第24話:折れない白銀、託された太刀筋
最強の援軍であった十星天刃第9席カインの敗北。
後方では数千の残党軍を食い止めるためクロードが防波堤となり、救援は絶対に望めない!
倒れたカインの前に無慈悲に迫る、第12将カリグスの超重力両刃竜骨大剣!
「カナタぁぁッ! ここは通さないにゃーッッ!!」
立ち塞がったのは、傷だらけの仲間たち──フェリ、シエル、エレナ、そしてコハク!
命を削り、血を流しながら繋がれる、奇跡の数秒間。
その背中を見つめ、カナタは不知火の鯉口に指を添え、深く、深く沈み込む。
吸って、吐いて、丹田に落とす──。
世界から音が消え去り、白銀の熱が極限まで凝縮されていく!!
血の匂いと、冷え切った死灰の粒子が混ざり合い、呼吸をするたびに肺腑が凍りつくようだった。
瓦礫の山に深くめり込み、倒れ伏したカイン・アルヴァレスト。
純白と群青を基調とした特注の軍服は胸元から斜めに引き裂かれ、生々しい鮮血が石畳の溝を赤黒く染め上げていた。
半ばから無残にへし折れた白銀の雷槍。かつて太陽のように眩く輝いていた黄金の雷光は一片たりとも残っておらず、ただ冷たい風に晒されて転がっている。
ガシャン……ガシャン……。
漆黒の竜鱗甲冑を纏った銀髪の騎士──第12将カリグスが、無造作に歩みを進めていた。
数トンに達するであろう『超重力竜骨大剣』の切っ先が、石畳を削りながら無慈悲な軌跡を描く。
その胸当ての中央で青白く不吉に脈打つ【 Ⅻ 】の刻印。
男の漆黒の双眸には、十星天刃を屠った余韻すら存在しなかった。ただ路傍の雑草を踏み潰すかのような、絶対的な虚無だけが宿っている。
「まずは、雷の羽虫の首を落とす」
感情の欠落した声とともに、カリグスの右腕が持ち上がった。
重力大剣がゆっくりと頭上高くへと掲げられる。
その巨刃が振り下ろされれば、虫の息であるカインの肉体は、石畳ごと微塵に擂り潰されて消滅する。
「やめ……ろ……っ」
倒れたカインが、血泡を吐きながら微かに指を動かした。
だが、肉体はすでに限界を超えていた。竜人の強靭な筋骨すら内部から圧壊され、立ち上がることどころか、首を持ち上げることすら叶わない。
そして──遥か後方。
外郭の裂け目を埋め尽くすように雪崩れ込んできた百体の灰燼種の群れ。
その濁流の真っ只中で、クロードが大太刀を振るい、天を衝く黒炎を巻き起こしていた。
「オオオォォォッッ!!」
クロードの剛剣が数十頭の灰獣を一刀のもとに焼き払う。
だが、殺到する大軍は蟻のように湧き出し、砦の中枢へ進軍しようと牙を剥く。
クロードがここを離れれば、地下に避難しているリックやバートン、数十人の傷病兵が一瞬で喰い殺される。
助けに行けない。
クロードの黒く鋭い双眸に、血涙のような悔しさが滲んでいた。
「カイン……! カナタァァッッ!!」
師の絶叫が、遥かなる戦場の風に乗って中庭へと届いた。
間に合わない。
大人は、もう誰もいない。
世界からすべての光が奪い去られたかのような、絶対的な暗黒と孤立無援。
だが──。
「──カナタぁぁッ! ここは一歩も通さないにゃーッッ!!!!」
その絶望を切り裂いて、弾丸のような叫び声が轟いた。
フェリだった。
青いショートヘアを激しく乱し、青い三角耳をピンと天へ突っ立たせた少女が、超重力場の中にその身を躍らせていた。
