第6話:灰の荒野と、揺れる車内のスープ
聖王都アストリアの三重防壁を突破し、結界の外へと飛び出した特務遊撃第7小隊!
窓の外に広がるのは、生命の息吹と色彩を無慈悲に奪い去られた白灰の死の世界。
過酷な悪路を猛スピードで爆走する重装軍用馬車の車内で、底冷えに震える白狐コハクが完全マフラー化!?
エレナが愛用の『医療用短杖』で温める具だくさん特製スープが、初陣を前に強張るカナタの心を優しく解きほぐします。
戦場へとひた走る道中に描かれる、第7小隊の温かな絆と、やがて差し掛かる赤土の峡谷に潜む不穏な影とは──。
ガガガガッ、ガタタンッ──!!
聖王都アストリアを守護する最外郭主門をくぐり抜けた瞬間、車輪が奏でる律動は、滑らかな石畳の乾いた響きから、剥き出しの大地を力任せに削り取る暴力的な震動へと一変した。
重装甲で覆われた車体が激しく軋み、分厚い鉄板を幾重にも重ね合わせた頑丈な床から、容赦のない衝撃が突き上げてくる。
客室の座席に深く身を沈めたカナタは、跳ね上がりそうになる身体を必死に両腕で支えながら、座席の脇にある小さな強化ガラスの隙間から外を見つめた。
「…………っ」
息を呑む。喉の奥が乾き、わずかに漏れ出た呼気が、指先よりも冷たく感じられた。
小窓の向こう側に広がっていたのは、生命の色彩を根こそぎ奪い去られた、鉛色の死の世界だった。
果てしなく続く荒野。土は水分を失って白濁し、踏み荒らされた灰色の砂塵となって風に舞い上がっている。かつては豊かな緑を湛えていたであろう街道沿いの並木は、葉の一片すら残さず、冷気によって芯まで石化して白く立ち枯れていた。
天を見上げても、青空などどこにもない。どんよりと低く垂れ込める鉛色の雲海から、音もなく、絶え間なく、死の粒子──白灰が降り注いでいる。
チリチリ、チリチリチリ……。
馬車の装甲板を叩く微細な音が、まるで飢えた無数の怪異が爪を立てて外壁を擦っているかのように鼓膜を刺激した。
(これが、結界の外……。父さんの命を奪い、僕の村を飲み込んだ……この世界の本当の姿……)
あの夜、故郷の寒村で目にした地獄が、一過性の悪夢などではなかったことを思い知らされる。
聖王都を包み込んでいたあの温かな光、パチパチと灰を焼き払い続けていた天蓋防護結界こそが、人類が必死に作り出した奇跡の揺りかごだったのだ。結界を一歩でも踏み出せば、そこには温もりを許さない絶対の静寂が横たわっている。
カナタの指が、腰に帯びた黒漆の太刀──『不知火』の鞘を強く握り締める。
三日月と星を象った透かし彫りの鍔が、薄暗い車内の陰影の中で鈍く冷たい光を返していた。
心臓が不規則に跳ねる。朝の稽古で、自力で白銀の熱を巡らせる感覚は確かに覚えたはずだった。けれど、いざ本物の死の荒野を前にすると、全身の毛穴が収縮し、血液が急速に冷えていくような恐怖が背筋を這い上がってくる。
「……ひゃぅっ!? ひ、冷えるのじゃ! なんという底冷えじゃ、妾の美しい四肢が凍りついてしまうわ!」
カナタの胸の内を覆いかけていた冷たい緊張の霧を、甲高く尊大な悲鳴が唐突に吹き飛ばした。
足元から白い毛玉が跳ね上がったかと思うと、カナタの膝を踏み台にして、一匹の白狐が胸元へ飛び込んできた。
コハクだ。
外気が入り込む隙間風の寒さに耐えかねたのか、神獣としての威厳をかなぐり捨てた様子で、カナタの胸板にペタリと張り付いている。
「コ、コハク……?」
「ええい、無駄口を叩くなカナタ! よいか、動いてはならんぞ! 妾の冷え切った肉体を、そなたの熱で直ちに温めるのじゃ!」
