第16話:黒炎 vs 重力鎖
鉄鋼砦の中庭で激突する、二つの規格外の暴力!
空間そのものを圧殺するドレイクの『重力灰鎖』に対し、十星天刃第7席クロードの大太刀が放つのは、すべてを焼き尽くす漆黒の劫火──『黒炎』!
重力の歪みすら力ずくで焼き溶かすクロードの猛攻が、人型幹部ドレイクを押し込んでいく!
だが、知性を持つ死灰の侵略者は、それすらも織り込み済みだった。
粉砕された外壁の裂け目から、突如として雪崩れ込む数百体の灰獣別動隊!
内郭の防衛線と避難民が壊滅の危機に瀕する中、クロードが下した決断とは──!?
背中を託されたカナタたちに、最大級の試練が牙を剥く!
ゴォォォォォォォォォッッッッ……!!
黒鉄の大太刀から噴き上がる漆黒の火炎が、中庭の大気を焦がし、空間そのものを塗り潰していた。
クロードがその場に立っているだけで、足元の石畳が白熱し、ドレイクが放っていた絶対零度の冷気がジュウジュウと凄まじい蒸発音を立てて掻き消えていく。
「下がってろ、カナタ」
その背中は、あまりにも巨大だった。
黒く鋭い双眸をギラつかせ、クロードは肩に乗せた大太刀の切っ先を、瓦礫の上に立つ竜角の怪異へと真っ直ぐに向けた。
カナタは不知火を構えたまま、師匠の放つ圧倒的な熱波に息を呑んだ。
体内のアウラをただ垂れ流しているのではない。
全身の筋肉、骨格、そして手にした太刀の輪郭に至るまで、黒炎が一切の隙間なく凝縮されている。聖王都の稽古場でカナタに見せた『熾衣』の、これが極限の完成形──王国の最高峰に君臨する『十星天刃』の武威だった。
「クハハ……なるほど、十星天刃の第7席か」
瓦礫の天辺で、ドレイクが爬虫類のように縦に裂けた双眸を細めた。
その額から生え出た凶悪な黒鋼の竜角が、青黒い魔導光を脈打たせる。
「腐っても王国を守護する刃ということか。だが、我が重力の檻の前では、貴様の炎とて灰の下に埋もれるのみよ!」
ジャララララァッ!
ドレイクの両手首に巻き付いた漆黒の鎖──『重力灰鎖』が、まるで獲物に喰らいつく二匹の大蛇のように宙へと跳ね上がった。
「圧壊せよ──『千重灰縛』ッ!」
キィィィィィィィンッッッッ!!
空間が悲鳴を上げた。
ドレイクの腕の一振りとともに、中庭の上空から不可視の超重力波が幾重にも重なり合って降り注ぐ。
石畳がミシミシと軋み、周囲の瓦礫が自重に耐えかねて瞬時に粉末へと擂り潰されていく。
直撃すれば、鋼鉄の鎧を着た兵士ごと肉片に変えてしまうほどの圧殺領域。
だが──クロードは、一歩も退かなかった。
「──誰を埋もれさせるって言ったんだよ、トカゲ野郎がァッ!!」
クロードの右足が、大地を踏み抜いた。
ドガァァンッ!
重力で沈み込んでいた石畳を力づくで跳ね飛ばし、大男の巨躯が目にも留まらぬ速度で突進する。
上段から振り下ろされた大太刀。
纏われた漆黒の炎が、刃の軌道に合わせて巨大な三日月状の炎刃を描いた。
──『黒炎・天衝断』ッッ!!
ズバアァァァァァァンッッッッ!!!!
衝突の瞬間、耳をつんざく爆発音が炸裂した。
不可視の重力波と、漆黒の劫火の正面衝突。
押し潰そうとする重力の圧力を、クロードの黒炎は「熱量」で強引にねじ伏せていた。
空間を歪めていた冷気そのものを焼き溶かし、大太刀の刃がドレイクの鎖の結界を真っ向から両断する。
「な……にっ!?」
ドレイクの顔から余裕の嘲笑が消え去った。
眼前まで迫った大太刀の切っ先。
ドレイクは咄嗟に両手首の灰鎖を交差させ、胸の前で防壁を形成した。
ギギギギギギィィィィッッッッ!!
