第19話「絶体絶命」
## 第19話「絶体絶命」
### 【あらすじ】
澪の家には、誰もいなかった。そこにあった弾痕から、澪の両親の結末を感じ取った真衣は、川田たちの待つ車に戻る。
なんとか危機を脱した一行だったが、依然として状況は苦しく――
### 【本文】
澪は、次第に声をあげて泣き始めた。
真衣は後部座席に移り、ただ澪を優しく抱きしめた。
川田は、黙って車を“ある場所”に走らせる。
彼の頭の中には、とある場所が浮かんでいた。
“久世邸”。
都内の一等地にある、久世慶三という老人の豪邸である。
(ラジオで聞いた“地下基地”……俺が思い当たるのは、ここしかない)
澪の家に向かう途中で聞いた放送。
それを聞いてから、川田は“地下基地”について考えていた。
そして――思い出した。
この事態で、自由に安全圏を作ることができそうな人間の存在。
仕事柄、川田にとって……いや、AI産業に携わる多くにとって厄介なタイプの人間だった。しかし、今この状況で、最も頼りになり得る存在。
川田は面識がなかったが、良くも悪くも有名人であるその老人は、“反AI活動家”だった。
◇◇◇◇◇◇
時刻は十一時を回った。
清掃活動開始まで、あと1時間弱。
地図アプリもナビも使えなくなった状態で、川田は必死に久世邸の場所を記憶から辿り、車を走らせていた。
「川田さん……どこに、向かっているのか聞いてもいいですか?」
澪が泣き疲れて眠ってしまったタイミングで、真衣が聞いた。
「久世慶三……って人の家です」
「家……? どうして――」
「聞いたことないですか? 反AIを掲げる“思考同盟”っていう団体」
「……なんとなく、聞いたことは……あるかもしれません」
「その団体の代表が、久世慶三です。うちの会社の近くに豪邸を持っていて――敷地には一切AI製品を持ち込まないって有名なんですよ。ちなみに、うちの会社の前でデモを起こされたこともあります」
「そ、そうなんですね……」
「で、その時部長が、会社の株を下落させた久世慶三のインタビュー記事のことを話してたのを思い出しまして」
「どんな記事だったんですか?」
「“いずれAIは世界を滅ぼす。私はその時のために、自宅の地下にシェルターを作っている”って」
真衣は、言葉を失った。
「正直……世間では“頭のおかしい老人”って扱いだったんです。世界トップクラスの企業たちに噛みついていくキワモノって感じで――」
「ですが、彼は資産家でもあるので、影響力だけはあったんです。誰もその言葉に耳を貸しませんでしたが」
「まさか……そのシェルターが、その“地下基地”?」
「そうだと……いいんですが」
会話が切れるのを見計らったように、川田が車を走らせる幹線道路の左側に、立派な和風の塀が現れた。
「…………これだ」
白い漆喰の壁に瓦が載っている。見るからに金がかかっていそうな壁が、敷地をぐるりと囲っているようだ。
それに沿って車を走らせると、木造の門の前に着いた。
「あ、あれ……? 開いてる?」
二人の想像に反して、大きな木の門は開け放されていた。
「入って……いいんだよな?」
川田は車のハンドルを切り、門をくぐる。
邸宅に向けた一本道。左右には、これまた高級そうな松の木がずらっと植えられている。
「敷地内に林って……どんだけ金持ちなんだ――」
敷地の一本道を進みながら、そんなことを思った矢先。
「……は、ハァ!?」
二人が見たのは、信じ難い光景だった。
「川田さん! バック!! 戻りましょう!」
駐車場らしき空間にいたのは――数十体のロボット。
その全てが、金銀で彩られた高級な筐体。
「ば、バックって――」
「Rです! ギア!」
ブレーキを踏み、ギアを入れる。
しかし――
「まずいまずいまずい!!!!」
バックするために振り返ると、木製の門が、ゆっくりと閉じられていくのが見える。
「川田さん!」
アクセルを踏んだが――間に合わない。
「うわァァァ!!!」
門に激突する寸前で、川田はブレーキを踏み抜いた。
「……囲まれた」
すでに車の周りは、どこから現れたのか、金銀のロボットたちが囲んでいた。
「銃、持ってます」
しかも、そのロボットたちは、もれなく銃を持っていた。
真衣が、眠る澪を庇うように抱きしめた。
(俺の銃は弾切れ……真衣さんの銃も……恐らく残弾は少ない)
もはや、この場を打開する方法は一つしかなかった。
「つ、掴まれ!!!」
強行突破。川田は慣れない手つきでギアをDに戻し、アクセルを踏み抜く。
直後、進行方向のロボットたちが飛び退き、車の突進をかわす。
ノープランの逃走。だが、こうするしか方法がない。
しかし――その逃走は長く続かなかった。
「な、なんだ!?」
銃声が鳴る。
川田の握るハンドルが、意思に反して切られた。
何が起こったのかわからない。車の勢いが削がれていく。
「クソったれ!!」
川田は何度もアクセルを踏み抜くが、エンジン音が唸りタイヤのばたつく音がするだけで、加速が弱い。
(タ、タイヤだ――)
そうして、気づいた。
タイヤを撃たれたのだ。
正確に、四発。
「く、クソっ!!!」
コントロールを失った車は、道を外れ、脇に植えられた木に向かって突進していく。
――ブレーキを踏んだが、遅かった。
◇◇◇◇◇◇
木の根元に突っ込み、停車した車。
幸い、車の勢いが削がれていたため、大事には至らなかったものの、強い衝撃が三人を襲った。
「か、川田さん……大丈夫ですか?」
澪は、真衣が抱いていたため問題ないだろう。だが、もはや真衣の言葉は、川田には届かなくなっていた。
妻と娘に再会する。そのために、どうしたらいいか。その考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消える。
すぐに、追いついてきたロボットたちが、車を取り囲む。
まさに、絶体絶命だった。




