第3話:白銀の太刀筋と、食堂のまかない飯
夜天の制服に袖を通し、正式に『第7小隊』の一員となったカナタ。
翌朝、待っていたのは隊長クロードによる容赦のないアウラ基礎特訓!
亡き父ソウマが遺した操法と、心臓の奥で脈打つ白銀の熱。
そして過酷な稽古の後に待っていた、下町の大衆食堂『黒炎亭』の特製スタミナまかない飯と、最後の一口を巡る仁義なき(?)争奪戦とは──!?
首筋に触れる、尋常ではない温もりと重みで、カナタは目を覚ました。
「……んっ……く、苦しい……」
息苦しさにうっすらと目を開けると、視界のすぐそこに、きめ細やかな白銀の毛並みが広がっていた。
神獣の白狐──コハクだ。カナタの喉元から胸の上にかけてすっぽりと丸まり、長くてふかふかの純白の尻尾を、まるで高級な毛皮のマフラーのようにカナタの首へ二重に巻きつけている。
「あの……コハク。起きてください、息が詰まります……」
「むにゃ……カナタ、もっと温めるのじゃ……妾の毛並みを……ずず、極上の鳥肉……」
寝言を呟きながら、白狐は器用に前足をカナタの顎の下へねじ込んできた。心地よい体温と、かすかな白檀のような甘い香気配。敵意がないのはありがたいが、このままでは朝の鍛錬に遅れてしまう。
カナタは苦笑しながら、そっとコハクの身体を抱き上げて枕の横へと移動させた。
「ふにゃぁ……」と不満げに喉を鳴らしつつも、コハクは丸くなったまま二度寝へ突入していく。
部屋の窓の外は、まだ黎明の薄青い光に包まれていた。
カナタは昨日支給された夜天紺の制服を素早く身に纏った。詰襟をゆるやかに開き、晒を巻いた胸元を正す。腰の特注刀帯に父の形見である黒漆の太刀『不知火』を差すと、背筋がすっと自然に伸びる心地がした。
部屋を出て、隊舎裏の鍛錬場へと向かう。
朝霧が白く立ち込める広大な裏庭の土を踏みしめると、冷涼な空気が肺を満たした。
庭の中央、石造りの訓練用標的の前に、すでにその大男は立っていた。
身の丈ほどもある無骨な大太刀の切っ先を地面に突き立て、腕を組んで目を閉じているクロードだ。夜天のロングコートを肩に羽織り、胸元を豪快に開けたその佇まいからは、静かながらも肌をピリピリと刺すような熱気が立ち上っていた。
「おはようございます、クロードさん。よろしくお願いします」
カナタが武器庫から持ってきた樫の木刀を手に深々と一礼すると、クロードが片目を細めて視線を寄越した。
「へっ、挨拶はいい。昨日は故郷の土壇場で、無我夢中に白銀をブッ放しただけだからな。今日は己の意志で、魂から熱を引きずり出してもらうぞ」
「はい……! でも、どうやって引き出せばいいのでしょうか。村では、ただ身体を動かしていただけで、熱のことなんて教わったことがなくて……」
「理屈は単純だ」
クロードは大太刀を地面から引き抜き、肩へと無造作に担いだ。
「人類の肉体には、生まれつき魂の根源熱が宿っている。心臓の奥底で燻るその熱を、血液と同じように全身の血管と神経へ巡らせる力──それが『熾』だ。で、そのアウラを扱う技術にはいくつか段階がある」
クロードが空いた左手を前にかざす。
ボッ、と小さな音を立てて、彼の掌から漆黒の陽炎のようなオーラが立ち昇った。
「まずはその熱を、皮膚や武器の表面に紙一枚の厚さで均一に張り巡らせる。自らの身体を強固な鎧とし、手にした刃を不壊の剛剣へと変える基本技──それが『熾衣』だ。これができねえ奴は、前線の灰を吸っただけで肺から腐って灰燼種に貪り食われるだけだぞ」
「熾衣……」
「御託はここまでだ。構えな、カナタ。身体で覚えるのが一番手っ取り早い」
クロードが担いでいた大太刀を両手で低く構えた瞬間──世界の色が一段階、沈み込んだ。
──ゴォォォッッ……!
大太刀の刀身全体から、禍々しくも圧倒的な威厳を放つ『不滅の黒炎』が噴き出した。
熱い。十歩以上も離れているのに、カナタの肌がジリジリと焦げるような錯覚を覚える。昨夜の酒場で見せた砕けた笑顔は消え去り、目の前にいるのは数万の灰燼種を灰燼に帰してきた人類最高戦力──『十星天刃・第7席』の怪物そのものだった。
「くっ……!」
カナタは奥歯を噛み締め、木刀を正眼に構えた。
心臓の奥底へ意識を集中させ、昨夜のあの白銀の熱を呼び覚まそうと試みる。
(熱を、全身に……!)