激しい火花が中庭を真っ赤に照らし出す。
超重力を纏った鎖と、黒炎を宿した大太刀が鍔迫り合いを起こす。
瓦礫が爆風で四散し、ドレイクの足元にあった巨石の防壁が、クロードの踏み込みの衝撃に耐えかねて粉々に粉砕された。
「ぐっ……おのれ、人の身でありながら……この馬鹿力は……ッ!」
「へっ! 朝飯を三杯食ってきたばかりなんでな! 力が有り余ってんだよッ!」
クロードが獰猛に笑い、さらに腕の筋繊維を軋ませて大太刀を押し込む。
ボォォォッ! と大太刀から追加の火炎が爆発的に噴き出した。
ドレイクの黒灰の長衣が燃え上がり、頑丈な漆黒の鎖が熱に耐えかねて真っ赤に白熱していく。
「チィィッ!」
たまらずドレイクは瓦礫を蹴り、後方へと大きく跳躍した。
着地した地面の石畳に、ドレイクの足先がめり込む。その長衣の裾は黒焦げとなり、青白い皮膚からは濛々たる湯気が立ち上っていた。
「す、すごい……!」
カナタは目を見張り、息を呑んだ。
先ほど自分たちを絶望の淵に叩き落とした知性ある怪物を、クロードはたった一人で、真っ向勝負で圧倒してみせたのだ。
「妾の主の師匠だけのことはあるのう……」
カナタの首元で、コハクが感嘆の声を漏らした。
「あの炎はただの火ではない。魂の熱量を極限まで過熱させ、空間の歪みごと敵の魔導を焼き尽くしておる。十星天刃の看板は伊達ではないわ」
「クロード隊長、そのままアイツの角をへし折っちゃうにゃ!」
回廊の陰から、フェリが二丁拳銃を掲げて歓声を上げた。青い三角耳をピンと立て、青い尻尾をご機嫌に揺らしている。
だが──。
押し込まれたはずのドレイクは、黒焦げになった長衣を払いながら、不気味な笑みをその爬虫類の唇に浮かべていた。
「クク……クハハハハ! 流石だな、第7席。だが……武勇に優れた戦士ほど、戦局の全体が見えなくなるものよ」
「あァ? 負け惜しみなら、あの世で閻魔に聞いてもらいな」
クロードが大太刀を構え直し、追撃の歩を進めようとした──その瞬間だった。
「……ッ!?」
後方の胸壁の崩れ落ちた隙間から、シエルの鋭い警告が響き渡った。
「──隊長! 退避を! 背後……外壁の第二亀裂から、大規模反応!!」
シエルの銀白のポニーテールが激しく揺れ、その長いエルフ耳が、風下の微細な地響きを捉えてピクッ、ピクピクと、かつてないほど激しく跳ね上がっていた。
陶器のような白い横顔が、戦慄に凍りついている。
「……何だと!?」
クロードが足を止め、眉を跳ね上げた。
ズズズズズズズズズズッッッッ……!!