コハクは前足で器用にカナタの制服の襟元を押し開けると、そのまま流れるように首の後ろへと回り込み、ふかふかの長い胴体と純白の尻尾を、カナタの首周りにぐるぐると二重に巻きつけた。
首筋に押し当てられる、驚くほど柔らかく極上の毛並み。かすかに白檀の香気を漂わせるその温もりが、カナタの喉元をすっぽりと包み込む。
「ふにゃぁ……極楽じゃ……。やはりそなたの首元は、妾のために設えられた至高の特等席よのう……」
満足そうに細められた金色の瞳。首元でゴロゴロと喉を鳴らし、完全に生きた毛皮のマフラーと化した相棒に、カナタは息を詰まらせて苦笑いを浮かべた。
「あ、あの……コハク。温かいのはすごくありがたいんですけど、ちょっと巻きつけがきついです……息が苦しいです……」
「たわけ、神獣の毛皮に巻かれて息苦しいなどと贅沢を抜かすでない! 主が寒さで凍えては妾のねぐらが失われるからの、妾の体温を直々に分け与えてやっておるのじゃ。カッカッカ、ありがたく思え!」
「主にした覚えないですし、首が絞まってますってば……!」
カナタが首元を緩めようと四苦八苦していると、向かいの座席から不機嫌の塊のような唸り声が響いてきた。
「にゃあぁぁぁーーっ! もう我慢の限界だにゃ! クロードの馬鹿野郎、運転が乱暴すぎるにゃ!」
鮮やかな青髪を左右に激しく揺らしながら怒鳴ったのは、猫獣人の少女フェリだった。
ガタガタと上下に跳ねる座席の上で、彼女は何度も天井に頭をぶつけそうになりながら、青い三角耳をペタンと後ろに伏せて威嚇の声を上げている。
「舌を噛みそうになったにゃ! それに、なんなんだにゃこの寒さは! 隙間から入ってくる風邪引きそうな風、毛皮の奥までスースーするにゃ!」
へそ出しのショートジャケットにホットパンツという、極めて活動的だが寒さには致命的な装いのフェリは、座席の隅で小さく体育座りになると、お尻から生えた青くふさふさの尻尾を両腕でぎゅっと抱きかかえた。
怒りで逆立っていた尻尾の毛に顔をうずめ、寒さを凌ぐように丸くなる姿は、先ほどまで王都の隊舎で二丁拳銃を振り回していた好戦的な少女と同一人物とは思えないほど愛らしい。
「フェリちゃん、毛布を膝にかけますか? 足元を冷やすと、いざという時に銃の引き金を引く指が悴んでしまいますよ」
フェリの隣に座っていたエレナが、困ったように眉を下げながら、座席下の収納箱から清潔な厚手の毛布を取り出して差し出した。
「……ふん! アタイは野良猫じゃないから、他人の情けなんかいらないにゃ!」
フェリはぷいと横を向いたが、エレナがふわりと肩から毛布を掛けてやると、素直にその温もりに身を委ね、青い尻尾を毛布の隙間からパタパタと弱々しく振っていた。
「……走行速度、時速約四十キロ。悪路における馬車の限界値」
車内の騒がしさをよそに、客室の最前列で静かに呟いたのは、銀白髪のくノ一シエルだった。
高い位置で束ねられたポニーテールは、激しい揺れの中でも乱れることなく、彼女の背筋は定規を当てたようにまっすぐ伸びている。揺れる座席の上で、まるで重力を無視するかのように静かに座禅を組み、閉じた瞳の奥で神経を研ぎ澄ませていた。
カナタはその驚異的な体幹と集中力に、思わず感嘆の視線を送った。
(すごいな……。こんなに激しく揺れているのに、姿勢が全くブレていない。足腰の重心が、馬車の揺れと完全に同調しているんだ……)
感心しながら見つめていると、シエルの閉じた睫毛が微かに震えた。
無表情を貫く陶器のような美貌に変化はない。だが、束ねられた銀白のポニーテールの隙間から伸びた長いエルフ耳が、カナタの視線に気づいた瞬間──ピコッ、ピコピコッ、と小刻みに、リズミカルに跳ね上がった。
(あ、また耳が動いてる……!)