ぐっと両腕に力を込める。だが、力めば力むほど呼吸が浅くなり、指先が強張っていく。心臓から湧き上がりかけた微かな温もりは、皮膚の表面に到達する前に、パラパラと煙のように大気中へ霧散してしまった。
「隙だらけだぞ小僧!」
ドォンッ! と踏み込みの衝撃波とともに、黒炎を纏った大太刀がカナタの頭上へと振り下ろされた。
「速い……!?」
カナタは反射的に木刀を跳ね上げ、斜めに受け流そうとした。
ガキィィィンッッ!!
木刀と大太刀がぶつかり合った瞬間、けたたましい金属音が響き渡り、カナタの全身に凄まじい衝撃が突き抜けた。
「ぐあぁっ!?」
足元が土をえぐり、カナタの身体が後方へ五メートル近くも弾き飛ばされる。
なんとか受身を取って立ち上がったものの、木刀を握る両手は痺れ、掌の皮が破れて血が滲んでいた。
「力みすぎだ」
クロードは大太刀を下ろし、呆れたように息を吐いた。
「肩にガチガチに力を入れて熱を絞り出そうとしたって、気の巡りが滞るだけだ。アウラは力んで出すもんじゃねえ、呼吸と血の流れに乗せて『流す』もんだ」
「流す、ですか……」
カナタは荒い息を整えながら、血の滲む手で再び木刀を握り直した。
黒炎の切っ先を見つめる。その圧倒的な太刀筋、無駄のない踏み込み。それはどこか、かつて村の裏山で木を伐り倒していた父の背中と重なって見えた。
「……クロードさん」
「あ?」
「お聞きしても、いいでしょうか。昨夜、クロードさんは『親父の太刀筋にそっくりだ』とおっしゃっていましたよね」
カナタは不知火の三日月の鍔を見つめ、静かに言葉を紡いだ。
「僕の父ソウマは……昔、どんな人だったんですか? 国境の村に来る前、どこで何をしていた人だったんですか……?」
朝霧が、二人の間を静かに流れていく。
クロードは黒炎を揺らめかせる大太刀をピタリと止めると、ふっと視線を青空の彼方へと向けた。そして自嘲気味に口元を緩め、煙草の煙でも吐き出すように息を落とした。
「死んだ親父の過去を他人に聞いてどうする、カナタ」
「え……」
「俺が知ってるのは、昔出会ったソウマって男が規格外の凄腕で、俺の命の恩人だってことだけだ」
クロードの声音には、嘘偽りのない敬意と、決して侵してはならない領域を守る大人の硬質さが宿っていた。
「それ以上の素性を知りたきゃ、他人の口から聞くんじゃねえ。その白銀を極めて、一人前の男になって、いずれ自分の足で東方の海を渡りな。その刀『不知火』が生まれた、親父の故郷にな。ま、夜天守護騎士団本部にも一人、その東方の島から来た堅物の巫女様がいるがな。……ま、その話はいずれだ」
東方の、海。不知火の生まれた故郷──神楽島。
カナタの胸の奥底で、何かがカチリと音を立てて噛み合った。
父は多くを語らなかった。だが、毎日自分に薪割りを教え、木工の刃物の研ぎ方を教え、毎朝毎晩、笑顔でカナタの頭を撫でてくれた。父が遺してくれたものは、過去の肩書きなどではない。この手の中に、この身体の血肉の中に、確かに刻み込まれているのだ。
「……はい。僕が、自分の足で確かめに行きます」
カナタは迷いを捨て、真っ直ぐにクロードを見据えた。
「へっ、その目だ」
クロードがニッと笑う。
「頭でこねくり回すな。お前の親父がお前の身体に叩き込んだ、日々の動きを思い出せ」
日々の、動き。
カナタはゆっくりと目を閉じた。
思い出すのは、凍てつく冬の朝、父と二人で並んで割った薪の感触。
重い斧を振り上げる時、肩に無駄な力は入っていなかった。
足の裏全体で大地の反動を捉え、腰の回転を乗せ、息を細く長く吐き出しながら、刃筋を薪の中心へと真っ直ぐに通す──。
吸って、吐く。
肺いっぱいに冷たい朝気を吸い込み、へその下、丹田へと静かに沈める。
全身の強張りが、すうっと霧のように抜けていく。
その瞬間だった。
──ドクンッ。
心臓の奥底、魂の核が、清らかな脈動を打った。
昨夜のあの、冷たい灰を焼き尽くした純白の温もり。それが温かな清流となって血管を駆け巡り、右腕を伝い、手にした樫の木刀へと滑らかに流れ込んでいく。
シュウウゥゥッ……!
