◇28.一緒にお茶する友達
ペローネに釘を刺され、それは確かにと納得した私は、神妙に頷いた。
「どんな存在も百パーセントの支持率は有り得ない、ちゅうことやな」
「そういうこと。まあ魔界における魔王様の支持率は常に百パーセントなんだけど」
「魔王様は規格外やから常識で考えたらアカンやつ」
ここが魔族と人間の大きな違いの一つかもしれない。それくらいに魔族たちの魔王への敬意は徹底しているというか、盲目的でさえあるのだ。魔王との仲が良好というだけで、私への認識がガラリと好意的に変わるほどだ。魔界における魔王の支持率の高さを物語っていよう。
そして、それほどまでの支持に至る理由は、魔王のあの凄まじい存在感にあるのではないかと個人的には思っている。人間の身にとっては生存本能を脅かされるような恐怖と威圧を感じるあの雰囲気も、きっと魔族にとっては崇拝してやまない絶対的カリスマ性として好意的に受け取られるものなのだろう。
「でね、今もトレイシアのことを快く思っていないだろう魔族に、ひとり心当たりがあるのよ」
「ほほう。目星がお付きで」
「ええ。その魔族は勝たん勢の傘下ではないけれど、魔王様を篤く敬う点では志を同じくしているから、たまに協力もしている相手なの。最近も手を組んだわ。トレイシアに恥をかかせるためだと言ったら、あっさりと今月のいい話の当番を代わってもらえて」
私が代打で出ることになった、今月のいい話当番。全魔族集会の司会が言っていた、本来の出番は確か……。
「黒竜のラグド。一応、気を付けておきなさい。彼は過激派だから、あなたを見かけたらパクッと一飲みしちゃうかも」
「黒竜……」
私が生まれた頃にはすでに、人間と魔族は睨み合うだけで長らく実戦には及んでいない、という時代だった。しかしそんな冷戦状態になる前――聖剣を手にした勇者やら神杖に選ばれた聖女やらが、精強な魔王軍たちと派手にやり合っていた時代の話は、しっかりと私たちの世代にも伝わっている。その話の中で必ず語られる存在が、竜である。
でかい。強い。怖い。これが竜に対して人間が抱くイメージだ。
まあ私はもともと、見たことのない存在に対して想像力で怯えるだけの可愛げは持っていないし、こうして魔界で実際に魔族たちと接した経験も合わさって、でかいと強いはともかく、怖いというイメージはあまり持っていない。きっとその噂の黒竜さんも、モリスさんみたいに穏やかな気性だったり、ペローネたちみたいに素直な性格だったり、付き合いやすい性質の魔族に違いない。身構えたところで損である。
「おけおけ。気を付けま」
「いやもう少し怯えなさいよ! 全く、ほんと可愛げのない人間ね。竜よ? そういえばあなたって、初対面で私のような気高い魔族を見た時も平然としてたわよね? あなたの心臓って毛でも生えてるの? 毛深いの?」
「せやかてペローネ、だって魔界の貴様ら大変に親切やさかい。おしなべて良い奴。筆頭はペローネ貴様だ。ペローネ犬耳あざと可愛い。あと毛深いのは貴様の耳と尻尾だ。見るからにベルベットの手触りだこの野郎」
「なんっ、ちょ、可愛っ、べ、別に照れてないし、別に私、あなたに親切にした覚えもなんかないし、ベルベットのような美しい御髪だなんてそんな別に」
「ペローネ世話焼き。素直。優しい。犬尻尾あざと可愛い。こちらの紅茶のお点前、軽率に星5」
「ぬぁ、な、なん、優っ、可愛っ、はあああ? ほんっと馬鹿じゃないの、あーやだやだ、これだから箱入りのお姫様ってやつは全くもう紅茶のおかわりいる?」
ぷんぷんした顔で悪態を吐きつつもいそいそとポットを手にするペローネ。めちゃくちゃおかわりを注ぎたそうだったので、まだ紅茶は三口分ほど残っていたけれど一気に飲み干し、「ぜひに」と空のカップを差し出す。鼻歌でも歌い出しそうな様子でおかわりを注がれた。揺れる尻尾。
「マジで心洗われる存在だな貴様……」
「え? 何か言った?」
「ん、いえ、美味なる紅茶たまらん坂と言っただけでおま」
「あっ、あらそう。まだまだあるから遠慮なく飲むといいのよ」
お腹も気持ちも温まれば会話も弾む。先程の不穏な話題のことなどお互いすぐに忘れて弾みに弾み、次第にお茶会は魔王様について語り合うと化した。ペローネとのお茶会は大体こうなる。
「今年の魔王様のコンサートの選曲が楽しみだわ。トレイシアはまだ参加したことないでしょ。すごいんだから」
「へい。めちゃんこ興味アトランティス」
「でしょでしょ! 一度見れば、あなたも沼に嵌まるわよ」
「沼に嵌まる?」
「その魅力から抜け出せなくなるってこと」
「なるへそ。言い得て妙なり」
「コンサートでどんなジャンルの曲が歌われるのかは毎年ランダムだから、そこも楽しいのよ。やっぱり魔王様のクールでミステリアスな雰囲気には、バラードが一番お似合いになると思うのよねー」
「わては魔王様の魅力を最大に引き出すにはキュートでキッチュなポップスが一番ええと思ってオリハルコン」
「いや魔王様にはしっとりバラードでしょ」
「いや魔王様にはときめきポップスでおま」
「解釈不一致よ! 説き伏せてあげるからそこに直りなさい!」
「よかろう。ただし伏せるのは貴様だ、お嬢さん」
瀟洒なドレスに身を包み美しい庭園を臨むガゼボで優雅なティーセットを囲む私たちは、拳を握り声を上げ熱い議論を交わし紆余曲折を経て、最終的には「魔王様ならどんなジャンルの曲でも素敵だよね」という結論に落ち着いた。
「バラードとポップスの間を取って、ロックという選択肢も捨てがたいわよね」
「天才の発想」
「爆音ロックを響かせながら、魔王様が歌って踊ってウインクするのよ」
「底なし沼に嵌まる未来しか見えない」
「まあどんな曲でも?」
「魔王様なら最高よな」
私たちは固い握手を交わした。
これが魔界におけるお茶会での通常風景であり、やはりそれは猫を被って過ごす宮廷でのお茶会よりも、ずっと楽しいのだった。
『翻訳破棄』の読者様、第二部にも引き続きお越しくださり、ありがとうございます!
感想欄にて書籍化のお祝いや、第二部への喜びのお言葉をいただけて、噛み締めるように読んでおります……ありがたや……。
引き続きお楽しみくださいませ!




