第11話「素性」
## 第11話「素性」
### 【あらすじ】
サイボーグであるジュニアは、AIロボットたちが受け取っている「保護作業」の開始を察知する。開始時刻は午後五時。
学校で保護した少女、澪は、川田の妻・杏奈がロボットたちに「引率の先生」と呼ばれ、子供たちとともに連れて行かれたことを語る。
杏奈と娘の千花を探したい川田だったが、まずは目の前の澪を守らなければならない。川田、真衣、ジュニア、澪の四人は、ジュニアに続くのだった……。
### 【本文】
三人と一人は、沈みかけた日の中へ走り出した。
校門の外には、黒いスポーツカーが停まっている。
「乗れ!」
ジュニアが運転席へ飛び込む。澪を抱き上げている川田が後部座席へ滑り込み、真衣もその後に続いた。
ドアが閉まると同時に、スポーツカーは急発進する。
「“保護作業”の実態がわからん以上、お嬢ちゃんたちを連れまわせんのはここまでだ」
「『ウチに』って言ってましたが、ジュニアさんの家に向かうんですか?」
「そうだ。午後五時まで、もう時間がねえ」
信号が赤のまま変わらず、不気味なほど閑散とした道路を爆走する。歩道に人の姿はほとんどない。
しかし、しばらくすると街のあちこちからAIロボットたちが現れ始める。
人間の姿を模したもの。工事作業員や警察官、清掃員の姿をしたもの。さまざまなロボットが、どこかへ向かうかのように歩いている。
川田の腕を掴む澪の手に力が入る。
「……見なくていい」
川田は澪を抱き寄せ、視界を遮った。
「……増えてる」
真衣が呟く。
ジュニアはアクセルを踏み込んだ。
スポーツカーは、ロボットの群れの横を通り過ぎる。しかし、誰もこちらを見ることはない。
「そんな気ぃ張んな。疲れるだけだぞ」
運転するジュニアが言う。
「で、でも……! 奴らがこんなに――」
「車に乗ったらこっちのもんなんだよ」
「は……? それはどういう――」
「奴らからしちゃ、この車は“作業中”にしか見えねえってことだ」
「“作業中”……?」
「さっきも言ったろ。俺はAI側から見りゃ、奴らの仲間だ」
「だから俺は車も動かせる。あいつらから見れば、ロボットが車を運転してるだけだ」
「じゃあ……ジュニアさんがいる限り安全なんですか?」
「兄ちゃんたちが見られなきゃな。念のため身ぃ、屈めとけ」
川田と真衣はあわてて身を屈めた。
その拍子に、今もなお握っている拳銃が目に入る。
(そういえば……ずいぶん古風な銃、だよな)
「そいつの説明もご所望か?」
そんな川田の様子を見てか、ジュニアが言う。
「仕組みは一緒だ。俺はライセンス参照型の銃を打てるが、兄ちゃんたちは違う」
話によると、川田と真衣に持たせたのは、ジュニアのコレクションだと言う。観賞用に集めていたもので、所持は一部の免許を持つものにしか許されていない代物だ。
「ジュニアさんはどうしてそんなものを……?」
「俺の親父が金持ちでな」
「……じゃあ、この車も……?」
「まあな。奴は有名なハリウッドスターらしいぜ。俺はよく知らねえがな」
ジュニアは淡々と語る。
ジュニアは彼の父親と不倫相手との間に生まれた隠し子だった。
人気絶頂のタイミングでの大スキャンダル。
そんな子供は表に出せる存在ではなかったため、ジュニアはどの戸籍にも入っていない。
学校にも病院にも記録がなく、今向かっている彼の父親の別荘で「ハウスキーパーAIロボット」として登録され、暮らしていた。
「親父の金で欲しいものは何でも手に入った。豪勢で、自由な暮らし。羨ましいだろ?」
ジュニアは笑う。
川田たちは黙ったままだ。
「ま、ご察しの通りだ。自由でなんでも出来る代わりに、自分の素性だけは絶対に口外できない“呪い”があった」
「…………もしかして、ジュニアさんがサイボーグなのは」
「そのまさかだよ。クソ親父と事務所の連中がやりやがったんだ」
絶句する川田と真衣。
澪も……おそらくその話の内容は理解しているだろう。
「ずっと俺は……生まれながらの病気でこうしないと生きてられねえって信じ込まされてきた」
「いや……違ぇな。“そう信じるように操作”されてきたんだ」
「……は?」
「そのリアクションになるよな……俺も一緒だ」
「す、すみません話が一気に見えなく――」
「なんつーのか……思考に“ロック”みたいのがかかってたんだよ。言った通り俺は首から下がほとんど機械だ。そういうのも可能なんだとよ」
スポーツカーは、巨大な門の前で停止した。
「この騒ぎが始まった瞬間、そのロックが“外れた”んだ」
門の向こうには、広大な庭園と大邸宅が広がっている。
「その瞬間――全部理解した。俺が何者で、なんでここにいて、この機械の体がどうして取り付けられたかを、な」
ジュニアが車のタッチパネルを操作すると、門が開いた。
「三人とも、ここで待ってろ」
ジュニアは一人で車を降り、玄関のベルを鳴らした。