かすかな涼やかな光の粒子が、木刀の表面を覆い始めた。
それは燃え盛る炎ではない。朝露のように澄み渡り、月光のように凛とした、薄く透き通る【白銀の光膜──熾衣】だった!
「ほお……!」
クロードの隻眼が見開かれる。
カナタの身体は、自然と居合の低い前傾姿勢へと沈み込んでいた。
「行きます、クロードさん……ッ!」
地を蹴った。
足音が消えた。重心の滑らかな移動とともに、カナタの身体が朝霧を一文字に切り裂いて疾走する。
下段から鋭く跳ね上げられる、白銀を纏った木刀の一閃!
クロードの黒炎の大太刀が、迎え撃つように振り下ろされる。
──パァァァァンッッッ!!
白銀の光と漆黒の炎が激突し、乾いた破裂音が裏庭全域に木霊した。
木刀は砕けない。クロードの放つ凶悪な黒炎の熱気を、木刀の表面を覆う薄い白銀の皮膜が、完璧に遮断して弾き返していた!
鍔迫り合いの姿勢で、クロードの獰猛な笑みがカナタの間近に迫る。
「……へっ、合格だ。形だけはな」
クロードが大太刀をすっと引くと、カナタの木刀を覆っていた白銀の光も、ふわりと淡く解けて消えた。
膝をつき、肩で息をするカナタの頭の上に、突如ポスッと軽い重みが落ちてきた。
「カッカッカ! 見たかクロード、これが妾の主の筋の良さというものじゃ! 褒めて遣わすぞ!」
いつの間にか起きてきていたコハクが、カナタの頭の上で胸を張り、ふさふさの尻尾を誇らしげに振っていた。
「コハク……いつの間に来たんですか。それに、勝手に僕を主にしないでください……」
「たわけ、妾が主と認めてやったのじゃから光栄に思うがよい! それよりカナタ、腹が減ったぞ! 妾の朝餉はどうなっておるのじゃ!」
「僕だって、もうお腹ペコペコですよ……」
情けない声を上げるカナタを見て、大太刀を鞘に納めたクロードが豪快に笑い声を上げた。
「ガハハ! 限界まで魂を絞り出しゃ、腹が減るのも当然だ! よし、片付けたら飯にするぞ。うちの親父とお袋が作る、王都で一番スタミナのつく特製まかない飯を食いに行くぞ!」
陽がすっかり昇り、下町の石畳に活気ある人々の声が響き渡る頃、一行は再び大衆食堂『黒炎亭』の暖簾をくぐっていた。
隊舎に残っていたエレナ、シエル、フェリも合流し、総勢六人(+一匹)の大所帯だ。
「親父、お袋! 稽古終わりに腹空かせた連中連れてきたぞ! 一番美味いスタミナ飯を頼む!」
クロードが暖簾を跳ね上げて声をかけると、厨房の奥からカンカンッ! と小気味いい鉄鍋の音が響いた。
「あいよ! 厳しい朝稽古だったんだろ? カナタちゃんも遠慮しないで山盛り食べていきな!」
割烹着姿のマーサが、太陽のような明るい笑顔で大ジョッキの水とお手拭きを運んできてくれた。
厨房の中央では、分厚い前掛けを締めた父ガルドが、燃え盛る竈の火の前で巨大な鉄鍋を豪快に煽っている。ゴォッ! と立ち上る炎とともに、香ばしい油とニンニク、甘辛い特製タレの匂いが店内に満ち、カナタの胃袋を猛烈に刺激した。
「ほら、お水だよ白狐ちゃん! 今日もふわふわだねぇ!」
タタタッと駆け寄ってきたのは、看板娘のミリーだった。九歳になる天真爛漫な少女は、カナタの肩の上で丸くなっていたコハクの背中を、両手で優しく撫で回す。
「ふにゃぁぁ……っ、や、やめんか童……そこは顎の下じゃ、くすぐったい……ああっ、極楽じゃ……」
ミリーのゴッドハンドによって、秒で目を細めて蕩けていく神獣コハク。
「邪魔だミリー、料理運べねえだろ。……ほらよ、新入り。親父の特製だ、残さず腹に詰め込め」
不愛想に大皿をテーブルへドンと置いたのは、弟のレオだった。口調はぶっきらぼうだが、その大皿から立ち上る湯気とボリュームは圧巻だった。
「うわあ……! すごい量です……!」
テーブルの中央に鎮座したのは、目を見張るようなご馳走だった。
一つは、大皿いっぱいに盛られた『香ばし焼き麦飯』。
刻んだ塩漬け燻製肉と香味野菜、黄金色の卵を麦飯にたっぷりと絡め、親父が強火でパラパラに炒め上げた逸品だ。米粒の一つ一つに旨味と油がコーティングされ、醤油に似た香ばしいタレの焦げた匂いが鼻腔を直撃する。
そしてもう一つは、平鉄板の上でジュウジュウと音を立てる『パリパリ包み焼き肉』!
