第1話「事故」
### 第1話「事故」
――事故だと思った。
都心にあるホテルの宴会場。川田 拓は企業の周年パーティーに出席していた。
諸々の式次第を終え、歓談の時間。AI制御の人型ロボットたちが、様々な料理や酒を運んでいる。
川田が勤めている会社はこういった人型AIロボットを企画・販売。その需要拡大によって、こういった盛大なパーティーを開催する巨大企業となっている。
「キャァァッ!」
女性の叫び声が会場に響く。
川田が目撃――いや、会場にいる大勢が見たのは、ロボットが方向転換し、その振り向きざまに男の後頭部を強打した瞬間。
その血の通わぬ腕が強烈に振り抜かれ、鈍い音をあげたのだ。
「きゅ、救急車!」
誰かが叫んだ。
倒れた男は動かない。
――ただの事故だと思った。
この時はまだ。
◇◇◇◇◇◇
結局パーティーは主催者の判断で中止となった。
被害に遭った男は軽傷だったものの、人身事故には違いない。一時はどうなるかと思ったが自社企画の製品が起こした不祥事のため、事件は隠蔽。
せっかく高い酒が飲めると思っていた川田は不機嫌だった。
「全く……今時衝突事故って、何年前にクリアした問題だと思ってるんだ?」
その川田の苛立ちは、今朝の電車の遅延によってさらに拡大している。
今朝方、学校で教師をしている妻が先に家を出るのを見送り、五歳になる娘をAI搭載の育児ロボットに任せた。
それまでは、いつもと同じ朝だったのだが――
『お客様にご連絡いたします――ただいま――自動運転トラブルにより――』
通勤時間帯を迎えた駅のホームは、大勢の通勤・通学客でごった返している。
AIによって管理され“最適化”された通勤時間管理。
政府の奨励によって今やほとんどの企業で導入され、通勤ラッシュは軽減されたが、一度こうしてトラブルが起こってしまうとどんどんと混雑は増していく。
結局、予定より四十分も遅れて電車到着のアナウンスが流れた。
「全く……昨日の件だって片付いてないのに、勘弁してくれよな」
昨日事故を起こしたAIロボット。川田は直接その企画には携わらなかったが、会社が回収した膨大なデータから技術系の委託会社にトラブルの原因を調査させなくてはならない。恐らくあの製品の企画チームだけでは回らないのは予想できる。川田のチームは今、次の企画の構想段階。すなわち手が空いている。
どう考えてもうちのチームに皺寄せが来るのはわかりきっている――なんて考えていた時。
電車がホームに侵入してきた。AIロボットが、黄色い線の内側に下がるよう人々に指示している。
どうせ、この車両に俺は乗れないだろうな。俺はあと二、三本後の――
――バァン
音がした。
何かが、弾き飛ばされるような音、それと、ガラスの割れるような音も。
電車を待っていた人々でごった返すホーム。その群衆が、ざわつき始める。
――電車のドアが、いつまで経っても開かない。
「……こりゃダメだな」
何が起こったかわからなかった。いや、川田は考えようとしなかった。その頭にあったのは、“最悪の予感”。
結局、群衆をかき分けて駅を立ち去る。
タクシー乗り場も行列ができている。
「二駅ぐらい、歩くか……」
川田は、片道四十分のウォーキングを覚悟した。
◇◇◇◇◇◇
「おう川田、遅かったな」
出社した頃、川田はすでにクタクタだった。
運動を滅多にしない川田にとって、四十分のウォーキングはかなりきつい。
「その様子じゃ、アレに捕まったか」
オフィスを眺めると、皆、運び込まれたらしいテレビモニターにかぶりついていた。
本来は休憩スペースにある共用のテレビモニター。わざわざ運び込んでまで何を――
『――今朝未明、〇〇線で発生した人身事故で――』
「は? 人身事故?」
川田は言う。
「おかしな話だよなぁ? 駅はAI管理のホームドアが設置されてるだろ? いくら混んでたとはいえ、人が電車にぶつかったなんて」
「ぶつかったのか!?」
「ああ。SNSで動画が」
「嘘だろ……」
「そもそも、なんでこんなに人いんだよ」
「信号トラブルだと」
「はぁ……?」
川田の同僚たちはニュースを見ながら口々に言う。
(いやいや……やばいだろこれ)
川田は首元から伝う冷や汗の不快感を手で拭う。
昨日起きたAI制御の給仕ロボの誤動作。
今朝の電車でのトラブル。
『えー、速報です。先ほど、東京都〇〇の工事現場で事故が発生したとの情報が――』
次のニュースをアナウンサーが読み上げ始めた瞬間、先ほどまで色々と言っていた同僚たちは皆、黙ってしまった。
「おい……」
一人が口を開く。その声色からは“恐怖”が読み取れる。
「あの現場って、アシスタントAIの導入でウチが入札、負けたところだよな」
「あ、ああ! 入札したのはグリーンテック社だぞ?」
「おいおい……今朝、人身事故を起こした鉄道会社のAI監修は違う会社だろ」
各々が息を呑んだ。
ここにいるのは、AI産業の最前線で営業しているテック企業戦士たち。
皆、今起きている出来事に恐怖した。
(まずい、まずいまずいまずい!)
それは、川田も同じ。
ウチだけなら、自社製品の“不具合”ならまだ良かった。
しかし――
世界初の“汎用型AI”が開発されてから、今の今まで、目立った事故事件がなかった製品たち。
それらが、おかしな動きを始めている。
しかも、“一斉に”。
(家族に連絡を――)
「あっ……」
スマホの通話機能を起動した川田は、絶望に突き落とされた。
「圏外……!?」
川田が生まれてから、一度も体験したことのない絶望。
携帯端末の圏外。
人類は、この瞬間、ほとんどの通信機能を失った。
すぐに、テレビモニターは何も伝えなくなった。
(一体……何が起こってる!?)
――最初は、事故だと思った。
でも、あの時、異変に気づいていれば。
今朝、軽率に家族と離れなければ。
あの電車の事故の後、家に帰るという選択ができていれば。
川田の運命は変わっていたかもしれない。