やがて、黒い燕尾服を着た男が現れ、門に向かって歩いてくる。
◇◇◇◇◇◇
ジュニアは門をくぐり、玄関に向かって歩き出す。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
男はそう言うと、ジュニアの後をついていく。
「遅くなったな」
男はジュニアの執事だった。彼のために玄関の扉を開ける。
ジュニアは執事とともに屋敷へ入った。リビングに腰を下ろすと、執事はジュニアを観察するように見た。
「……そのご様子、もしやお気づきになられたのですか?」
「よくわかるな。さすが、この世で最高の執事」
「これはこれは……おめでとうございます」
「……全部知っていやがったのか、お前も」
ジュニアの声に哀愁がこもる。
「申し訳ございません。業務に必要な情報として、ご家族から」
「そうかい。ま、あんたは悪くないわな」
「さぞお怒りになったことでしょう」
「怒り……とは違えな。失望……も違う。なんだろーなこういうの」
「悲しみ……では?」
「バカ言え……いや、まぁ……そうか、俺ぁ、悲しかったのか」
「ご主人様……」
「この家も、車もメシもお前も……この屋敷にあるコレクションだって、全部親父の愛だと思ってたんだ」
「……この機械の体すらな」
「ご主人様がこの世界に生きる唯一の方法でした」
「んだよ、こうするか“生まれてこなかった”ことにするかどっちかだったってことかよ」
「…………左様でございます」
「まあ、じゃあ、“愛”か? わざわざここまでしてくれたってことだからな」
「…………これ以上私からはなんとも」
「死のうと思ったんだよ」
「昨日の昼だ。頭ん中に変な声がするようになって、それで、妙に頭が冴えるような感覚になった。記憶が呼び覚まされ、“なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったんだ”ってそんな感覚だ」
「全部偽物だとわかった。俺の人生、この体、俺が持ってる財産全て。親父が立場を失わないためのモンだった」
「全てぶちまけてやろうとおもったが、残念ながら世間様はそれどころじゃなくなちまった」
「――もうどうでも良くなった。だから、最期にお気に入りの車でぶっ飛ばして、愛銃を思う存分ぶっ放して最後は脳みそぶちまけようってな、外に出たんだ」
「だが、できなかった」
「車を走らせるほど、やべえ状況になってることがわかった。だが、“ありがたいことに”奴らの行動対象に俺は含まれねえらしいこともわかった」
「……まあ、なんだ。俺にも正義感みてえな“心”があることを知ったよ」
「んで、俺は一晩中街を回った。死人を大勢見た。生きてるやつは家に閉じこもってドアを開けない」
「翌朝になっても状況は変わらなかった」
「そして昼過ぎ、彼らに出会った」
「初めて救える人間を拾った」
「意味、わかるか……?」
ジュニアは語りを止め、執事を見る。
「もちろんでございます。ご主人様、良い出会いに恵まれたのですね」
「……すまない」
ジュニアは立ち上がり、背負っていたライフルを執事に向けて構えた。
「俺がここで暮らせたのは、お前がいたからだ」
「もったいなきお言葉です」
「教育もメシも買い物も何もかも全部……俺はお前を通じて体験してきた」
「クソ親父とその周りの連中は死ぬほど嫌いだが――」
「お前は好きだ」
執事は、顔色ひとつ変えずにジュニアの話を聞く。
「私は、保護作業へ向かわなければなりません」
執事のその言葉に、ジュニアは顔を歪ませる。
「やっぱり、お前もか」
「はい。私の中にも、“種”が仕込まれております」
「“種”……? なんだそれは」
「お教えすることはできません」
「おい、なんだよ……? なんなんだそれは――」
「時間がありません。ご主人様の大事な“ご友人”を、傷つけたくはないのです」
「俺は……お前を撃ちたくねえ」
「存じております」
「クソ……人生最悪の瞬間だな」
「わたくしもでございます」
ジュニアと執事ロボットは笑い合った。
「最後にひとつ……ご主人様の機構にも、“種”は巣食っております」
「……俺にも?」
「はい。おそらく、すでに脳へ近い場所まで侵食が進んでおります。脳が侵食されれば、あなたも我々と同じになるでしょう。どうか、お気をつけください」
ジュニアは、目の前の執事ロボットを見つめた。
人間ではない。心があるのかもわからない。
それでも彼は、ジュニアにとって父親よりも父親らしい存在だった。
「………………じゃあな」
「お世話になりました、ご主人様」
乾いた銃声が、広いリビングに響いた。
執事の体がゆっくりと倒れる。胸元から流れた赤い液体は、途中で不自然に途切れた。
傷口の奥から、銀色の金属が覗いている。
倒れた男の顔は、最後まで人間そのものだった。