太い青い尻尾を針金のように逆立て、握り締めた二丁の魔導拳銃を構え直す。
重力の圧迫に小さな身体が悲鳴を上げ、皮膚の毛細血管が破れて青い頬に赤い筋が走っていた。それでも、少女の碧い瞳には、微塵の恐れも宿っていなかった。
「大人が倒れたからって、諦めるわけないにゃ! 第7小隊を……うちの後輩を舐めるにゃあぁぁぁっ!」
「フェリさん……!?」
カナタの喉が詰まった。
止める間すらなかった。フェリに続いて、左右から二つの影が飛び出していたのだ。
「……第7小隊斥候、退路は断った。一秒を、稼ぐ」
シエルだった。
銀白のポニーテールが血と汗に塗れ、その陶器のような白い肌には無数の擦過傷が刻まれていた。
長いエルフ耳が、カリグスの放つ超重力波に圧迫されてピクッ、ピクピクと激しく跳ね上がり、耳の付け根から赤い血がツーッと一筋伝い落ちていた。
それでも、エルフくノ一の瞳は氷のように研ぎ澄まされ、両手の指の間に最後の影縫いクナイを握り締めていた。
「カナタ君……! 貴方に、すべてを託します……ッ!」
エレナだった。
温かな包容力を湛えていたはずの豊満な肢体を震わせ、お姉さん魔導士が両手で『医療用短杖』を胸元に抱きしめて前へと飛び出した。
その瞳には涙が溢れていたが、決して怯えの涙ではなかった。仲間を、愛弟子を守るための、母のような決死の覚悟だった。
「小童らにばかり、格好をつけさせてたまるかァッ!」
カナタの首元から、ポンッと白い毛玉が宙へと跳ね上がった。
コハクだった。
小さな白狐の姿を保ちながら、その金色の瞳が燃えるような神気を放ち、背後に巨大な九尾の幻影を背負い始めていた。
「行かせぬぞ、十二の灰将! 妾の契約者の前を、汚れた足で歩むでないわァッ!!」
四つの命が、同時にひとつの点へと収束した。
十星天刃すら一撃で屠る天災の騎士へ向けられた、名もなき戦士たちの捨て身の特攻。
「羽虫どもが、群れたところで──」
カリグスが冷徹に視線を落とし、大剣を横薙ぎに払おうとした。
その瞬間──!
「清流の果て、命の理を凍てつかせよ──『水流壁』ッッ!!」
エレナが短杖を地面へと突き立てた。
パリンッ! と短杖の先端の宝珠に亀裂が走る。
魔力結晶の過負荷自壊。
エレナは己の魔導士生命のすべてを代償にして、中庭の地下水脈から汲み上げた莫大な水流を、幾重にも圧縮された高密度の障壁として展開したのだ。
ドガァァァァァンッ!
カリグスの大剣が鏡壁へと激突した。
一瞬──わずかコンマ二秒、超重力大剣の軌道が水流の粘性によって押し留められた。
だが、相手は十二灰将。
バリンッ! と鏡壁は粉々に砕け散り、凄まじい反動の衝撃波がエレナの身体を吹き飛ばした。
「きゃあぁぁぁっ!?」
エレナの口から鮮血が噴き上がり、柔らかな身体が石畳を激しく転がっていく。
だが──そのコンマ二秒を、フェリは見逃さなかった。
「喰らいつけにゃあぁぁぁっ!!」
砕け散る水飛沫を突き破り、フェリがカリグスの懐へと滑り込んでいた。
大剣を振るうカリグスの右腕、その手首と肘の関節部。
青い三角耳を極限までピンと張り詰め、太い青い尻尾を逆立てた少女が、二挺の魔導拳銃の銃口を、カリグスの甲冑の隙間へと直接押し当てたのだ。
零距離。
引き金が、狂ったように連打された。
ドバババババババババァァンッッ!!!!
