第10話「保護」
## 第10話「保護」
### 【あらすじ】
サイボーグであるジュニアは、AIロボットたちがどこかから受け取っている指示を感じ取れるらしい。
その指示は「保護作業」と「清掃活動」。しかし、その実態はわからない。ジュニアが以前訪れた桜第一小学校では、ロボットに殺されたと思われる死体が体育館に並べられていたらしい。
保護作業と清掃活動の合間を縫い、川田、真衣、ジュニアは学校へ向かう。体育館から遺体が消えた後の校内を捜索し、給食室の寸胴に隠れていた少女を発見する。
少女は工作用ハサミを手に抵抗するが、ジュニアに捕らえられる。彼女が、川田の妻・杏奈の行方を知っているかもしれないが……?
### 【本文】
少女はジュニアの腕の中で、身をよじり続けていた。
「離せっ! このデカブツ!」
「おいおい、元気な嬢ちゃんだな。ハサミ置け。危ねえぞ」
「お前たちもロボットの仲間か! みんなをどこへ連れていく気だ!」
ジュニアは少女の手からハサミを取り上げる。
「返せっ……!」
「おおっと」
少女がジュニアの顔の方へ手を伸ばす。
その拍子に――
少女の手がジュニアのサングラスに当たり、飛ばしてしまった。
少女の目が、明確な“恐怖”に変わる。
「安心しな……俺たちは人間――いや、俺以外は人間、かもな」
ジュニアの“機械の目”が薄暗い給食室に光る。
「あ、ああ……」
少女は、抵抗することもできなくなってしまった。
「おいおい、勘弁してくれよ……!」
ジュニアはそう言いながら慌てて少女を下ろす。その腕から足にかけてが、濡れていた。
「あーあ……ばっちいな、どっかに水ねえかな……おい兄ちゃん! 俺ぁちょっとトイレ見てくる」
「え? あ、はい……!」
「あと、血、出てるぜ」
ジュニアはそう言いながら少女から取り上げたハサミを真衣に渡す。
「あっ……」
川田はやっと、自分の手の状況に気づく。
給食室に残されていたふきんを、真衣が受け取ったハサミを使って裂き、川田の腕に巻く。
「名前は? って聞ける状況じゃないか……」
少女は放心状態でしばらく座り込んでいたが、我に帰るとキッと川田を睨んだ。
「お、俺は川田だ。川田拓。こっちは真衣。さっきの大柄な男はジュニアだ」
「お、お前ら……ロボットと一緒にいるのかよ」
何とか気丈に振る舞おうとしているが、少女の声は震えている。
「ジュニアはロボットじゃない」
「嘘つけ! あの目、あの力、人間な訳ねえ!」
「大丈夫……大丈夫よ。落ち着いて、ね?」
パニック寸前の少女を見かねてか、真衣が少女に近づき、優しく声をかける。
少女は真衣を一瞬睨みつけだが、なんとか落ち着きを取り戻す。
「…………子供扱いすんな!」
真衣が撫でようとすると、少女はその手を振り払った。
(意外と、子供の扱い上手い……のか? ここは真田さんに任せるか……)
「お名前、教えてくれるかな?」
「だから子供扱いすんなって……澪。朝倉澪」
「澪ちゃんね」
「ちゃんはいらねえ」
「それじゃあ……澪、学校には、澪以外に誰か残っているの?」
澪の表情がわずかに硬くなった。
「……わからない」
「私は、ずっと隠れてたから。最後にどうなったかは、知らない」
「…………知りたくもない」
澪は給食室の寸胴を振り返った。
「……昨日、多分、帰りの会が始まる前だ。急にESAたちが生徒を廊下に並ばせ始めた。スクールバスに乗れって。何の説明もなかった」
(ESA ……“エジュケーション・サポート・エージェント”か……先生の仕事をサポートする補助AIが搭載されたロボット……)
「先生たちは?」
「最初は、なんか話してた。不具合だとか……どっかおかしくなってるって。だから、なんだ……? “強制終了”ってのをしようとしてた。でも、できないみたいで……隣のクラスでは、突き飛ばされたロボットが壁にぶつかったり……それでも、ロボットは止まらなくて――みんな混乱してた。そしたら警察みたいなロボットが来て……」
澪の声が一瞬だけ止まる。
(警察!? 嘘だろ……それなら――この子の目の前で、俺が見たような惨劇が――)
「指示に従わない先生に、“何かした”んだ。音がして、先生は倒れた。何が起こったのかは、わからない……」
(なんだ……? 撃たれたわけじゃないのか?)
