乱れる。
それは疲れと、焦りの表れ。
どう玄関のドアを突破するか考えながら、九階に到着すると――
その考えが杞憂であったことがわかった。
(ドアが……開いている?)
◇◇◇◇◇◇
川田はもぬけの殻となった我が家のリビングで呆然と立ち尽くしていた。
異変は、たった二つだけだった。
それ以外は、今朝と何ら変わらぬ我が家。
異変は――
育児ロボットと、
愛する五歳の娘が消えていたことだった。
もはや、川田に体力は残っていなかった。
今すぐ、妻・杏奈の職場に向かうべきだ。
しかし、車で二十分以上かかる場所に、向かう方法が無かった。
(杏奈が……連れ出したんだよな)
川田は救いを求めるように思考を走らせる。
(ご丁寧に育児ロボットまで連れて――)
(あの大混雑の中を――車で戻ってきて、それで……)
考えれば考えるほど、可能性が消えていく。
川田が膝から崩れ落ちたその時。
――パァン!!
乾いた音がした。
次に聞こえたのは、
悲鳴。
ゆっくりと立ち上がり、窓から外を見る。
「……終わりだ」
そう呟く川田が目にしたのは、
警察機関が所有するロボットが、民間人を射殺した現場だった。




