第15話:竜角の略奪者ドレイク
粉々に吹き飛んだ外郭の巨大防壁!
白灰の噴煙の向こうから現れたのは、頭部に竜の角を生やした異形の人影──第12灰将の副官、ドレイク!
彼が手首の漆黒の灰鎖を振るった瞬間、砦の中庭を襲ったのは空間そのものを圧殺する「超重力」の暴威!
大地は陥没し、守備兵たちは立ち上がることすら許されず平伏させられる。
フェリの銃撃も、シエルの奇襲も、歪む重力場によって無力化されていき──!?
人間を虫けらのように見下す知性ある殺戮者に対し、カナタの白銀とクロードの黒炎が火花を散らす!!
吹き飛んだ数百トンの鉄塊と巨石が、まるで隕石の雨のように中庭の石畳へと降り注ぎ、凄まじい轟音とともに粉塵の嵐を巻き上げていた。
第一波を退け、沸き立っていたはずの歓喜の空気は、たった一瞬で完全に圧殺されていた。
「ゴホッ、ゲホッ……! な、何が起きたんだ……!?」
「外郭の……主防壁が……一瞬で消し飛んだだと……!?」
倒れ伏した守備兵たちが、煤と砂利にまみれながら這いつくばる。
濛々と立ち込める白灰と黒煙。
その噴煙が渦を巻き、まるで何者かの意思によって左右へと押し開かれていく。
砕け散った瓦礫の最高峰──崩壊した防壁の天辺に、その怪物は悠然と佇んでいた。
「…………」
カナタは息を呑み、不知火の鞘を握る手に力を込めた。
そこにいたのは、これまでの野良の灰獣たちとは根本から隔絶した存在だった。
身長は二メートルを超える程度。黒灰色の豪奢な長衣を羽織り、人の形を模している。
だが、その額の両脇から天を突くように生え出た二本の角は、鋼鉄よりも黒く、凶悪にねじれ曲がった「竜の角」。
青白い皮膚には、死の灰が血管のように網目状に浮き彫りとなり、不気味な脈動を繰り返している。双眸は爬虫類のように縦に裂け、底知れぬ狂気と、人間を虫けらとしか見做していない冷徹な知性が爛々と宿っていた。
そして何より異様だったのは、その両手首にジャラリと巻き付いた漆黒の鎖──『重力灰鎖』だった。
鎖の輪のひとつひとつが、まるで生き物のように蠢き、周囲の大気を凍てつかせる死灰の冷気と、視界をぐにゃりと歪ませる目に見えない歪みを放ち続けている。
十二灰将の末席、第12灰将カリグスが率いる精鋭部隊の副官──竜角の略奪者・ドレイク。
「クハハハ……」
瓦礫の上から、耳障りな笑い声が中庭に染み渡るように響いた。
人の言葉を解し、嘲笑を浮かべる灰燼種。その事実だけで、周囲の守備兵たちの背筋を氷の刃が撫で上げた。
「騒々しい羽虫どもめ。前座の肉壁を数匹屠った程度で、勝者気取りか? 人の浅知恵とは、いつ見ても滑稽極まりないな」
「喋った……!? 灰燼種が、言葉を……!?」
軍医バートンが顎を震わせ、後退りながらリックを背後に庇う。
ドレイクはそんな人間の怯えを愛でるように細めた瞳で見下ろすと、右腕をゆらりと持ち上げた。
「これより、貴様らの生を収奪する。カリグス様がお渡りになる前に、この砦の土台を綺麗に均しておかねばならんのでな」
ジャラッ。
ドレイクが手首の漆黒の鎖を、軽く振り下ろした。
ただそれだけの、無造作な動作だった。
キィィィィィィンッッッッ……!!
鼓膜を突き破らんばかりの、ガラスを引っ掻くような高周波の軋み音。
次の瞬間──中庭の空間そのものが、理不尽な暴力によって塗り潰された。
──ドズゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッッ!!!!
