第16話「放送」
## 第16話「放送」
### 【あらすじ】
深夜、ジュニアの屋敷を訪れたAIロボットは、子供を保護局へ届ける“保護作業”と、規則に違反した人間を処理する“清掃活動”について説明する。
相互通信への対応を理由に保護局へ同行するよう求められたジュニアは、川田たちを守るため、一人で屋敷を去った。
残された川田と真衣が見つけたのは、煙草の箱に隠された一枚の紙切れ。そこには『俺のことは忘れろ。この屋敷のものは全部やる』と書かれていた――
### 【本文】
「川田さん……本当に行くんですか?」
時刻は午前七時。
真衣が昨夜聞いた話が正しければ、“保護作業”が終わる時間だ。
川田、真衣、澪の三人は、ジュニアの屋敷にあるガレージへ集まっていた。
「……まずは、澪の家に行きます」
川田はそう答えながら、並んでいる車を一台ずつ確認していく。
車そのものには詳しくない。しかし、AIを搭載した製品なら見分けられる。
現在主流の車は、所有者の認証から運転制御までAIに依存している。ジュニアの登録情報なしでは動かせず、そもそもAI製品が軒並みダウンしている現状では足にならない。
「……これだ」
川田が立ち止まった先にあったのは、見るからに古い年式の車だった。
「これって――」
真衣が興味深そうに車体を覗き込む。
「おそらく、コレクション用でしょう。ガソリンエンジンで動く車です」
「動くんですか?」
「わかりません。でも、今移動するにはこれしか……」
川田はガレージの奥にあるスチールラックを探る。
「あった。鍵――」
探し物はすぐに見つかった。
車のキーは、まるで必要になることがわかっていたかのように、目立つ場所へ置かれていた。
川田はキーを握り、車のドアへ手を伸ばす。
「あ、あれ……こういう車って――」
「ここです。多分、鍵を挿して開けるんだと思います」
真衣がドアの取っ手を指差した。
「やっぱり、こういうの詳しいんですか? レトロ趣味というか――」
「まあ……そういう時代の小説を書いたこと、ありますから」
真衣に教えられながら鍵を回し、運転席へ乗り込む。
イグニッションへキーを挿して捻ると、何度か咳き込むような音を立てた後、エンジンが目を覚ました。
映画でしか聞いたことのないような、けたたましい駆動音がガレージに反響する。
「…………これで、家に帰れるのかよ」
澪が消え入りそうな声で言った。
「……大丈夫だ。必ず、澪の家に辿り着こう」
「川田さん……」
真衣が不安そうに川田を見る。
根拠のない言葉だった。
だが、この状況で根拠のあることを言える人間は、どこにもいなかった。
「アクセルとブレーキ……ギアは、Dに入れれば走るよな……?」
川田はハンドルの奥にあるメーターを確認する。
燃料は半分ほど残っている。少なくとも、澪の家までは走れるはずだ。
「あとは……食料と水を積みましょう」
三人がかりで屋敷から集めた物資を、トランクと後部座席へ運び込む。
「……これも、持っていった方がいいよな」
最後に川田と真衣が確認したのは、ジュニアから譲り受けた拳銃だった。
どのような型なのか、二人にはわからない。ただ、所有者の認証を必要とせず、一般には所持を認められていない銃だということだけは、ジュニアから聞いていた。
「弾は、ここに入っているだけってことですよね」
教わった通りに、川田が弾倉を抜く。
「何発入ってるんだ、これ……」
「私に聞かれても……」
「アタシも知らない」
ロボットを相手にするには、あまりにも心許ない装備だった。
それでも、屋敷に留まり続けることはできない。正午に“清掃活動”が始まれば、いつロボットたちが戻ってくるかわからなかった。
「……行こう」
川田はギアをDへ入れ、ゆっくりとブレーキペダルから足を離す。
車はガレージを出て、歩くような速度でスロープを上っていく。
「……遅くないですか?」
屋敷の敷地を出ても速度を上げない川田に、真衣が言った。
「し、仕方ないじゃないですか。こんな古い車、そもそも自動運転車以外を触るの初めてなんですよ」
「代わってください」
「え!?」
真衣が助手席から身を乗り出し、ハンドルへ手をかける。
「あ、危なっ!?」
そのまま川田の上へ座るように運転席へ入り込んできた。車がほとんど止まりかけている間に、川田は押し出されるように助手席へ移る。
「な、何を――」
真衣は返事もせず、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
古い車が唸りを上げ、道路へ飛び出す。
「え、えぇ!?」
川田は唖然としながら、真衣の運転を見守るしかなかった。
後部座席では、澪がシートベルトを固く握りしめている。
慌てて周囲を確認すると、幸いロボットの姿は少ない。
それでも数体が街を徘徊していた。車に気づいて追いかける素振りを見せるが、距離が開くと諦めたように興味を失っていく。
(さすがに……スペック以上の動きをしてくるわけじゃないか)
川田の知識にある一般的な自立思考型AIロボットの運動性能――それらは、全速力で移動する車を追跡できるほどの性能ではない。
「澪ちゃん。道、わかる?」
「え!? あ、ああ。多分……」
澪は曖昧な記憶を辿りながら、真衣へ道を伝える。
その間にも、車は幾度となくAIロボットの目に晒された。
おそらく、目撃情報はすでに共有されている。
(澪の家に着いたところで、車を停めて外に出られるのか?)