視線を外すと動きが止まり、再びじっと見つめると、小動物のようにピコピコと照れ隠しに回転する。
クールな外見と、感情を隠しきれないエルフ耳の愛嬌あるギャップに、カナタの口元から自然と笑みがこぼれそうになった。
「ふふ、シエルちゃんも、カナタ君に見つめられて少し落ち着かないみたいですね」
穏やかな笑い声とともに、エレナが腰を浮かせた。
床が激しく揺れる中、彼女は慣れた足取りで車体の中央に設置された耐震調理台へと移動する。
「エレナさん、危ないですよ。座っていてください」
「大丈夫ですよ、カナタ君。前線への急行任務では、揺れる車内での生活こそが日常ですからね。……それに、カナタ君のその硬いお顔を見ていたら、放っておけなくなってしまいました」
「え……?」
カナタが目を瞬かせると、エレナは柔らかなハニーブラウンの髪を揺らし、カナタの前の座席へと優雅に腰を下ろした。
ふわりと漂う、甘い百合の花と清潔な薬草の香り。
エレナは豊満な胸元を覆うレザーハーネスの右側──無数の中和薬アンプルが並ぶホルダーのすぐ隣に差してあった、一本の細身の杖へと手を伸ばした。
カチャリ、と小さな金属音が鳴る。
引き抜かれたのは、前腕ほどの長さ──およそ三十センチメートルの、流麗で美しい道具だった。
持ち手には滑り止めの白い革紐が丁寧に編み込まれ、先端には、澄み渡る湖の水をそのまま固めたような、淡い水色の魔導水晶が埋め込まれている。
エレナの愛用する医療具であり、魔導を紡ぐ媒介──『医療用短杖』だ。
「カナタ君、少しだけ目を閉じて、深呼吸してくださいね」
「あ、はい……」
言われるがままにカナタが瞼を閉じると、エレナが短杖を優しく一振りした。
キィン……と、涼やかな鈴の音のような澄んだ共鳴音が車内に木霊する。
短杖の先端の水晶が、朝露のように清らかな青緑色の光の粒子を放ち始めた。
コトン。
短杖の丸みを帯びた先端が、カナタの額の中央へ、羽毛が触れるような軽やかさで優しく当てられた。
──『清流の癒息』。
「っ……!」
その瞬間、カナタの眉間から脳の奥底へ向けて、ひんやりと冷たく、それでいて不思議と温かい清流がじんわりと染み渡ってきた。
頭蓋の内側を優しく洗い流されるような心地よさ。
知らず知らずのうちに奥歯を噛み締め、石のように強張っていた首筋や肩の筋肉が、まるで春の陽射しを浴びた残雪のように、急速に解きほぐされていく。肺の底まで冷え切っていた呼気が抜け、深く、豊かな呼吸が自然と胸を満たした。
「はぁ……っ……」
「ふふ、いいお顔になりました。男の子はみんなそうなんです。強がって、一人で重たいものを背負い込もうとして、呼吸をするのを忘れちゃうんですから」
カナタが目を開けると、至近距離にエレナの慈愛に満ちたアーモンド形の瞳があった。
短杖の先を離し、エレナは姉が幼い弟をあやすように、ふわりと微笑んでカナタの頭を優しく撫でた。
「エレナさん、今の光は……?」
「私の故郷、水都アクアの魔導体系を取り入れた支援魔法ですよ。緊張で滞ってしまった血とアウラの巡りを整えて、神経の昂ぶりを静める微小魔導です。……少しは楽になりましたか?」
「はい……すごく頭がすっきりして、身体が軽くなりました。ありがとうございます、エレナさん」
「どういたしまして。私の役目は、皆さんが傷つかないように守り、疲れた身体を癒やすことですからね」
エレナは短杖を器用に指先で回すと、調理台にしっかりと固定された携帯用の深い金属鍋へと切っ先を向けた。
「さあ、冷えた身体には温かいものが一番です。少し早いですが、お昼にしましょう」
エレナが短杖の水晶を通して微細なアウラを鍋底へと流し込むと、ボッと淡い青い燐光が灯り、鍋の中のスープがことことと音を立てて煮立ち始めた。
ふわりと車内に広がったのは、乾燥燻製肉の深い旨味と、香草ハーブ、そしてじっくり煮込まれた根菜の香ばしい匂いだった。
「にゃっ……!? この匂いは……!」
毛布の中で丸まっていたフェリの青い三角耳が、ピクンと音を立てて跳ね上がった。