「ぐあっ……!?」
「がはっ……! な、何だ……身体が……ッ!!」
悲鳴が連鎖した。
突撃を仕掛けようとしていた前衛の守備兵たち二十人余りが、まるで頭上から数十トンの見えない鉄板を叩き落とされたかのように、一斉に地面へと叩きつけられたのだ。
ドガガガガッ! と石畳が蜘蛛の巣状に砕け散り、円形の巨大なクレーターが陥没する。
兵士たちの鋼鉄の鎧がメリメリと音を立てて凹み、口から鮮血が噴き出す。
立ち上がることどころか、指一本動かすことすら許されない。全身の骨を圧搾機で押し潰されるような、絶対的な「超重力」の牢獄。
「う……あ……っ、息が……吸えな……い……!」
リックが胸を押さえて膝をつき、バートンもまた両手をついて石畳にへばりつく。
物理的な質量攻撃ではない。
大気と空間の法則そのものを、ドレイクの意思ひとつでねじ曲げる理外の魔力。
「ヒッ、カナタ! 近づいてはならぬ!」
カナタの首元で、コハクが針のように毛を逆立て、必死に耳元で叫んだ。
「あの鎖じゃ! あの鎖が重力の理を歪めておる! 有象無象の獣とは格が違う、あれは本物の幹部じゃぞ!」
「でも、このままじゃ皆さんが潰されてしまいます……!」
カナタは歯を食いしばり、不知火の柄を握り直した。
中庭の石畳がミシミシと悲鳴を上げ、カナタ自身の足元にも、鉛を注ぎ込まれたかのような重圧がのしかかり始めている。
「よくも砦のみんなを……ペシャンコにしてくれたにゃあぁぁっ!」
怒声とともに、横手の崩れた回廊の屋根から青い影が躍り出た。
フェリだった。
青いショートヘアを激しく逆立て、青い三角耳を威嚇のために垂直にピンと張り詰めている。太く膨らんだ青い尻尾をブワリと逆立たせ、両手の魔導拳銃を構える。
バババババァンッ! ドババババババァンッッ!
神速の乱射。放たれた蒼紫の魔導徹甲弾が、一直線に瓦礫の上のドレイクの眉間と胸元へと殺到した。
装甲オーガの眼球を撃ち砕いた、必殺の精密狙撃。
だが──。
「小癪な猫風情が」
ドレイクは身じろぎ一つしなかった。
魔導弾がドレイクの周囲三メートルの領域に突入した瞬間──カクンッ、とあり得ない角度で軌道が下向きにへし折れた。
空間が歪んでいるのだ。
超重力の障壁に捕らわれた弾丸は、ドレイクの衣の裾にかすりもせず、すべて足元の瓦礫の隙間へとボロボロと叩き落とされ、虚しく破砕していった。
「にゃっ!? 弾が……曲げられたにゃ!?」
フェリが驚愕に青い瞳を見開く。
「……フェリ、退いて」
虚空から滑り出るように、銀白の影がドレイクの死角──背後の瓦礫の影から音もなく肉薄した。
シエルだった。
銀白のポニーテールを夜風になびかせ、両手に握った黒塗りのクナイを逆手に構える。
その長いエルフ耳は、重力波が放つ空間の軋みを捉え、ピクッ、ピクピクと激しく、鋭敏に跳ね上がっていた。
気配を完全に遮断した、忍びの神速の奇襲。
狙うは、ドレイクの細い頸動脈──!
だが、刃が届く直前。
「──遅い」
ドレイクが振り返りもせずに呟いた。
ズゥゥゥンッ!
「……っ!?」
シエルの身体が、空中でピタリと静止した。
否、あまりの重圧に、自由落下すら許されず地面へと叩きつけられたのだ。
シエルは咄嗟に受け身を取り、瓦礫の斜面を滑り落ちて距離を取る。陶器のような白い額に脂汗が浮かび、エルフ耳が緊迫のあまりピクピクと痙攣するように震えていた。
「……接近、不可能。奴の周囲十間……重力負荷、数十倍。踏み込めば内臓破裂」
「クハハ! 羽虫がどれほど群れようと、重力の檻からは逃れられん。……脆く、哀れな命だ」
ドレイクの嘲笑が響く。
もはや砦の迎撃陣は完全に崩壊しかけていた。
「皆さん、耐えてください! 今、負荷を散らします!」
中庭の中央で、エレナが必死に叫んだ。
その豊かな胸元を覆う法衣を激しく揺らし、両手で『医療用短杖』を高く掲げる。
キィィィン……!