極薄に伸ばした小麦の皮で、ハーブと挽肉をパンパンに包み込み、底面をキツネ色のパリパリに焼き上げた料理だ。並べられた包み焼きの隙間から、澄んだ肉汁がプツプツと音を立てて溢れ出している。
「いただきまーすにゃーーっ!」
フェリが青いショートヘアを揺らし、木のスプーンを構えて真っ先に炒め麦飯へ突撃した。
「んぐっ……! んん〜〜っ! やっぱり黒炎亭の炒め飯は最高だにゃ! 肉の脂が麦飯に染み渡ってて、噛むたびに味が染み出してくるにゃ!」
口いっぱいに頬張り、青い三角耳を嬉しそうにパタパタさせながら、背後の青いふさふさ尻尾がブンブンと激しく左右に揺れ動く。
「……摂取。……滋養強壮に最適」
シエルも銀白髪のポニーテールを小さく揺らしながら、包み焼き肉を小皿に取り、上品に一口かじった。
パリッ、と心地よい皮の破裂音が響く。中からジュワッとあふれ出した熱々の肉汁に目を細めると、ポニーテールの隙間から長いエルフ耳がピコピコと高速で上下に動いた。言葉はクールだが、耳の動きがその極上の美味さを雄弁に物語っている。
「ふふ、ガルドさんの火加減は本当に芸術的ですね。薬草の調合にもこの火力が欲しいくらいです」
エレナもお淑やかに微笑みながら、スプーンを進めている。
カナタも木のスプーンで炒め麦飯をすくい、口へと運んだ。
「……っ! 美味しい……!」
パラリと解ける麦の食感、噛み締めるたびに溢れ出す燻製肉の旨味。包み焼き肉を齧れば、ハーブの爽やかな香りとジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、朝の稽古で疲れ切った筋肉の隅々にまで熱が染み渡っていくのを感じた。
「ガハハ! どんどん食え! 食わねえ奴から強くなれねえからな!」
クロードが豪快に麦飯をかき込み、ガルドが厨房から満足げに鼻を鳴らす。
夢中で食べ進めるうち、山のようにあった大皿の料理は、瞬く間に消え去っていった。
そして──平鉄板の中央に、奇跡的に『最後の一つのパリパリ包み焼き肉』だけが残された。
ピクッ、と空気が凍りついた。
「……見つけたにゃ」
フェリの青い瞳が、獲物を狙う野獣のようにスッと細められた。青い尻尾が垂直にピンと逆立つ。
「最後の一個……! 稽古で一番走ったアタイがいただくにゃーーッ!」
「待たれよ野良猫めが!」
ミリーの膝の上から、白銀の弾丸と化したコハクがテーブルの上を低空滑空した!
「主の鍛錬を見守り、神威を授けた妾にこそ、その最後の至高の肉を捧げるのが道理というものじゃーっ!」
「渡さないにゃーーっ!」
「妾の肉じゃーーっ!」
カチャチャチャアンッッ!!
フェリのフォークと、コハクの鋭い前足が、鉄板の上で目にも留まらぬ速度で激突した!
火花が散るような激しい小競り合い。二足歩行の猫獣人少女と神獣の白狐による、仁義なき肉の奪い合いコントだ。
「あ、危ないですよ二人とも!」
カナタが慌てて止めに入ろうとした、その刹那。
フォークと爪の衝撃で弾き飛ばされた最後の包み焼き肉が、宙をふわりと弧を描いて跳ね上がった!
