◇29.無敵の姫は試合に勝って
その日の夕食の席。
「トレイシア。最近は魔王城の者たちと仲が良いそうだな?」
魔王がキンキンに冷え切った表情で口を開いた。相変わらず可愛い見た目の料理が並んだ食卓との落差が激しい。
この冷酷な雰囲気でこの台詞だと、まるで「貴様……余の配下に取り入って、何を企んでいる……?」みたいな、いかにも不興を買ったかのような響きに聞こえてしまうのだけれど、実際にはむしろ「わあい、みんなと仲良しで嬉しい!」みたいなニュアンスが近いことくらい、対魔王コミュニケーションに慣れた私には容易に分かる。
「へい。皆の衆、親切なる。茶飲み友達もできました」
私が笑顔で肯定すれば、魔王は「そうか」と重々しく頷いた。
「トレイシアにも魔界の友人ができたのだな」
魔王はすっと瞑目し、胸を押さえた。私に友達ができたことに深く感動しているらしい。私が魔界に来た当初、人間の私が怯えないようにと魔族たちに接近禁止令を出していたくらいに気を遣ってくれていた魔王だから、私が普通に交友関係を築けていることへの安堵も深いのだろう。
「今日はペローネと茶ぁしばきました。今度はホリーとスニーの修羅場乗り越え記念女子会を実施する予定でおま」
安心させられる要素を増やすべく、具体的な魔族の名前と今後も楽しくやる予定であることを告げたら、魔王はカッと目を見開いた。
「女子会……! そうか、トレイシアもついに女子会を……そうか……!」
人の女子会参加で感動し過ぎである。
と言いたかったが、魔王が「魔族とそんなにも仲良く……」と続けたので、その反応に納得した。
私が魔族と呑気に茶をしばく姿は、おそらく魔王にとって、彼の望む平和な世界の光景そのものなのだろう。だから私に女子会をする友達ができたことくらいで、こんなにも喜んで……。
「もしトレイシアがずっと魔界ぼっちだったらと心配していたが、杞憂だったな……」
前言撤回、普通にぼっちを心配されていたらしい。失礼な魔王である。私の社交性を舐めないでいただきたい。あとこれまでの魔界ぼっち生活の要因の一端はあなたにもあるのだぞと言いたい。
「わてはウェイ系リア充パリピですから。ぼっちではないです。断じてぼっちでは」
念のため強調しておいたら、魔王は「うむ。分かっている。近いうちに理由なきホームパーティーを開いてたくさん友人を呼ぼうな」と神妙に言った。私の社交性が伝わって何よりである。
会話も一段落したところで、猫舌の私にもほどよく冷めたスープに取り掛かる。人参が星型で今日も凝ってるなあ、と感心しながら味わっていたら、スープの表面にほわほわした光が映り込んだ。
光源は分かり切っている。今は一体どんな光り方をしていることやら、と微笑ましい気持ちで食卓から顔を上げた。
「余はトレイシアが婚約者で嬉しい」
魔王は無表情で、でも角には優しい光を灯して、そう言った。
「わ、わてが……」
率直な言葉に、つい頬が熱くなる。また発光しちゃって微笑ましいな、なんて思っていた余裕は一瞬で吹き飛んでしまった。
この優しい魔王は、たとえどんな人間が婚約者として魔界に来たとしても、心を込めて接したと思う。相手が誰であっても、たとえ私じゃなくても、素敵に飾り付けた城門で出迎えて、快適な衣食住を提供して、特製おやすみブレンドのハーブティーを振る舞ったのだと思う。
でも今、私が婚約者であることが嬉しいと言ってくれたことは、きっと特別なはずだ。
この魔王はお世辞が言えない、本当にそう思っていることしか言えない、呆れるくらいの正直者だから。
「魔界に来てくれたのがトレイシアで嬉しい」
「へ、へえー……」
ここは可愛らしく微笑んで可愛らしく謙遜なり感激なりすべき場面だと頭では理解しているのに、きっと王国にいた頃の私なら問題なくそうできたのに、今の私はただただ照れてしまって、正解の行動ができなかった。
嘘とお世辞と演技が主流の人間関係で生きてきた私には、本心丸出しスタイルの魔王の真っ直ぐさは、本当に深く刺さってしまう。
狼狽えて、ぎこちない笑みでおざなりな返事しかできない私に、しかし魔王は不快感を示すでもなく、そう、魔王はこんなことで不機嫌になるような器ではなく、変わらず柔らかに発光しながら私を見た。
「トレイシアのような」
やはり表情は冷たいままなのに、角の淡い光のせいか、その眼差しはとても優しいものに思える。
ますます頬が熱くなるのを感じながら、胸を高鳴らせて、言葉の続きを待って。
「心から平和を愛し、魔界に馴染むために努力をする、聡明で純粋で心清らかな姫が来てくれて、とても嬉しい」
――その賛美に、身体の芯が凍り付く感覚がした。
それは、決して私に向けたものではなかったから。
その言葉も、優しい眼差しも、私が演技で作り上げた「誰からも愛される健気で善良なトレイシア姫」に向けられたものだったから。
それはまさしく狙い通りで、私自身がそうなるように仕組んだことで、計画通りに事が運んだ証明で、魔王に好かれるための努力が結実した瞬間とさえ、言えるのに。
無敵の姫の戦歴に相応しい、魔王にさえ愛されたという輝かしい勝利のはずなのに。
それなのに、なぜ、全く喜ばしい気持ちになれないのだろう。
「余の婚約者になってくれてありがとう、トレイシア」
こうして魔王の気持ちを勝ち取ったことが、なぜこんなにも悲しいのだろう。




