第17話「真田真衣」
## 第17話「真田真衣」
### 【あらすじ】
ジュニア邸を車で飛び出し、澪の自宅へ向かう一行。
道中で謎のラジオを受信し、“地下基地”の存在を知る。
しかし――まずは澪の家族の安否を確認したい。マンションに到着すると、真衣が澪の自宅を確認しに侵入するが――
### 【本文】
真田真衣。
都内に住む小説家だ。
一部のファンから熱狂的な支持を持つ作家であるが、その素顔を知るものはほとんどいない。
彼女は人前に出ることを極端に嫌った。
それは――彼女の家庭環境が影響してのことだった。
今、彼女は――出会ったばかりの少女、その家族のために、命をかけてマンションを探索していた。
真田真衣にとって……家族とは、プレッシャーだった。
幼少期から母の綿密な教育計画に縛られ、成功こそが全てだと教わってきた。
――今の彼女の姿とは程遠い理想。
乱暴に車を走らせ、銃を握り、マンションに侵入している。
とりわけ、何かがあったわけではない。
ただ、母の理想をプレッシャーと感じるようになってから、ゆっくりと、時間をかけて真衣は壊れた。
まず、机に向かえなくなった。
勉強し、問題を解き、評価される。
目標に届かなければ叱責され、目標以上であれば次に進む。
次第に体がそのサイクルを拒否するようになり、真衣はその行為そのものに拒絶反応を示すようになった。
母は、そんな真衣を心から心配した。
その原因が自分にあるとはつゆにも思わず、様々な心療内科を受診させた。
医者と母の間で、どんなやりとりがあったのかはわからない。
だが、提供されたのは、今まで通り勉強ができるようにするためのリハビリだった。
真衣は、ただ従う。
――決して治ることがないと確信しながら。
真衣は、澪から言われた部屋を目指す。
エレベーターは使えない。階段で上階を目指す。
『もう、あなたの自由に生きなさい』
地元の私立中学から通信制の高校に進むことが決まったころ、母から言われた言葉が脳内にフラッシュバックした。
結果的に……真衣の母は、真衣を諦めた。
妹が生まれることがわかったのも、同じ頃だった。
中学生ともなれば、何が起こったのか、理解するのは容易かった。
『解放された』
そう思った。いや――そう思おうと努力した。
だが、真衣の心情は、ここでも大きく歪んだ。
母の期待、愛情を奪われた。そう思ったのだ。
誰に――?
まだ生まれてもいない命への嫉妬だった。
真衣は、自分の心を理解できなくなった。
自分が、まるで他人のように振る舞い始めた。
そして……逃げるように、本の世界にのめり込んだ。
狂ったように本を読み、見よう見まねで書いた。
本の中に、様々な自分を生み出した。
時には、世界を救う勇者。
時には、人を惑わす悪女。
時には……主人公を助け、命をかけて守るパートナー。
その切実な作品たちが、ある出版社の目にとまり、真衣は自立できるほどの収入を得るようになった。
その後のことは、彼女の記憶からほとんど消えている。
家を出る真衣を、母は止めたのか。
妹が生まれた時、連絡はあったのか。
全てから解放された真衣は、転がり落ちるように堕落していった。
食事はデリバリー。タバコを輸入し、部屋に喫煙用の設備を導入した。
作品を書くペースも落ち、締め切りに追われる日々を生きた。
漠然と、若いうちに死ぬであろうという根拠のない未来予想図も、この頃から頭を支配し始めた。
そして――世界に異変が起こった。
(ここだ……澪ちゃんの家)
今、真衣は、まちがいなく自分の意思で、誰かのために行動している。
紛れもない、自らの意思。
ジュニアのように、監視カメラを破壊しながらの移動はできない。
きっと、真衣の姿はカメラに映っている。マンションの前で待つ川田と澪にも、ロボットの魔の手が迫っている可能性が高い。
すぐに中を確認して戻らなくては――
真衣はドアに手をかける。
「開いてる……?」
そして――
◇◇◇◇◇◇
なんの変哲もない部屋。
玄関からリビングにかけて、“整理整頓”された印象のある綺麗な部屋だった。
だが……それは真衣にとって安心には程遠い状態だった。
「誰か……いませんか?」
恐る恐る声をかける。
返事はない。
そのままリビングへと進むが、そこは……人が暮らしていた形跡すら感じさせない、空虚な部屋だった。
「…………誰も、いません……か?」
真衣の声が震える。
“誰もいない”
それが示すのは――
真衣の頭が、考えることを拒む。
幼少期のトラウマが、蘇る。
だが――
「あ…………」
見つけてしまった。
とある違和感。
決定的な証拠。
壁に開いた、二つの“穴”
一つは、真衣の頭部と同じくらいの高さ。
もう一つは、それより少し高い位置に空いていた。
弾痕だ。
◇◇◇◇◇◇
「おい……おっさん……」
その頃、車に残った川田と澪。
「わかってる……まずいな」
ここに来るまで、車は大勢のロボットの目にさらされてきた。
その多くは“走る”など高速で移動する機能がないものがほとんどであったものの、追跡の意思は感じられた。
その何体かが、川田たちの視界に入った。
角を曲がり、まっすぐ車の方に歩いてくる。
振り返れば、逆方向からも同じようにロボットが姿を現し始めていた。
「真田さん……何してるんだ……!?」
川田ができるのは、このまま車を走らせて逃亡するか、握った銃で応戦するかだった。
幸い、ロボットたちは武装していない。
というより、清掃活動前の時間は、武装したロボットを見ていない。
広告用……家事用、教育用のロボットたち。
耐衝撃性は重視されていないモデルたちだ。
「お、おい……! おっさん!?」
川田は車のドアを開けた。
「澪はこのまま隠れていてくれ」
「隠れてろって……おっさんはどうするんだよ!?」
「最初に近づいてくるロボットから撃つ。真田さんが戻ってくるまで」
澪は信じられないといった表情で川田を見る。
「ちょっとだけ我慢してくれ」
澪の返事を待たずに、川田は外に出た。
ロボットたちの視線が一気に川田に集まる。
(そもそも……どこまで引きつければいいんだ?)
川田には銃の経験がない。
狙い方は教わったが、それがどれくらいの精度で、どれくらい飛んでいくのか見当がつかない。
川田は、最初に車に到達するであろうロボットに目星をつけ、狙いを定める。
(後ろのサイトと……前のサイトを合わせる……だったか?)
ジュニアのレクチャーを思い出しながら、構える。
狙うのは、AIの心臓、胸部に埋め込まれた基板ユニット。
川田は、震える手で引き金を引いた。