鼻をクンクンと鳴らし、毛布からひょっこりと顔を出す。先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、彼女の背後で、青いふさふさの尻尾が毛布を跳ね飛ばしてブンブンと左右に揺れ動いていた。
「むぅ……良い香気じゃのう。カナタ、妾にもその汁物を寄越すのじゃ」
カナタの首元でマフラーになっていたコハクも、鼻先をスンスンと鳴らしながら、カナタの肩の上へとひょこりと顔を乗せてきた。
「はい、どうぞ。揺れるから気をつけて持ってくださいね」
エレナが厚手の木椀にスープをたっぷりと注ぎ、まずはカナタへと手渡してくれた。
木椀の底から伝わってくる、確かな熱量。
黄金色に澄んだスープの中には、細かく刻まれた塩漬けの乾燥肉、黄金色に煮崩れた芋、甘みのある干し人参、そしてエレナが調合した滋養強壮の薬草が贅沢に入っている。
「いただきます……」
カナタは木椀を両手で包み込み、そっと口をつけた。
「……っ、あたたかい……」
じわりと、舌の上に濃厚な出汁の旨味が広がる。
燻製肉から溶け出した塩気と脂が、野菜の素朴な甘みと絶妙に調和し、ハーブの爽やかな香りが鼻腔を抜けていく。喉を通って胃へと落ちた熱が、血管を通って指先、つま先まで、凍えていた全身の隅々へと巡っていくのが分かった。
「……んん〜〜っ! やっぱりエレナのスープは別格だにゃ!」
隣で木椀を受け取ったフェリが、熱々のスープをフーフーと吹きながら勢いよく口に含み、至福の表情を浮かべていた。
「肉の出汁が染み渡るにゃ! 身体の芯がポカポカしてきたにゃ〜!」
青い耳を嬉しそうにパタパタと動かし、尻尾をご機嫌に揺らすフェリ。
「……摂取。……疲労回復係数、極めて良好」
シエルもまた、静かに木椀を受け取り、一口ずつ上品にスープを啜っていた。
表情は相変わらず涼やかで冷徹そのものだが、スープを飲み込むたびに、銀白のポニーテールの隙間から長いエルフ耳が嬉しそうにピコピコと弾んでいる。
「カナタ、肉じゃ! 底に沈んでおる大きな肉を妾に寄越すのじゃ!」
「わかりましたから、暴れないでくださいコハク」
カナタは木のスプーンで柔らかく煮込まれた肉をすくい、息を吹きかけて冷ましてから、首元のコハクの口元へ運んでやった。
ハフッ、と小さな牙で器用に肉を咥え取った白狐は、目を細めて咀嚼し、満足そうに喉を鳴らした。
「うむ……悪くない味じゃ。人間どもの粗末な携帯食にしては、合格点をくれてやろう」
「素直に美味しいって言えばいいのに……」
カナタが微笑みながら呟くと、コハクはプイと横を向いて尻尾でカナタの鼻先をペシッと叩いた。
「美味しいですね、エレナさん。昨夜からずっと身体が強張っていたみたいで……すごく温まります」
「良かったです。温かい食事をしっかり摂ることは、どんな高級な治療魔法よりも心と身体を強くしてくれるんですよ」
エレナは自分の分の木椀を手に取り、優しく目を細めた。
「西方国境の鉄鋼砦までは、まだ半日以上の道のりがあります。過酷な戦いが待っているのは間違いありません。……でも、私たちは小隊です。一人で全てを背負う必要はないんですよ」
「一人で、背負わない……」
「ええ。クロードさんが道を切り拓き、シエルちゃんが敵の気配を暴き、フェリちゃんが敵を牽制して、私が傷を癒やす。そしてカナタ君が、その刀で私たちを守ってくれる。……そうやって、皆で一つの命を繋いでいくのが、私たちの戦い方なんです」
エレナの言葉が、カナタの胸の奥底へと染み渡っていく。
故郷を失った夜、自分は無力だった。父を救うこともできず、ただ絶望の中で刃を振るうことしかできなかった。
けれど、今は違う。
不器用で、騒がしくて、けれど誰よりも温かい仲間たちが、こうして同じ馬車の中で肩を寄せ合い、温もりを分かち合っている。
(俺は、一人じゃないんだ)
カナタは不知火の柄にそっと手を添えた。
心臓の奥底で、純白の熱が微かに脈打つ。
恐怖が消え去ったわけではない。けれど、その恐怖を押し包むように、仲間たちと共に生き残り、この温かい場所を守り抜きたいという強い意志が、静かな炎となって胸を満たしていた。
──ガラリッ!