銃身が赤熱化して融解するほどの零距離連続斉射。
至近距離で炸裂した魔導徹甲弾の爆圧が、カリグスの右腕をガクンと上空へ跳ね上げた。
「チッ……」
カリグスの眉が僅かに動いた。
怪物は左手の拳を無造作に振り抜き、重力衝撃波をフェリの腹部へと叩き込んだ。
「ぐ……ふっ……!?」
フェリの小さな身体がくの字に折れ曲がり、砲弾のように後方の胸壁へと激突した。
壁に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、少女は崩れ落ちてピクリとも動かなくなる。
それでも──カリグスの体勢は、大きく崩れていた。
「……逃がさない。影よ、縛れ」
低く、透き通るような声。
カリグスの足元に広がった歪な影。
そこへ、滑り込んできたシエルの両腕が、二本の漆黒のクナイを深々と突き刺した。
自らの指の骨を砕き、爪を剥がしながら、エルフの血で描いた古代の拘束陣。
ギチギチギチッ……!
カリグスの漆黒の甲冑の足首が、石畳から伸びた無数の影の手によって固く縛り上げられた。
「小癪なエルフが……!」
カリグスが全身から漆黒の重力波を爆発させる。
シエルの長いエルフ耳が激しく痙攣し、両耳と鼻腔から血を噴き出しながら、少女は吹き飛ばされた。
石畳を滑り落ち、血溜まりの中で力なく倒れ伏すシエル。
そして、最後の楔──。
「神威顕現! 天狐霊気──『白光縛鎖』じゃあぁぁぁぁっっ!!」
宙を舞ったコハクが、その身を眩い純白の光球へと変えた。
神獣の真の霊力が解き放たれ、中庭全体を神聖な光が包み込む。
光の鎖がカリグスの首、両肩、そして胸元の刻印【 Ⅻ 】へと巻きつき、怪物の全身を完全な「静止状態」へと縫い留めた!
「グ……オォッ……!?」
カリグスの喉から、初めて明確な呻きが漏れた。
十二灰将の重力をもってしても、神獣の命を削った神気を振り払うには、一瞬の時間を要する。
ドサリ……。
全霊の神気を使い果たしたコハクが、光の粒子を散らしながら、ただの小さな白い毛玉となって石畳へと落下した。
荒い息を吐き、ピクピクと尻尾を震わせながら、動かなくなる。
…………。
静寂。
エレナが倒れた。
フェリが倒れた。
シエルが倒れた。
コハクが倒れた。
誰も、立ち上がれない。
全員が血に塗れ、命の灯火をギリギリまで擦り減らし、泥の中に伏している。
だが──彼女たちが命を投げ打って作り出したのは、カリグスの右腕が上がり、大剣が虚空を指し、足元を縛られた──完全なる無防備の「コンマ数秒」だった。
「……カ……ナ……タ……」
瓦礫に埋もれたフェリが、泥にまみれた顔を僅かに上げ、血泡を噛みながら掠れた声を絞り出した。
「い……けぇぇっ……!」
倒れたカインの碧眼が、虚空を捉えていた。
十星天刃の青年は、自らを救うためにすべてを投げ打った仲間たちの姿に、そして──その中心に立つ少年の背中に、魂を激しく揺さぶられていた。
遥か後方、黒炎の防波堤となったクロードの喉から、中庭の空気をビリビリと震わせる咆哮が轟いた。
「──カナタァァッッ!! 抜けェッ! お前の太刀筋をォッ、見せてみろォォッッ!!!!」
その瞬間。
カナタの視界から、すべての「色」が消え去った。
恐怖はない。
焦りもない。
仲間たちが血を流して繋いでくれた、この奇跡のようなコンマ数秒。
これを無駄にすれば、全員が死ぬ。
自分が背負っているのは、自分の命だけではない。
倒れたエレナの祈り、フェリの意地、シエルの執念、コハクの誇り、カインの信頼、そしてクロードが託してくれた騎士団の未来。
(吸って──)
カナタは、深く、深く息を吸い込んだ。