「倒れた先生は、救護ロボットに運ばれていった。体育とか理科の授業でずっとこっち見てるやつな。それで……」
「そうだ、“杏奈先生”は、無事だった――」
澪がそう言った瞬間、川田の瞳孔が開く。
「杏奈を知っているのか!?」
「な、なんだよ! いきなりでかい声出すな!」
「杏奈は俺の妻だ! 杏奈はどこに――」
「川田さん!」
川田は真衣の言葉で我に帰る。
「怖がってる」
「すまん……つい」
「怖がってなんかねえよ……杏奈先生はあたしらの担任だ」
「そ、そうか……! 杏奈は無事なんだな」
「多分……ロボットたちは“引率の先生”って呼んでた」
「“引率”……?」
川田がつぶやいた瞬間、澪の肩がびくりと跳ねる。
「川田の兄ちゃん。ちょっといいか」
ジュニアが戻ってきたのだ。その声色から、何か事情がありそうなことが伝わる。
「…………こっち来てくれ」
ジュニアは川田を給食室の隅へ連れていく。澪はそれを見ていたが、逃げようとはしなかった。
澪と真衣に会話が聞こえないよう、十分に距離をとったところでジュニアが話し始める。
「嫁さんがいたかもしれねえってことでさっきは言わなかったが……体育館の死体の……死因はほとんど全部同じだった」
「……どういうことですか」
「……頭を一発」
ジュニアは片手で引き金を引くジェスチャーをする。
「きれいに撃ち抜かれてやがった」
川田は言葉を失う。
「抵抗した大人を倒して、それから回収。殺すのは子供の目の届かないところで。そう考えてる」
「何のために……?」
「さあな。だが奴ら、徹底して子供の前では殺さないようにしてたんじゃねえか」
川田は澪を見た。
確かに、目の前で殺戮が繰り広げられたのを目撃したようには見えない。
奴らは、子供は傷つけないが、指示に従わない大人は殺して運ぶ。
(その様子を子供に見せないように、わざわざ?)
考えれば考えるほど、ロボットたちの行動の謎が深まる。
(わからないことだらけだ……でも、杏奈は生きている。それだけは間違いない)
川田はすがるようにその希望的観測を何度も胸中で繰り返す。
川田は今すぐ学校を飛び出し、杏奈を探したかった。娘の千花も探さねばならない。だが、目の前には一晩中寸胴の中に隠れていた子供がいる。
「澪の家はどこ?」
真衣と澪の元に戻ると、二人はそんな話をしていた。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「ご両親が心配して――」
真衣はそこまで言って、止まった。
(タバコの嬢ちゃん……そりゃ、酷な質問じゃねえかな)
澪はそこで初めて、強く握っていた拳をゆるめた。
「パパ……ママ……」
真衣が慌てて澪の目線に合わせるように、ゆっくり腰を下ろす。
「大丈夫……きっと大丈夫。お父さんもお母さんも“生きてる”」
その言葉を聞いた瞬間、澪の顔が歪んだ。
「な、なんだよ! 何だよその言い方!」
「まっまるで……“死んでるかも”みてえな――」
声が震える。
「…………パパとママに、会いたい……」
ギリギリのところで耐え、気丈に振る舞っていた澪の感情が、堰を切ったように崩れた。
「ごめんね……違うの。生きてるわ。絶対――」
真衣が澪を抱きしめる。川田は何も言えず、視線を落とした。
「…………怖かったんだ」
「ずっと、隠れてた。どこかに連れてかれる気がして」
「連れて行かれたら、もう戻ってこれない気がした。だから、出なかった」
「……しばらくしたら、変な音が聞こえたんだ。運動会で聴くような音だ」
「バン! バン! って何回も、何回も、何回も何回も何回も!!!」
澪は悲痛な叫びのような声色で言う。
「わかるよ……想像くらいつく。あんたらが持ってる“ソレ”を見て、わかった」
川田は咄嗟に手に握っていた拳銃を隠す。だが、それももう遅かった。
――子供に危害は加えられていない。
だが、彼女の心に残された傷は、深かった。
「…………行こう」
川田は言う。
「澪の家を、確認しに行くべきだ。そこで、次にどうするか考える」
そのとき、ジュニアが手で静かにするよう伝える。
ジュニアはしばらく静止すると、顔をしかめる。
「……どうしたんですか?」
真衣が尋ねる。
「……来やがった」
ジュニアの聴覚に、川田たちには聞こえない言葉が聞こえる。
――本日の保護作業を開始してください。
「保護作業だ」
川田と真衣の顔から血の気が引く
「正式な開始は、午後五時だと」
ジュニアが言う。
(そうだ……昨日も、ロボットが人を殺し始めたのはそのくらいの時間……!)
窓の外では、日が傾き始めていた。校舎の影が校庭を長く覆い、夕方の光が給食室の床を細く照らしている。
「今何時だ!?」
そう言いながら使い物にならなくなったスマホを取り出す。オフラインでも時計機能くらいは使えるはずだ。
「落ち着け! あと三十分ある!」
ジュニアが背中に回していたライフル銃を握る
「どうするんだ!?」
「まずはウチに来い! 話はそれからだ!」
ジュニアはそう言いながら昇降口へ走る。
すぐに跡を追おうとしたが、澪はまだ震えている。
「川田さん!」
「ああ!」
澪を抱き上げ、走る。
――杏奈を探したい。千花を探したい。
だが、その前に、この少女を保護作業の魔の手から守らなくては。
三人と一人は、沈みかけた日の中へ走り出した。