「ああっ!? アタイの肉が!」
「しまっ……! 妾の供物が空を飛んだのじゃ!」
ポスッ。
軽やかな音を立てて、熱々の包み焼き肉が綺麗に着地したのは──カナタが両手で持っていた小皿の、ど真ん中だった。
「…………」
「…………」
静寂が店内を包み込んだ。
フェリの青い獣耳がペタンと伏せられ、コハクが前足を伸ばした体勢のまま固まり、シエルがフォークを止めて目を丸くしている。テーブル中の全員の視線が、カナタの小皿へと注がれていた。
カナタは引きつった笑みを浮かべ、小皿と一同の顔を交互に見つめた。
「え、ええと……あ、あの……皆さん……」
カナタはテーブルにあった清潔な料理用ナイフをそっと手に取ると、恐縮そうに提案した。
「一口ずつ、包丁で半分に切り分けますか……? それとも、みんなで等分にしますか……?」
「ブフッ……!」
最初に吹き出したのは、奥で腕を組んでいたレオだった。
「ガハハハハハッ!!」
続いてクロードが腹を抱えて大爆笑し、マーサも「あっはっは! カナタちゃん、あんた本当にいい子だねぇ!」と涙を流して笑い転げた。
「もう、カナタ君ったら真面目なんですから」とエレナが目を細め、ミリーが「カナタお兄ちゃん、優しいー!」と手を叩く。
「く、くやしいけど……カナタが言うなら半分こで手を打つにゃ……」
「むぅ……主の慈悲深さに免じて、今回は半分で許してやるのじゃ……」
フェリとコハクもようやく矛を収め、カナタが丁寧に切り分けた肉を、仲良く(少し睨み合いながら)口に運んだのだった。
下町の心地よい風が吹き抜ける夕暮れ時、腹を満たした第7小隊の一行は、宿舎へと続くレンガ道をと並んで歩いていた。
カナタの左肩の上では、満腹になったコハクが、首元にふさふさの尻尾を巻きつけて心地よさそうに寝息を立てている。
「おい、カナタ」
先頭を歩いていたクロードが立ち止まり、上着の内ポケットから何かを取り出した。
放り投げられたそれを、カナタは慌てて両手でキャッチする。
手のひらに収まったのは、ずっしりとした重みを持つ、純銀合金のタグ型プレートだった。
表面には、漆黒の夜空を切り裂く大星と、それに寄り添う小さな星──『夜天の双星』の美しい立体レリーフが彫り込まれている。
そしてその下には、くっきりと刻印されていた。
──【VII - 特務遊撃】
──【KANATA】
「これは……」
「夜天守護騎士団の正式な団員証だ。工廠の連中に頼んで、さっき受け取ってきた。これで名実ともにお前は、俺たちの第7小隊の一員だ」
クロードが白い歯を見せて、力強くカナタの肩を叩いた。
「明日、騎士団本部で正式な登録手続きと、アウラの適性測定を受けるぞ。今日掴んだ白銀の感覚、忘れるんじゃねえぞ」
カナタはプレートを両手で強く握りしめた。
金属の冷たさの奥に、確かに託された絆の重みを感じる。
カナタは姿勢を正し、仲間たちへ向けて、心からの笑みとともに頭を下げた。
「はい! クロードさん、皆さん……未熟者ですが、これからよろしくお願いします!」
シエルは銀白のポニーテールを揺らしてツンとそっぽを向いたが、その長いエルフ耳はピコピコと嬉しそうに動いていた。フェリは「よろしくにゃ、新入り!」と機嫌よく青い尻尾を揺らし、エレナは聖母のような優しい笑みを返した。
温かな笑い声の中、カナタはふと、西の空を見上げた。
茜色に染まる夕景の遥か地平線の彼方──国境の山脈の稜線に、不吉な白灰色の澱んだ雲が、音もなく立ち込めているのが見えた。
その雲の奥で、恐るべき天災の足音が、刻一刻と王都へと近づいていることを、まだ誰も知る由もなかった。
第3話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
クロードとの早朝稽古で、亡き父仕込みの呼吸から自力での『熾衣』を掴みかけたカナタ。
そして稽古の後に待っていた、下町の大衆食堂『黒炎亭』の絶品スタミナまかない飯(炒め麦飯&パリパリ包み焼き肉)と、看板娘ミリー、そして最後の一口を巡るフェリとコハクの仁義なき争奪戦でした!
カナタの礼儀正しく誠実な人柄と、おかしな仲間たちの絆が少しずつ深まっていきます。
次回、第4話は本部の測定室でエリート騎士たちと遭遇!?
そしてすれ違った黒髪の巫女が、カナタの『不知火』に目を留めたその時──王都全域に甲高い警報が鳴り響く!
どうぞお楽しみに!