それは、中庭の石畳の地下深くから響く地響きではなかった。
ドレイクが外郭防壁を吹き飛ばした際、第二城門の横手に生じた巨大な城壁の亀裂──その暗がりから、無数の紅い光が灯ったのだ。
「グルルルルァァァッッ!!」
「ギャウッ! キシャアァァッッ!!」
数十、百、二百──。
黒泥のような異形の群れが、防壁の裂け目から津波のように雪崩れ込んできた。
四足で地を疾走する大型の灰狼、背中に無数の棘を生やした刺突型の灰獣、さらには小型の甲殻個体に至るまで。
第一波で荒野へ敗走したはずの軍勢とは別の、完全に温存されていた『別動隊』だった。
そして最悪なことに──その雪崩れ込んできた先は、中庭の奥。
負傷者を抱えたバートンやリック、そして生き残りの守備兵たちが、地下病棟へと退避しようとしていた避難通路の真上だった。
「ひっ……!? う、後ろからも来たぞ!」
「防壁の割れ目からだ! 包囲された!」
逃げ遅れていた守備兵たちから、絶望的な悲鳴が上がる。
「バートン先生! リック君!」
エレナが法衣を翻し、即座に『医療用短杖』を突き出した。
「『水輪の三重障壁』!!」
ザザァァッ! と通路の前に幾重もの水流の壁が展開される。
だが、殺到する灰獣の数はあまりにも多すぎた。
ドガガガッ! と数十頭の爪牙が水流の壁に叩きつけられ、エレナの白い額に激しい脂汗が滲む。
「くっ……! 数に……押し切られます……!」
「クハハハハ! 貴様を相手に、正面から付き合う義理などないのだよ、十星天刃!」
ドレイクが両手を広げ、嘲笑を轟かせた。
「我が別動隊が、砦の内郭を裏から喰い破る。あの脆い雑兵どもから喰らい尽くし、貴様の退路を断ってやろう。……さあ、どうする? 我を追うか? それとも、あの虫けらどもを助けに戻るか!?」
「テメエ……ッ!!」
クロードの額に、青筋が太く浮き上がった。
罠だった。
ドレイクは最初から、クロードを足止めし、別動隊で砦の内郭を壊滅させる腹積もりだったのだ。
このままクロードがドレイクを攻め立てれば、数分でドレイクを討ち取れるかもしれない。
だが──その数分の間に、エレナの障壁は破られ、バートンも、リックも、砦にいる数百名の傷病兵も、一人残らず皆殺しにされる。
鉄鋼砦は内側から完全に陥落する。
「くそったれが……ッ!」
クロードが奥歯をギリリと噛み鳴らした。
十星天刃としての冷徹な判断を下すなら、目の前の敵将を優先すべきかもしれない。
だが、この男は『黒炎亭』の息子であり、守るべき者を絶対に見捨てられない熱い血を持った男だった。
クロードは、バッと振り返った。
その鋭い黒い双眸が、中庭の中央に立つ一人の少年を真っ直ぐに捉えた。
「──カナタッ!!」
「は、はいっ!」
カナタの背筋が、反射的に伸びた。
「フェリ! シエル! エレナ!」
クロードの怒号が、戦場に響き渡る。
「俺はあの大群を焼き払ってくる! 内郭を絶対に落とさせるわけにはいかねえ!」
「えっ……!? じゃ、じゃあ、あのトカゲ野郎はどうするにゃ!?」
フェリが青い三角耳を伏せて叫んだ。
「お前らで、持ち堪えろ」
「…………っ!?」
カナタの心臓が、ドクンと跳ね上がった。
クロードの言葉は、あまりにも重く、理不尽にすら思える命令だった。
十星天刃であるクロードですら警戒する、第12灰将の副官ドレイク。
空間を歪める重力の怪異を相手に、まだ初陣を終えたばかりのカナタたち第7小隊だけで相対しろと言うのだ。
「倒せとは言わねえ!」
クロードは大太刀を両手で握り直し、カナタの瞳を真正面から射抜いた。
その無骨な顔には、弟子に対する揺るぎない信頼が宿っていた。
「五分だ! 五分間だけ、あいつの足を止めろ! 俺の弟子なら……あんなトカゲの重力なんぞに、へし折られるんじゃねえぞ!!」
弟子。
その言葉が、カナタの胸の奥底を激しく熱く突き動かした。
そうだ。
自分はもう、故郷の村で泣き叫んでいた無力な子供ではない。
父から不知火を託され、クロードから生きる場所と太刀筋を教わった、夜天守護騎士団の一員なのだ。
ここで怯えれば、後ろにいるリックたちの命が消える。
師匠が信じてくれた背中を、裏切るわけにはいかない。
「……はいッ!!」
カナタは不知火を両手で構え、真っ直ぐにクロードを見つめ返した。
「五分……絶対に、持ち堪えてみせます!」
「よしッ! 任せたぞ!」
クロードは獰猛に吠えると、大地を蹴った。
ドォォォォォォンッッ!!
