第13話「安息」
## 第13話「安息」
### 【あらすじ】
屋敷から響いた銃声。何があったのかを語らないジュニアに招かれ、川田たちは彼の豪邸へ身を寄せることになった。
一晩中、学校の給食室に隠れていた澪は、川田の手を握ったまま眠りに落ちる。一方、ジュニアと真衣は、屋敷に残されていた食料を使って夕食を用意した。
豪華な料理を前に、ジュニアはそれを備えてくれた優秀な執事が“いた”と語る。その過去形から銃声の意味を察した川田は、何も尋ねることができず――
### 【本文】
豪華な料理を前にしても、澪は眠ったままだった。
川田の手を固く握り、ソファの上で小さな寝息を立てている。
「娘っ子は……起きそうにねえな」
ジュニアが澪のために用意した料理へ覆いをかけた。
「メシは取っとく。兄ちゃんの分もな」
「すみません」
「謝んな。今まで一人じゃ、食いきれねえほどあったんだ」
ジュニアのその言葉に、川田は何も返せなかった。
川田は、澪に握られたままの手に視線を落とす。
「俺も、しばらく動けそうにないです」
料理を運び終えた真衣もそれを見る。
「……ずいぶん、懐かれましたね」
「懐かれたっていうか……不安を紛らわせてるだけじゃないですかね」
「同じことだと思いますけど」
「こんなところで寝かせる必要なんざねえ。奥にベッドルームがある。運んでやりな」
ジュニアに勧められ、川田は澪の手を握ったまま、起こさないよう慎重に抱き上げる。
小学校の高学年にもなれば、それなりに重い。それでも腕の中の澪は、ひどく小さく感じられた。
(千花も、あと数年もしたら……このくらい大きくなるのか)
澪を抱いて、教えられた寝室へ向かう。
(無事に会えたら――だけどな)
胸の奥が締めつけられる。
寝室には、豪邸にふさわしいキングサイズのベッドが置かれていた。
川田は澪をその中央へ寝かせ、柔らかな毛布をかける。
「……せめて、今だけはゆっくり休んでくれ」
眠っている澪に声をかけ、そっと手を離そうとする。
しかし、澪の指は離れなかった。
引き抜こうとすると、苦しそうに眉を寄せる。
「……まいったな」
「一緒に寝てあげたらどうですか」
「うわっ」
振り返ると、いつの間にか真衣が寝室の入り口に立っていた。
「驚かせないでくださいよ」
「ご飯は、二人分取っておきますから」
「でも――」
「今、この子を一人にする必要もないでしょう」
真衣の声は優しかった。
澪を慰めようとして、かえって泣かせてしまった時とは違う。何かを押しつけるのではなく、ただ寄り添おうとする声だった。
「…………そうですね」
川田は返事をしながら、ベッドの端に腰掛けた。
真衣はしばらく二人を見つめた後、静かに扉を閉めた。
◇◇◇◇◇◇
「川田さん」
声がした。
「……んん?」
重いまぶたを開く。
澪の隣に座っているうちに、川田も横になって眠ってしまったらしい。
部屋に置かれた時計を見ると、すでに日付は変わっていた。
「ああ……寝ちゃったのか」
澪は川田の腕にしがみつくようにして、今も眠っている。
声のした方を向こうと、川田がゆっくり反対側を見る。
「あ……」
目の前に、真衣の顔があった。
「うわっ」
川田は驚いて反対側へ寝返りを打ちかけ、澪を潰しそうになって慌てて止まる。
「ご、ごめんなさい……」
真衣が囁く。
「この家、ここと、もう一つ来客用のベッドがあるだけみたいで」
「いや、それはいいんですけど……近くないですか? これだけ広いベッドなんですから」
「……恥ずかしがってるんですか?」
「いや――俺、既婚者って知ってますよね?」
「…………ごめんなさい」
真衣はそう言いながら、毛布の中でもぞもぞと離れていく。
キングサイズのベッドの端まで移動し、川田に背を向ける。
その背中が、ひどく寂しそうに見えた。
「……代わりますか、こっち」
川田は小声で言う。
「大丈夫です」
「でも、端、寝づらくないですか」
「“そっちの役割”は、代われる自信がないので」
「“役割”……?」
真衣の返事はなかった。
――そのまま眠ってしまったらしい。
川田には、彼女の言葉の意味がわからなかった。
澪にとっての親代わりという意味なのか。
それとも――誰かに必要とされること、そのものを指していたのか。
真衣の過去を、川田はほとんど知らない。
家族がどこにいるのかも、生きているのかも知らないと言っていた。
自業自得だと、自嘲するように笑っていた。
(この人も……一人なんだよな)
澪の体温が、腕を通じて伝わる。
少し離れた場所からは、真衣の静かな寝息が聞こえる。
この屋敷には、たった一人で大切な存在を撃ったジュニアがいる。
誰もが、大事な人を失っていた。
あるいは、失いかけていた。
それでも今だけは、同じ屋根の下で眠っている。
――まだ、何も解決していない。
杏奈と千花がどこにいるのかもわからない。
人類保護局が何なのかも、“保護作業”が何のために行われているのかも。
明日の朝を無事に迎えられる保証さえない。
川田は、胸の奥に渦巻く不安を押し殺すように目を閉じた。
せめて今だけは、このかりそめの安息に身を委ねながら。