短杖の水晶から放たれた幾重もの蒼い水流が、重力に押し潰されかけている守備兵たちの周囲を渦を巻いて包み込んだ。
──『水輪の反転膜』!
激流の浮力を利用し、上から押し付ける重力を僅かに中和する支援魔導。
「バートン先生、リック君! 今のうちに負傷者を連れて地下救護所へ! ここは危険すぎます!」
「だ、だがエレナ様たちを置いて……!」
「早く! 足手まといになっては、クロード様たちも全力を出せません!」
エレナの凛とした叱咤に、バートンは唇を噛み締め、痛みに喘ぐリックと兵士たちの肩を担いで必死に後方へと後退を始めた。
「逃がすと思うか?」
ドレイクの冷酷な双眸が、退却しようとする守備兵の背中を捉えた。
手首の漆黒の鎖が、ジャラリと持ち上がる。
「カリグス様の命だ。この砦の息吹、一つとして残すなとな。……まずは、その傷だらけの雑兵から、ミンチにしてくれよう」
ドレイクの腕が鋭く振るわれた。
漆黒の重力灰鎖が、まるで獲物を貫く巨大な黒い槍と化して伸長する。
空気を切り裂く音すら置き去りにし、超重力を纏った鎖の切っ先が、リックを庇ってよろめく守備兵の後頭部へと一直線に突き刺さろうとした──その瞬間。
「──させませんッッ!!!!」
少年の絶叫が、重力で歪んだ空気を真っ向から引き裂いた。
カチリッ!
不知火の鯉口が弾ける鋭い金属音。
カナタは重力の束縛を、丹田へ落とし込んだ呼吸の力で無理やり引きちぎるようにして踏み込んだ。
石畳を蹴り、守備兵とドレイクの射線の間へと、自らの身体を滑り込ませる。
(吸って、吐いて、丹田に落とす──!)
心臓の奥底から引き出した純白の火種。
身体が重い。
手足が鉛のように軋む。
だが、目の前で誰かが理不尽に命を奪われる光景を、カナタの魂は絶対に許容しなかった。
キィィィィンッ!
不知火が白銀の軌跡を描いて鞘走る。
カナタは斜め下から、突き出された漆黒の重力灰鎖へ向けて、渾身の力で太刀を切り上げた。
──ギィィィィィィィンッッッッ!!!!
激しい火花が、白銀と漆黒の衝突面から爆散した。
カナタの腕の骨がきしりと鳴るほどの凄まじい衝撃。だが──。
シュウウゥゥゥゥッ!
ジュウゥゥッ、ジュウゥゥゥッ!!
「な……にっ!?」
ドレイクの爬虫類の瞳が、初めて驚愕に見開かれた。
不知火の刀身から溢れ出した白銀の熱量が、重力灰鎖に触れた瞬間──鎖に宿っていた絶対零度の冷気が、濛々たる白い湯気となって激しく蒸発したのだ。
死の灰の呪縛を強制的に融解させられた重力鎖は、その軌道を大きく上に跳ね上げられ、守備兵の頭上を虚しく薙ぎ払って空を突いた。
「ぐっ……うぅ……っ!」
反動で数歩後ずさりながらも、カナタは不知火を正眼に構え直し、背後の守備兵たちを完全に庇う位置に仁王立ちした。
黒髪が吹き荒れる突風に揺れる。
その瞳には、恐怖を完全にねじ伏せた、揺るぎない決意の光が宿っていた。
「人間を……命を、おもちゃみたいに弄ぶな……! 僕たちがいる限り、この砦の人たちには……指一本触れさせません!」
「カナタ君……!」
背後で支え合っていた守備兵たちが、息を呑んでその背中を見つめた。
先ほどオーガを屠った白銀の少年が、今、知性を持つ絶望の幹部を相手に、たった一人で立ち塞がっている。
「ほう……?」
ドレイクは跳ね上げられた自身の鎖を見つめ、不気味に目を細めた。
鎖の表面、カナタの白銀の刃が触れた箇所だけ、黒灰の光沢が失われ、微かに白く浄化されていた。