川田の不安は尽きなかった。
その時――
『――時――四十分。――放送――――より――へ』
雑音に混じって、何かが聞こえた。
「……なんだ?」
「ラジオ……でしょうか」
真衣が言う。
「ラジオ? なんでまた――って、この車か?」
ダッシュボードには、かなり古いカーナビゲーションが取り付けられていた。
GPSは規格が古いのか、現在地を表示していない。しかし画面には、何らかのラジオ電波を受信している表示が出ていた。
「川田さん。それ、周波数を変えられるか調べてください」
真衣が珍しく強い口調で言う。
「あ、ああ」
川田はカーナビ下部のプラスボタンを押した。途端に音声が大きくなる。
「それ、ボリュームです」
「す、すみません」
続いて、三角形が連なったボタンを押す。受信する周波数が切り替わり、途切れ途切れだった声が明瞭になった。
『七時四十分。定期放送。東京都第三区域地下基地より、地上の生存者へ』
「ち、地下基地って言ったか? どこにそんなものが――」
『七時四十分。定期放送。東京都第三区域地下基地より、地上の生存者へ』
『次は正午に清掃活動が始まる。繰り返す。次は正午に清掃活動が始まる。ロボットの指示に従わない者、何らかの規則に違反した者は直ちに殺される。心当たりがある者は、すぐに東京都第三区域地下基地へ来い』
三人は黙って放送を聞く。
同じ文言が何度も繰り返され、やがてラジオは雑音しか伝えなくなった。
「……場所、言わないのか」
「言えないんだと思います。どこで聞かれているかわかりませんから」
「……俺たち、もう“清掃対象”なんですよね」
「ジュニアさんを連れていったロボットは、そう言っていました」
「ちょ、ちょっと待てよ……それじゃあアタシたち――」
澪が言葉を失う。
誰もが、今日の正午から始まる“清掃活動”を恐れていた。
川田と真衣は、すでに清掃の対象。小学生の澪だけは保護の対象だ。
「正午までに、地下基地へ行かないと」
川田が呟く。
「その前に、澪ちゃん。家はこの辺?」
「あ、ああ……! そのマンションだ。五階の角部屋」
「私が見てきます。川田さんは澪ちゃんと車に」
幸い、周囲にロボットの姿はない。
だが、街中に張り巡らされた“目”が三人を追跡している可能性は高い。
時間は限られている。
ロボットが追いつく前に澪の家を確認し、家族がいれば無事を伝える。その後は、家族も連れて地下基地を探すしかない。
澪をロボットに保護させるわけにはいかない。拒めば、家族まで清掃の対象になるだろう。
(もし、誰もいなかったら――いや、そんなことは考えるべきじゃない)
真衣はマンション前へ車を停めた。
「行ってきます」
拳銃を手に車を飛び出し、エントランスへ駆けていく。
(あれ……でも、入り口、開かないんじゃ――)
川田がそう思った瞬間。
――バァン! バァン!
真衣は迷わず、自動ドアへ二発撃ち込んだ。
ガラスの砕ける音が周囲に響き渡る。真衣は痺れた手を押さえながら、割れた箇所からガラスを蹴破り、マンションへ侵入した。
「おっさん……あの人、大丈夫なのかよ」
「大丈夫……だと思う」
そう答えながら、川田の頭には、ある言葉が蘇っていた。
『その時は、一緒に死にましょうね』
真衣と初めて出会った夜、川田が眠る前に彼女が告げた言葉。
真衣には、死を恐れていないようなところがある。
先ほどの運転も、今の行動も。
そして――川田の家で読ませてもらった、真衣の小説。
物語の主人公を支えたあの女性に、真衣の姿が重なって見えた。




