◇31.生意気なもこもこ
モリスさんは私の膝から降り、興味深そうな様子で正座をした。めちゃくちゃ話の続きを続きを聞きたそうにされるので、私も躊躇わずに口を開く。
「わての国のとある妃は『侍女』という種族だったゆえ、軽んじる輩たくさんおりました。でもその妃、他の妃にも負けないくらいに優れたりました。わての周りに、血統だの家格だので、そいつの全部を判定する輩、たくさんおりました。でも『なし』と判定された者には、普通にありよりのありの者、たくさんいました」
「……」
奴らは知らない。例えば無学浅慮と決めつける庶民のなかに、べらぼうにチェスが強い者がいることを。城下町の花屋の看板娘は、一緒にチェスをやり始めた頃こそ私が勝っていたけれど、最終的には「王女殿下に勝つわけにはいきませんから」と接待プレイをかましてくるほどの腕前になった。
奴らは知らない。例えば野蛮な民族と見下げる移動の民が、心を揺さぶる重厚な冒険小説を書くことを。下等な読み物として王宮には上がってこないから、新刊の時期になるたびに城下の市に忍び込んで手に入れたものである。前作の敵が今作の味方になるという胸熱な展開が記憶に新しい。
私は知っている。生まれの分類で全部を決めることが、いかに勿体ないことか。私は知っているだけ。そういう事例をたくさん知っているから、そう思うだけ。
「平等とか博愛とか、そういうファビュラスな精神性に基づく思想ではない。単なる経験則に基づき、事実から合理的に考えた結果、種族による断定は損と判断したため、関わる前から即断すなるを避けているだけでおま」
本音で話した結果、無垢で善良なトレイシア姫は到底言いそうにもない、全く可愛げのない回答になった。何でもかんでも損か得かを考えてしまうのが本来の私で、全く以って利己的で、これはまあ失望されても仕方がない人間性だと思う。
ところがどっこい、モリスさんは私の世間ずれしまくった回答を聞いて、落胆の色を見せることもなく、「そうでしたか」と、にこやかに頷いた。
「トレイシア様は聡明なお方なのですなあ」
「プラス思考だな貴様。話聞いてたか」
「はい。やはりトレイシア様は素敵なお方ですなあ、と思った次第でございます」
「……」
「魔王様が今のお話を聞いても、きっとそう仰られますぞ」
「……」
やっぱりモリスさんのブラッシングによる癒し効果は侮れない。どんよりと曇っていた気持ちが、ゆっくりと晴れていく。
「この生意気なもこもこめ」
「あっ、そんな急に激しくブラッシングを、ああっ、もうちょっと右」
謙虚さも優雅さも微塵もない完全なる素の性格で話したところで、モリスさんの態度は変わらなかった。もっと完璧で清く正しい私を知っているはずなのに、それでもなお。
思い返せば、私はペローネとだって、かなり遠慮なく接していた。解釈不一致の案件があれば怒涛の勢いで言い争ったりもする。それで普通に関係が成り立っている。最高に性格の良いトレイシア姫の私でなくとも、普通に受け入れられている。
――魔王様が今のお話を聞いても、きっとそう仰られますぞ。
モリスさんはきっと、ちょっと泣きたくなるレベルで私を激励できただなんて、露ほども思っていないだろう。本当に生意気なもこもこだ。
呑気な顔をしているモリスさんに鉄槌を下すべく、猛然とブラシを振るった。
「ここか! えい! ふはは、他愛のない毛玉よ! 美髪になるがいい!」
「そこだめぇ、はあん、ブラッシング界の女神、あーっ!」
ふたりでわいわいと盛り上がっていたら、突然、空が暗くなった。
「ん……?」
さっきまで雲一つない晴天だったのに何だろう、と訝しく思って顔を上げると。
「え」
――牙を剥いた黒い竜が、こちらに向かって下降してくるところだった。
次話、新キャラ登場です。
あとモリス氏が活躍しますぞ!