「我が灰鎖の冷気を、蒸発させただと……? 小僧、その光……十星天刃の魔導とも違うな。貴様、何者だ?」
「名乗る義理はありません……!」
「フッ、良かろう。何者であろうと関係ない」
ドレイクの額の竜角が、青黒い禍々しい光を放ち始めた。
手首の鎖が激しく脈打ち、中庭全体を覆う重力波が、先ほどの数倍の密度へと跳ね上がる。
「カリグス様の邪魔立てをする異物など、ここで頭蓋ごと擂り潰すのみよ……死ねィッ!」
ドレイクが両腕を天へと掲げた。
中庭の上空に、巨大な漆黒の重力球が圧縮されていく。
直撃すれば、カナタだけでなく、周囲数十メートルが大地ごと圧搾されて消滅する──絶対の死の一撃。
カナタは不知火を強く握りしめ、アウラを極限まで練り上げようとした。
だが──。
「──誰を擂り潰すって言ったんだ、アァ!?」
大地を揺るがす獰猛な怒号が、戦場を支配していた重力波を粉々に粉砕した。
ドゴォォォォォォォォンッッッッ!!!!
吹き荒れる漆黒の火炎。
カナタとドレイクの間の空間を切り裂くようにして、天から巨大な黒い炎柱が突き刺さった。
ドレイクが圧縮しかけていた重力球が、黒炎の熱量によって無理やり焼き払われ、濛々たる黒煙となって四散する。
「チィッ……!?」
ドレイクが瓦礫の上で数歩後退し、舌打ちを鳴らした。
黒炎の火柱が収まった瓦礫の真ん中。
そこに、肩に巨大な大太刀を担いだ男が立っていた。
漆黒の外套を風になびかせ、鋭い黒い双眸をギラつかせた男──夜天守護騎士団・第7席『黒炎』、クロード・ヴァルカン。
「クロードさん……!」
カナタが声を上げる。
クロードは振り返らず、片手で大太刀をくるりと回して肩に乗せ直すと、獰猛な笑みをその無骨な顔に刻みつけた。
「よくやったぞ、カナタ。下がってろ」
師匠の背中から放たれる圧倒的な熱量が、カナタたちの身体を縛り付けていた重力の呪縛を、綺麗さっぱりと焼き溶かしていく。
「てめえの相手はこの俺だ、トカゲ野郎。うちの可愛い弟子に気安く触ってんじゃねえよ」
「……夜天守護騎士団の十星天刃か」
ドレイクが竜角を歪ませ、忌々しげにクロードを睨みつけた。
「第7席、黒炎のクロードだな。カリグス様の前座として、貴様の首級はちょうど良い土産になる」
「ハッ! トカゲの分際で減らず口を叩きやがる」
クロードの大太刀の切っ先が、ゆっくりとドレイクの眉間へと向けられた。
大太刀の刀身全体から、ゴォォッ! と激しい漆黒の炎が噴き上がり、大気を焦がす熱風が中庭を包み込む。
「てめえのその汚ねえ角ごと、消し炭にしてやるよ。……来いッ!!」
空間を圧殺する漆黒の重力灰鎖と、すべてを灰燼に帰す漆黒の劫火。
砦の命運を懸けた、強者同士の激突の幕が──今、切って落とされようとしていた。
第15話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
外郭防壁を吹き飛ばして現れた、第12将の副官ドレイク!
空間そのものを歪める超重力灰鎖の前に、フェリの弾丸は逸らされ、シエルの奇襲も阻まれてしまいました。
守備兵を救うために不知火を振るったカナタの白銀に、ドレイクも不気味な違和感を覚えますが……!
絶体絶命のカナタの前に立ちはだかったのは、我らが隊長クロード!
第16話は十星天刃第7席の黒炎と、重力を統べる竜角の副官が真っ向から激突します!
どうぞお楽しみに!




