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人類保護区  作者: プロテイン長田
第3章「仮初めの保護区」

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第12話「喪失」

## 第12話「喪失」


### 【あらすじ】


 午後五時から始まる「保護作業」を避けるため、川田、真衣、澪を自らの屋敷へ連れてきたジュニア。


 屋敷で彼を迎えた執事ロボットは、AIたちを操る謎の“種”がジュニアの機械部分にも巣食い、すでに脳の近くまで侵食していると告げる。


 命令に従い、保護作業へ向かおうとする執事。大切な友人を傷つけさせないため、ジュニアは父親以上に自分を育ててくれた存在へ銃口を向け――


### 【本文】


 乾いた銃声が、静まり返った屋敷から響いた。


「――っ!」


 川田の隣に座っていた澪の体が、びくりと跳ねる。


 反射的に身を縮めた少女の肩を、川田はそっと抱き寄せた。


(今のは……ジュニアの家の中から聞こえたが――)


 川田たちの乗る黒いスポーツカーは、巨大な門の手前に停められたままだ。


 車内には川田と真衣、澪の三人だけ。ジュニアは一人で屋敷へ向かい、まだ戻ってきていない。


「ジュニアさん……大丈夫でしょうか」


 真衣が小さな声で言う。


「わかりません。ですが、今の音は……」


 そう答えながら、川田は窓越しに屋敷を見た。


 広大な庭園にも、大きな玄関にも、変わった様子はない。


 銃を持ったロボットが飛び出してくる気配もなければ、ジュニアの声も聞こえない。


「……なに心配してんだよ。あいつも――ロボットなんだろ」


 澪が川田の服を握りながら言った。


「いや、ジュニアは人間だ」


「嘘だ。あいつ、目が……」


「体が機械なだけだ」


 澪は納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。


 それからしばらくして、屋敷の玄関が開く。


 出てきたのは、ジュニア一人だけだった。


「待たせたな」


 車のドアを開けたジュニアに、いつもの豪快な様子はない。


「…………何かあったんですか」


「何も」


 即答だった。


「もう安全だ。三人とも、入ってくれ」


 ――何が“安全”になったのか。


 ――先ほどの銃声は何だったのか。


 川田には聞きたいことがいくつもあった。しかし、ジュニアのひどく気落ちした様子を見ていると、そのどれも口にはできない。


◇◇◇◇◇◇


 ジュニアの家――正確には、彼の父親が所有する別荘は、川田の想像をはるかに超える大豪邸だった。


 吹き抜けの玄関には巨大なシャンデリア。長い廊下には、川田でも名前を聞いたことがある芸術家の絵が飾られている。


 照明の大半は消えていたが、窓から差し込む夕暮れの光だけでも、その豪華さは十分に伝わった。


「すご……」


 澪が思わず声を漏らす。


「靴のままで入っていい。好きにくつろいでくれ」


 ジュニアはそれだけ言って、先にリビングへ入った。


 川田たちも後に続く。


 その途中、絨毯の上に何か重いものを引きずったような跡があることに気づいた。


 跡はリビングの奥から廊下へと続き、閉ざされた扉の前で途切れている。


(まさか、血……じゃないよな)


 薄暗くて、色まではわからない。


 川田が視線を上げると、ジュニアがこちらを見ていた。


「どうした、兄ちゃん」


「……いえ。何でもないです」


「そうか、そっちには行くなよ」


 それ以上、互いに何も言わなかった。


 リビングには、川田の自宅のものより何倍も大きなソファが置かれている。


 澪はそこへ腰を下ろした途端、張り詰めていた糸が切れたようにうなだれた。


「メシ――は、作らなきゃいけねえんだよな」


 ジュニアが呟く。


「私も手伝います」


 真衣が立ち上がる。


「タバコの嬢ちゃん、料理できんのか?」


「…………いえ、全然」


「ダメじゃねえか」


「ジュニアさんは?」


「俺が料理できるように見えるか?」


「見えませんね」


「ハッ、正直な嬢ちゃんだ」


 ジュニアはほんのわずかに笑った。


 いつもの豪快な笑い方とはほど遠い。それでも、真衣は彼の後についてキッチンへ向かった。


 残された川田は、澪の隣に腰掛ける。


 澪は座ったまま、何度も舟を漕いでいた。


「澪。ご飯食べられるか?」


「んん……いい。いらない」


「おい……昨日から何も食べてないんじゃないのか?」


「……眠い」


 そのまま、澪はソファの上で横になった。


「……そうか。じゃあ、とっておいてもらうから。腹が減ったら、いつでも言えよ」


「…………」


 返事はない。


 すぐに寝息が聞こえ始める。


(まあ、無理もないか……)


 学校で異変が起きてから、澪は給食室の寸胴の中に一人で隠れていた。


 暗闇の中、いつ見つかるともわからない恐怖に耐えながら、教師たちが撃たれる音を何度も聞いたのだ。


 眠れるはずがない。


 川田は、せめて楽な姿勢にしてやろうと、澪の頭の下にソファのクッションを差し込んだ。


 その時、澪の手が川田の手を掴んだ。


「……澪?」


 呼びかけても反応はない。


 眠ったまま、川田の手を強く握っている。


 離そうと少し動かしただけで、澪の指に力がこもった。


(…………参ったな)


 川田はソファに深く腰掛けた。


 手の小ささと、伝わる体温。


 どうしても、千花のことを考えてしまう。


(千花も……こんなふうに、誰かの手を握ってるのか)


(怖がって、泣いてないか)


(杏奈は、そばにいてやれてるのか……?)


 考えても答えは出ない。


 今はただ、眠っている澪の手を握り返すことしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇


「おい、兄ちゃん。できたぞ」


 どれくらい経っただろう。


 ジュニアの声に顔を上げると、広いテーブルにいくつもの料理が並べられていた。


 厚切りの肉。具だくさんのスープ。色とりどりの野菜。切り分けられたパンまである。


 雑多な料理ではあったが、豪勢そのもの。


 異変が始まった最初の夜、ライターの火でどうにか魚を温めた食事とは比べ物にならない。


「ど、どうやって料理を……!?」


「非常用のガスと水があった。保存食も山ほどな」


 ジュニアは料理を見下ろした。


「ウチには優秀な執事が“いた”んでな。騒ぎをいち早く察知して、必要なもんを集めといてくれたんだろ」


 “いた”。


 過去形だった。


(さっきの銃声……)


 ぜひとも礼を言いたい――そんな言葉が一瞬、川田の頭に浮かんだ。


 しかし、口に出してはいけないことだけはわかった。


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