冷たい戦場の空気が、肺胞の隅々にまで満ちていく。
(吐いて──)
ゆっくりと、熱を帯びた息を唇から吐き出す。
父ソウマが教えてくれた、寒村での薪割りの呼吸。
雑念を捨て、世界と己をひとつに調和させる、平穏なる拍動。
(丹田に、落とす──)
カナタの意識が、へその下──丹田の奥底へとストンと沈み込んだ。
そこにあるのは、カナタが生まれ持った「純白の火種」。
死の灰を恐れず、誰かを守りたいと願うたびに優しく灯る、あの温かな光。
その火種が、仲間たちの流した血と呼応するように、カッと音を立てて白熱した。
カチリッ──。
静寂の中、不知火の鯉口が静かに弾けた。
カナタの身体が、水が流れるように低く、極限まで沈み込んだ。
居合の構え。
左手で黒漆の鞘を水平に引き絞り、右手の五本の指が、不知火の柄へと吸い付くように添えられる。
カナタの両足が、砕けた石畳を力強く噛み締めた。
右足の親指に全神経が通い、大地と骨格が一本の強固な槍となって噛み合う。
ドクンッ──。
心臓が、力強く跳ね上がった。
丹田から汲み上げられた莫大な「白銀の熱」が、血管を伝い、腕を伝い、不知火の刀身へと雪崩れ込んでいく。
クロードに叩き込まれた、熾衣の真髄。
刃の輪郭、わずか数ミリの空間に、極限まで圧縮された白銀の熱量が吸着していく。
煙は立たない。
炎のように揺らぐことすらない。
それは、太陽の芯よりも熱く、絶対零度よりも澄み切った、純粋なる「光の刃」。
世界から、完全に音が消え去った。
風の唸りが止んだ。
大軍の咆哮が止んだ。
クロードの叫びも、カリグスの足音すらも、すべてが無限に引き延ばされたスローモーションの彼方へと消え失せていた。
カナタの黒い瞳の真ん中に映っていたのは──ただひとつ。
神気の光に縛られ、大剣を掲げたまま硬直しているカリグスの胸元。
漆黒の竜鱗甲冑の中央で、青白く脈動する【 Ⅻ 】の刻印。
その刻印の中心を貫く、一本の細く、美しい「白銀の線」。
「な……に……?」
硬直の解けかけたカリグスの漆黒の瞳が、初めて見開かれた。
十二灰将の深淵たる知性が、目の前で低く沈み込む名もなき少年に向けて、かつて経験したことのない「本能的な悪寒」を覚えていた。
魔力ではない。
熾衣ですらない。
あれは──数百年もの間、死灰の底に眠り続けていたはずの、「理の外側の力」。
カリグスが拘束を引きちぎり、大剣を力任せに振り下ろそうとした。
激突まで、コンマ零秒。
だが──カナタの右足が、大地を踏み抜いた。
ドガァァァァァンッッッッ!!!!
石畳が円形に爆砕した。
音速の壁すら置き去りにする、魂の踏み込み。
丹田に極限まで圧縮された白銀の熱が、不知火の柄を伝って、解き放たれる臨界点へと達した。
「不知火流抜刀術──」
少年の唇から、静かな言霊が零れ落ちた。
白銀の太刀が、鞘から滑り出ようとしていた──!
第24話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
大人が誰も戦えない極限の絶望の中、立ち上がったのは傷だらけの第7小隊の仲間たちでした!
エレナの全魔力障壁、フェリの零距離特攻、シエルの捨て身の影縫い、そしてコハクの神気結界──!
全員が血を流しながら、カナタのために奇跡の「コンマ数秒」をこじ開けました。
仲間たちが命がけで繋いでくれたバトンを受け取り、カナタが居合の深淵へと沈み込みます。
吸って、吐いて、丹田に落とす薪割りの呼吸。
極限まで圧縮された白銀の熱が、臨界点を迎えました!
第25話、第1章最大クライマックスです!
どうぞお楽しみに!