足元から爆炎を噴き上げ、クロードの巨躯が一直線に通路へ向けて弾丸のように突進していく。
大太刀を一閃。
噴き出した漆黒の炎──『黒炎衝』の奔流が、エレナの障壁に群がっていた数十体の灰獣をまとめて焼き尽くし、灰燼へと変えた。
「オラァッ! 雑魚ども、俺が相手だッ! まとめて消し炭になりやがれェッッ!!」
クロードの咆哮とともに、炎の嵐が通路の奥へと消えていく。
そして──。
中庭の中央には、冷たく重苦しい沈黙が降りてきた。
ジャラ……リ。
瓦礫の上で、漆黒の鎖が擦れ合う音が響いた。
煙の向こう側から、ドレイクがゆっくりと歩み出てくる。
額の竜角を凶悪に光らせ、その爬虫類の瞳には、嘲りと嗜虐の光がこれ以上ないほど濃密に満ち満ちていた。
「クハ……ハハハ! 愚かな男よ。自ら盾を捨てて、雑兵の救出に向かうとはな」
ドレイクは、残されたカナタたち四人を見下ろした。
その視線は、まるで皿の上の料理を品定めする肉食獣のそれだった。
「十星天刃が消えた今、貴様らのような小娘と青二才に、何ができるというのだ?」
ドレイクの手首から、重力灰鎖が解き放たれ、地面を蛇のように這い回る。
「カリグス様の前に、まずは貴様らの肉骨を綺麗に擂り潰し、あの男への手向けにしてくれよう」
キィィィィン……ッ!
クロードの黒炎が消え去った中庭に、再び空間を圧殺する超重力の冷気が満ち始めた。
石畳がミシミシと沈み込み、大気が鉛のように重く淀んでいく。
「……全員、散開!」
カナタは不知火を正眼に構え、低く叫んだ。
「僕が前で鎖を引きつけます! フェリさんとシエルさんは牽制を、エレナさんは支援をお願いします!」
「了解にゃ! 死んでも五分稼ぐにゃ!」
フェリが青い三角耳をピンと立て、二丁拳銃の撃鉄を起こす。
「……了解。死角から影を突く」
シエルが長いエルフ耳をピクピクと警戒させ、クナイを逆手に構えて影の中へ滑り込む。
「カナタ君、絶対に無理はしないで……!」
エレナが短杖を構え、震える声で祈りを込める。
「たわけが……無茶を言わせてくれるわ、あの筋肉男は」
カナタの首元で、コハクが牙を剥きながらも、神気を溢れさせてカナタの身体を支える。
「だが……引くわけにはいかぬのじゃな、カナタ?」
「はい、コハク」
カナタは深く、深く息を吸い込んだ。
丹田に白銀の熱を落とし、不知火の切っ先を、迫り来る竜角の怪人へと真っ直ぐに突きつける。
最大の試練。
守るべき命を背負った、少年たちの決死の防衛戦が──今、始まろうとしていた。
第16話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
十星天刃第7席クロードの圧倒的な『黒炎』がドレイクを押し込むものの、敵の真の狙いは戦線の分断でした!
避難通路に殺到する数百の別動隊から守備兵たちを救うため、前線へ走るクロード。
そして、残されたカナタたち第7小隊に託されたのは──怪物ドレイクを相手にした、決死の「五分間の時間稼ぎ」!
第17話はクロード不在の中、ドレイクの超重力波に追い詰められていくカナタたち!
絶体絶命の危機に、天より降り注ぐ黄金の雷光とは──!?
どうぞお楽しみに!