不意に、客室と御者台を仕切る前方の上部小窓が、荒々しい音を立てて開け放たれた。
吹き込んできた冷たい突風とともに、頭上から野太い怒声が降ってくる。
「おい、お前ら! 呑気にスープ啜ってるところ悪いが、そろそろ寛ぎタイムはおしまいだぞ!」
御者台で四頭の軍馬の手綱を握り締めたクロードだった。
吹き荒れる死の白灰を顔面に浴びながら、男は獰猛な笑みを浮かべて後方を一瞥した。
「前方に広がるのは、西方への最大の難所──『赤土の峡谷』だ! 切り立った崖に挟まれた狭隘な街道だぞ、気を引き締めな!」
「赤土の峡谷……」
カナタが身を乗り出して前方の小窓を覗き込む。
地平線の先、荒涼とした大地が裂け、両側にそびえ立つ赤茶色の巨大な岩壁が、まるで巨大な怪物の顎のように街道を飲み込もうとしていた。
その時だった。
ピクッ──!!
スープを飲み干したばかりのシエルの長いエルフ耳が、空気を切り裂くような鋭利さで垂直に跳ね上がった。
彼女の青い瞳から一切の感情が消え去り、視線が左前方の岩壁へと一直線に射抜かれる。
「……停止」
シエルが短く、氷のように冷たい声を落とした。
「シエルさん……?」
「……前方両翼、切り立った岩陰。……熱の空白(欠損反応)、多数」
シエルは音もなく立ち上がると、夜天紺の忍び装束の袖口から、三寸の鋭利なクナイを指の間に滑り込ませた。
「周囲の大気温度、急激に降下。……熱を奪いながら蠢く影。敵性存在、灰獣の群れ」
「なっ……!?」
カナタが息を呑んだ瞬間、首元に巻きついていたコハクが、カッと金色の瞳を見開いて牙を剥いた。
「グルルルルッ……! チッ、忌々しい下等生物どもめが! せっかくの極上の肉の余韻を、ドブのような灰の臭気で台無しにしおって!」
コハクの背中の毛が逆立ち、威嚇の低周波が車内に響く。
「へっ、やっぱり待ち構えてやがったか!」
フェリが空になった木椀を座席に放り投げ、腰の両ホルスターからガシャリと二丁拳銃を引き抜いた。
青いショートヘアを激しく揺らし、青い三角耳をピンと立てて撃鉄を起こす。
「腹ごしらえも済んだことだし、ちょうどいい運動だにゃ! アタイの徹甲弾で、灰のクズ肉にしてやるにゃ!」
ふさふさの青い尻尾が、戦闘への高揚感で太く膨らみ、左右へ激しくビュンビュンと音を立てて空気を薙ぎ払う。
「皆さん、迎撃準備を! 私の防護障壁を展開します!」
エレナが凛とした表情で『医療用短杖』を正面に構え、水晶に魔導の燐光を灯す。
──ウォォォォォォォォォンッッッ!!!!
峡谷の赤土の岩壁を反響させ、耳障りで凍てつくような無数の遠吠えが、四方八方から轟き渡った。
鉛色の空を切り裂く、死の冷気を纏った獣たちの咆哮。
街道の左右の断崖から、黒泥のように蠢く影が、雪崩のように街道へと雪崩れ込んでくるのが見えた。
「行くぞ、お前らァッ!」
御者台からクロードの豪快な号令が雷鳴のように響き渡る。
「初仕事だ、カナタ! この馬車を止めるんじゃねえぞッ!!」
「──はいっ!!」
カナタは力強く応じると、不知火の鯉口を親指で静かに弾いた。
カチリ、と冴え渡る金属音が、少年の初陣の訪れを告げていた。
第6話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
結界の外の厳しい死の世界を疾走する重装馬車の中で、もふもふマフラー化したコハク、寒さで尻尾を抱えて丸くなるフェリ、そしてエレナの『医療用短杖』による癒やしと具だくさんの特製スープ!
初陣の重圧に強張っていたカナタの心が、仲間たちの温もりによって解きほぐされていく優しい絆のひとときでした。
しかし、安らぎの時間は束の間──馬車は難所である赤土の峡谷へと差し掛かり、街道を塞ぐ無数の灰獣の群れが牙を剥きます!
第7話はフェリの華麗な立体機動射撃、シエルの影縫い暗殺術、エレナの防護障壁、そしてカナタの初抜刀!
どうぞお楽しみに!




